偽りの花嫁 1
――魔法、それは高位の存在から与えられる不思議な力だ。
聖女が聖獣から与えられる力もその一つ。
ロイスが子狼に姿を変えるのも聖獣が関与しているのか……それとも彼自身が聖獣そのものなのか。
――そして今、大聖女が召喚して以来、不在だったはずの聖獣がリーゼの目の前にいる。
聖獣はディレイによりこんがりと焼かれた骨付き肉がお気に召したらしい。
尻尾をブンブンと振りながら、ご機嫌で食べている。
その横で、芝生にシートを敷いてもらったロイスも、ローストチキンを挟んだサンドイッチを嬉しそうに食べている。まるでピクニックのような幸せな光景だ。
「……ところで、聖女様までなぜ俺が作った料理を食べている?」
ディレイがリーゼとミーシェに向ける眼差しは柔らかい。
リーゼとミーシェの目の前にも、山盛りのお肉。
焼き具合、味付け、添え物のサラダ、全てがパーフェクトだ。
リーゼとミーシェは、王女なので食べ方には気品がある。
しかし、二人とも大食い大会に参加したなら上位にランクインするであろう食べっぷりだ。
「まあ……この場所では、手作りの料理以外安全ではないとおっしゃったのはお義兄さまではありませんか」
「確かにそう言った……だが、俺の手料理が安全と判断するのか?」
「まさか、毒入り……? しかし、数多の加護に守られし聖女に毒は無意味です」
「――その理屈によると、ますます俺の手料理でなくていいはず?」
ミーシェは聖女らしい美しくも荘厳な微笑みを浮かべると、肉を大きく切り分けた。
「お姉さまが信じるお方ですから、私も信じます」
「なるほど……」
「お姉さまに相応しいお方かどうかは、まだ見定めておりませんが」
「はは……妹君に認められるように善処しよう」
二人の間には、見えない火花が散っているようだ。
リーゼは思う。二人は案外似たもの同士なのかもしれないと……。
――本当は、この二人が夫婦になるはずだったのだ。
そんなことを考えたとき、リーゼの胸はなぜかズキッと鋭く痛んだ。
リーゼは、自分が花嫁になる選択をしてこの国に来たが、ミーシェを守って送り届けるという選択肢だってあったはずだ。
しかし、そうしなかったのは……。
――あの日、リーゼを容易く倒したディレイに興味があったからに他ならない。
あのとき彼に恋心を抱いたのだ――今になって、リーゼは自覚した。
目の前のディレイは、眉間に皺を寄せているが、ミーシェにも気を許しているように見える。
ミーシェが聖女になったのならば、大国ラズフィルトの花嫁として、より相応しいのがどちらかなのかは明白だ。結婚式は延期になった。それに、まだディレイとリーゼは本当の意味での夫婦にはなっていない。
リーゼは、フォークとナイフを置いた。
すでに空のお皿は三枚。いつもならこの三倍は食べるが、今日はこれ以上食べられそうにない。
「ごちそうさまでした」
「いつもの三分の一も食べてないじゃないか」
「いつもの三分の一も食べていらっしゃらないわ」
ミーシェとディレイの言葉が完全に重なる。
ただそれだけのことなのに、リーゼは居た堪れず思わず席を立ってしまった。