剣姫の嫁入り 4
手袋はフワリフワリと落ちていく。
「あら……やっぱり革の手袋じゃないと決まらないわね」
「……君のような淑女が、決闘などという冗談を」
「私のことをご存じない?」
国内では有名なじゃじゃ馬だが、今のリーゼは国外にまで名を馳せるほどではない。
だが結婚相手のことぐらい調べるべきだろう。
「結婚の話を聞いたこと自体、昨日だ」
「そんなことあります?」
「……」
一瞬だけ、ディレイの銀の瞳が凍ったように冷たくなった。
リーゼと戦場で相まみえたときのように。
しかし、この話をするのは、決闘のあとが良いだろう。
リーゼは改めて決闘を申し込む。
「……私の名はリーゼ・シュトライン。あなたに決闘を挑みます」
「怪我をさせてはシュトライン王国に申し訳が立たない」
「心配ご無用です。それにこれは正式な手順を踏んだ決闘の申し込み。受けないのは末代までの恥ですよ?」
「……はぁ。何を賭ける」
「私の全てを」
「は?」
リーゼは不敵な印象の笑みを見せる。
その笑みは美しく凜々しく、そして自信に満ちていた。
「ですから、あなたも全てを懸けてください」
「……」
「具体的でなければ不安ですか? 私が勝ったら、あなたが抱えている秘密を話していただきます。国には帰りませんが、私より弱い男に興味がないので、白い結婚でお願いします」
「――俺が勝ったら」
「ふふ、私は自分より強い男に嫁ぐと決めております。不束者ですがよろしくお願いします」
それだけ言うと、リーゼは王女らしい華麗な礼を見せた。
ディレイは長々とため息をつく。
「どちらにしても、君は帰らない気か」
「あなたがもし勝てて、私など必要ないと仰るのなら考えますわ。マルセーナ!」
「は!」
マルセーナがリーゼの剣を投げてよこす。リーゼは踵の高い靴を脱ぎ捨てた。愛剣を手にしてリーゼは、狭い室内に相応しい最小限の動きで剣を振るった。
「あら、不意を突いたつもりなのに」
ディレイの剣の腕は、この時点ですでに確かなようだ。
「記憶がある私とすでに互角、あるいはそれ以上」
「……君はどうしてこんなに強い」
「それはもう、修行の成果ですわ!」
リーゼは蝶のように舞う。その剣は見た目に反して重い。
――カァン!!
結果、手から離れたのはディレイの剣だった。
「ふふっ、今回は私の勝ちですね」
無邪気に喜ぶリーゼをディレイは呆然と見つめた。彼は成人してからは剣の打ち合いで負けたことがなかったのだ。
「まさか……」
「強いけれど、私を傷つけずに戦うには実力が足りないわ」
決闘を終え、振り返ればはっきりする。
やり直し前の一騎打ち、ディレイは明らかに手加減し、リーゼを傷つけまいとしていた。
「その部分は……変わらないのね。でも、今のままでは大事な人を守れないわ」
「……君なら守れると言うのか」
「……」
その質問にリーゼはディレイから視線を逸らした。
そしてマルセーナを見つめ、一瞬だけ悲しげに眉をひそめた。
「守れなかったわ。だから、もっと強くなるの」
「……そうか」
ディレイはリーゼを見つめた。
ほんの少しだけ銀色の目が細められ、微笑んだように見えた。
リーゼはその表情の変化を見つめ、しばらくして我に返る。
「では、あなたの秘密を話していただきます」
「寝首を掻くかもしれない相手に、何を話せと言うんだ」
「あら、殺す気なら今が絶好の機会でしたわ」
言葉の物騒さに反して、リーゼの笑みは可愛らしかった。
ディレイは思わずその表情に見惚れ、それから表情を改めた。
「だが、君ならこの場所で、自分の身は自分で守れそうだな」
「自分だけでなく、御身も守れると思いますわよ? 旦那様」
「旦那様」
「……えっ、失礼でしたか? 第一王子殿下? それとも……えっ、あの、ディレイ様?」
「旦那様は平気なのに、なぜ名を呼ぶときは照れるんだ……はあ、好きに呼べばいい」
ディレイの耳が、なぜかほんのり赤い。
決闘で興奮したからだろうか?
リーゼはディレイを見つめ小首を傾げるのだった。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
ブクマや下にある☆を押しての評価は創作意欲に直結します。
応援お願いいたします(*´▽`*)