結婚式と聖獣 3
いや、雨が降るはずがない。
会場は城の中なのだ。
だが、まるで雨のように水が降り注ぎ、ジュウジュウと音を立てながら火を消していく。
周囲は白い蒸気に包まれた。
そこから紫の瞳の銀狼が飛び出してきて、ロイスの下に走りよる。
「聖獣……?」
大きな銀狼と小さな黒狼……二匹が見つめ合う様は何とも神秘的だった。
鼻先と鼻先をチョンッと合わせる。するとロイスは黒い狼から人の子の姿へと戻った。
誰からともなく『聖獣』という単語が口にされる。
「……間に合って良かった」
その声は、幼い頃からリーゼの隣にあった。こんなに緊迫した場面にもかかわらず、柔らかく優しげな声だ。
「ミーシェ!」
「お姉さま」
蒸気が消え去ると、そこにはいつもの優雅さが嘘のようにボロボロな姿のミーシェがいた。
* * *
「結婚式は延期になってしまいましたわね。ようやく駆けつけたのに、本当に残念ですわ」
「そうね」
そう言いながらも、ミーシェは残念そうではない。
ディレイは黙ったまま、頭を下げる。
ディレイは大国の第一王子であり、国王や中央神殿長以外に頭を下げることはない。
しかし今見せている礼は、目上の者を前にしたときのものだ。
一方、ミーシェは軽く礼をしただけだ。
「聖女ミーシェ・シュトラインですわ」
「聖女になられたのですね。おめでとうございます。ラズフィルト王国第一王子ディレイと申します」
ミーシェのドレスは飾り気もなく、ボロボロだ。しかし、その礼はこの上なく優雅だった。
「――とりあえず、湯を浴びてください。ドレスは、リーゼの物を」
「ええ、お心づかい感謝します」
ミーシェが湯に入っている間、リーゼとディレイは向かい合った。
「守りきれず、すまなかった」
「……」
ディレイは強かった。
しかし、前後不覚に陥った味方を少しも傷つけることなく無力化しようとしていた。
「優先順位を見誤った――次は、加減することはない」
「いいえ」
リーゼはディレイに歩み寄り、その手を握った。
「そのままでいてほしいです」
「だが」
「優しいあなたが好きですよ」
リーゼは笑い、ディレイに口づけした。
残念ながら、結婚式は延期になってしまったが、これは誓いの口づけだ。
「リーゼ」
ディレイは笑みを浮かべた。
「とりあえず、決闘します?」
「は? どうしてこの流れでそうなる」
「手加減するなんて、失礼です」
「――故意に手加減したわけでは」
リーゼには、ディレイのほうがすでに自分より強いことがわかっている。
だからこれは、戦姫としてのけじめなのだ。
リーゼの意思は硬く、二人は再び決闘することになった。
ディレイがリーゼに手加減してしまうのは無意識なのだろう。だが、手加減して勝てるほどリーゼは弱くない。
今回の決闘もリーゼの圧勝だった。