剣姫の嫁入り 6
* * *
歓迎の宴は、大国ラズフィルトに相応しく豪華なものであった。
しかし、戦場で長く生活してきた記憶があるリーゼは視線が気になって仕方がない。
「先ほどまでの威勢はどうした」
「……」
ディレイは、リーゼが不安がっていると思ったのか、気遣わしげな視線を向けてきた。
しかし彼は一部の貴族から異常なほどの敵意を向けられている。
いや、これは敵意などという生易しいものではない――殺意に近いものだ。
「今ならまだ、国に戻れるだろう」
「その選択はありません。私には責任があります」
「……そうか」
元々、ラズフィルト王国とシュトライン王国は仲の良い国だった。
その関係が崩れたのは、マゼライン公国から第二王妃が嫁いできてからだ。
一段高いところから、扇で口元を隠してこちらを見ている女性がおそらく第二王妃だろう。
目を細めて優しげな笑みを浮かべているように見えるが、こちらへの嫌悪を隠すことができていない――少なくとも歴戦の騎士であるリーゼには。
「……第一王妃殿下はどちらに」
「母は病弱で宴には参加していない。後ほど紹介する」
「……ええ、お願いします」
リーゼは記憶を辿る。
確か開戦直後に、第一王妃は儚くなったはずだ。
だとすれば、彼女が亡くなるまであと半年もない。
ディレイが圧倒的な実力を戦場で披露し始めたのは、その直後からだ。
あれこれと考えているうちに、リーゼは壇上に登り国王を始めとした王族を前にしていた。
「リーゼ・シュトラインです。よろしくお願いいたします」
「君がシュトライン王国の第一王女か。ラズフィルト国王バーロックだ。息子をよろしく頼む」
「ええ、もちろんですわ」
ラズフィルト国王は、茶色の髪ではあるがディレイと同じ銀色の瞳をしている。
銀の瞳はラズフィルト王族の証でもある。
リーゼも、王族らしい笑みを浮かべた。
戦場では豪快に笑い、喜怒哀楽をはっきりさせていたが、彼女は王女として育った。
王族らしく振る舞うことも、もちろんできるのだ。
「よくぞいらっしゃいました。第二王妃メラーナと申します」
「メラーナ妃殿下、どうぞよろしくお願いします」
「シュトライン王国は、魔鉱石の算出が盛んな地。ぜひ我が国の発展にお力添えくださいね」
「ええ……実は此度の輿入れの祝いとして、北部地域の鉱山を一つ、父から与えられましたの」
「北部といえば、高品質な魔鉱石が採れますわね」
リーゼは笑みを深めた。
ラズフィルト王国に輿入れするにあたり、父王がリーゼに与えたのは剣だけではない。
魔鉱石の鉱山の一つを与えられているのだ。
大国の中で、小国から嫁いできた王女が生きるためには力が必要と与えられたものだ。
――もちろん、ミーシェが輿入れした時にも、彼女に魔鉱石の鉱山の所有権が与えられた。
賢く社交界での立ち回りに優れた彼女であれば、さぞやうまく活用したことだろう。
多分リーゼには、そんなにうまく活用できない。
――だが、ディレイであればどうだろうか。
今の彼の足場は脆いようだが、今から五年後、やり直し前の彼はすでにラズフィルト国内に強い影響力を持っていた。彼が王位につくのではないか、とリーゼ自身も考えていた。
戦場で会った彼は、覇気があり、王者特有の冷たさも併せ持っていた。
――しかし、今の彼は甘さが捨てきれていない。
次々と挨拶を受ける間、リーゼは笑みを浮かべ続けた。
その間にも、一人一人を観察し続ける。
ラズフィルト国王には二人の王妃と三人の王子がいる。
第一王子であるディレイとまだ幼い第三王子は第一王妃の御子。
第二王子は第二王妃の御子だ。
そのほかに第二王妃には二人の王女がいるが、すでに他国に輿入れしている。
