剣姫と王家の秘密 1
ミーシェが神殿で聖女としての修行に入った――その報せは、シュトライン王家ではなく侍女であり元王家の影でもあるマルセーナからもたらされた。
――これは、聖女になるまで決して神殿から出てこないわね、とリーゼは思った。
第二王女ミーシェは、いつも王族らしい笑みを浮かべ、ハイセンスな服装やアクセサリーに身を包み、貴族令嬢の憧れの的だ。アクセサリーより剣を、社交界よりも騎士団通いを好むリーゼとは正反対だ。
――だが、リーゼとミーシェには似ているところがある。
お互いのためなら、二人は絶対に譲らない。
今回、ミーシェが聖女になろうと決意したのは、おそらくリーゼのためだ。
そうであれば、彼女は初志貫徹するまで諦めないだろう。
「……リーゼ!!」
「……旦那様?」
「良かった……。報せを受けてから、どんなに声をかけても返事をしないから心配したじゃないか」
「――私の名前!」
ディレイがリーゼの名を呼ぶのはこれが初めてだ。
嬉しくなったリーゼは、思わず彼に抱きついた。
「でも、まだ話をしてもらっていませんね」
「何のことだ」
「誤魔化してもだめですよ。私が決闘に勝ったら、秘密を話してくださる約束です」
「……」
ディレイはしばらくの間、押し黙って何かを考えているようだった。
決闘とは神聖なものだから、無理に聞き出すことも可能だろう。
けれど、リーゼにそのつもりはない。
――無理に聞き出そうとしたところで、信頼は得られない、そう考えて話を切り上げようとしたとき、ディレイが顔を上げた。
「ついてきてくれ」
「……本当に?」
「何でそんなにも驚いた顔をしているんだ」
「信じてもらえると思わなくて」
「……」
ディレイは眉根を寄せてため息をついた。
そして、再び押し黙ってしまった。
余計なことを言ってしまったかとリーゼがソワソワしていると、ディレイは軽く口の端を歪めた。
「もう、信じている」
「え?」
「――さっさと行くぞ」
リーゼの手がすっぽりと隠れてしまうほど、ディレイの手は大きい。
ディレイは振り返ることなく、足早に歩んでいく。
リーゼも早足で、彼の後を追いかけた。
* * *
リーゼがいるのは王宮の中心部、ディレイに与えられた区域だ。
彼は外に出てリーゼに馬車に乗るよう促した。
馬車が走り出す。ラズフィルト王国の王宮はシュトライン王国と比べ物にならないほど広い。
馬車が停まった場所は、一面の芝生だった。黒い子犬が一匹、こちらに向かって走り寄ってくる。
常人であれば、飼い犬だと思っただろう。
だが、気配を察知することに長けたリーゼは一目で違和感を覚えた。
子犬がリーゼに飛び込んでくる。
抱きとめれば、その姿は五歳くらいの少年に変わった。