第二王子は金髪に青い瞳。第三王子は黒髪に青い瞳をしている。
リーゼは、ディレイにちらりと視線を向ける。
三人の王子たちの中で、ラズフィルト王家特有の銀色の瞳を持つのは、ディレイだけのようだ。
挨拶を終えると、二人は一段高い王族席に座った。
しばらく宴の様子を観察していると、楽隊が音楽を奏で始める。
ディレイが立ち上がるのに習い、リーゼも立ち上がった。
「……どうか踊っていただけますか」
「ええ、喜んで」
会場の中心に踊り出れば、ダンス向きの華やかな音楽が流れ始めた。
「――初めて聞く曲」
「これは王都で流行り始めたばかりの曲だ。他国から来た君へのちょっとした嫌がらせだろう」
「そう……でも、私は元々音楽はあまり詳しくないですし、聴きながら合わせているので問題ないです」
「……確かにあれだけのスピードなら十分可能かもしれないな」
「ついてこられますか?」
リーゼが挑むように笑いかけると、ディレイは口の端だけ吊り上げ、彼女の手をぐいっと引き寄せた。
「お手並み拝見としよう」
二人は踊り出す。
初めのうちは型通り踊っていたが、途中からは競うように激しくなっていく。
リーゼの足がふわりと浮かび、抱えられたままターンする。
不意に背中を逸らして倒れ込んでも、確実に抱き留められる。
二人の息はぴったりあっていて、初めてパートナーを務めたなど誰も信じないだろう。
「ところで、魔鉱石の鉱山を与えられたというのは本当か」
「ええ、本当ですよ。小規模なものですが……」
「――それは君にとっての力となるだろう」
リーゼが与えられたのは産出量が少ない小規模な鉱山だ。
いくらなんでも、他国に嫁に行く王女に国内有数の鉱山が与えられるはずもない。
「私にはうまく活用できそうにありません。お任せいたしますわ」
「はあ……面倒な」
――リーゼは知っている。与えられた鉱山からは、新たな鉱脈が見つかる。
しかもそれは、大陸有数の規模を誇るのだ。
新たな鉱脈が見つかった場所については、地図で確認したため記憶がある。
「何を企んでいる」
「お楽しみにです」
ダンスを踊るリーゼは楽しげで、会場の誰よりも美しい。
二人は気がつけば二曲続けて踊っていた。
「……そういえば、私の国では二曲続けて踊るのは、お互いが唯一であるというアピールなんですよ?」
「この国でもそうだが」
「よかったのですか?」
「君こそ――帰るタイミングを逃した」
会場の状況を見て、リーゼはディレイの立ち位置を理解していた。
彼に忠義を捧げる者もいるようだが、会場には第二王妃派の貴族が多いようだ。
何よりも第二王妃は、彼に殺意すら抱いている。
表面上は皆、笑みを浮かべているが、戦場に長くいたリーゼは人の悪意に敏感になっている。
刺すような視線を向ける貴族、一人一人の顔を正確に覚え、後から調べようと彼女は心に決める。
* * *
宴は終わり、二人は共に会場を去る。
リーゼはディレイを見上げて微笑んだ。
「旦那様、早く私に勝ってくださいね?」
「……善処する」
ディレイは優しすぎるから、きっとこれからもリーゼを傷つけずに戦おうとするだろう。
それでも勝てるようになった時……その実力はやり直し前の冷たい瞳をした彼に並ぶのだ。
――できれば、今の彼のまま強くなってほしい。
リーゼはちょっと情けなくて、かっこいいけれど可愛らしい彼を守りたいと思ってしまったようだ。
彼があんな表情で、こんなに可愛らしい素顔を隠し、戦い続けるのは悲しい。
「なんだその表情は……」
「――早く勝ってくださいね」
「すぐに勝つと言っている」
二回目の勝ってくださいは、あの日のディレイに勝ってほしいという意味なのだが……。
意味を理解しているのは、もちろんリーゼだけなのだ。