結婚式と聖獣 1
それからの日々、リーゼは警戒して過ごしていたが、特別なことが起きることなく日々は過ぎていった。
――リーゼがラズフィルト王国に来て三ヶ月……結婚式の準備期間が終わりを迎えた。
ずっと見ていたくなるような繊細なレース。
季節の移り変わりを表現したような花々の刺繍。
大陸の端から届いたという絹布。
用意されたドレスは、大国ラズフィルとの第一王子妃に相応しい豪華な物だった。
「――それなのに、剣を隠し持つのですね」
「人が集まる時こそ、危険なのよ」
「私にお任せくだされば……」
「信じているけれど、何が起こるかわからないという気持ちは捨てきれないの」
ドレスを着付け、化粧を施し、髪の毛を整えてくれたマルセーナが、ため息交じりに口を開いた。
「本当に……あの日一体、何があったのです」
「マルセーナ」
「どうしてこんなにも変わってしまわれたのですか……いいえ、根本は変わっていらっしゃらないけれど」
リーゼとマルセーナは向かい合った。
信頼置ける味方であるマルセーナには、説明しておくべきだろう。
信じてもらえるかはわからないにしても……。
「実は……」
そのとき、会場から悲鳴が聞こえてきた。
「マルセーナ!」
「――私は、姫様のおそばに」
「いいえ、ここで招待客の安全が守れなければ旦那様と私への国民の信頼は地に落ちるわ」
「……っ、くれぐれも御身の安全を第一に」
「ええ、もちろんよ」
武器を隠し持っているからといって、ドレス姿では十分な実力は発揮できない。
それでもリーゼは走り出した。
* * *
会場は火の手に包まれていた。
その中心で、ロイスが剣を突きつけられている。
「ロイス様……」
マルセーナが駆け寄って、ロイスを背にかばい戦い始めるが、ロイスを守りながら戦うには敵の数が多すぎるようだった。
「――どういうこと」
ロイスを取り囲んでいるのは、貴族たちだった。
しかし、彼らは皆、正気を失っているようにも見える。
ロイスはすっかり怯えてしまっている。
そのとき、マルセーナが傷つき、血液がロイスに降りかかった。
「……あっ」
感情が高ぶったとき、ロイスが姿を変えることをリーゼは気がついていた。
普段であれば人の姿を保つことができるロイスだが、この状況ではそれも難しいようだ。
ロイスが子狼に姿を変えると、計ったかのように招待客から声が上がった。
「――化け物!」
視線を向けるとそれは、第二王妃派の貴族だった。
「獣に姿を変える化け物め!」
「いけない!」
リーゼは剣を抜いて、ロイスの元に走り寄る。
会場に上がった火は燃え広がっている。
通常とは違う激しい燃え方……薬品か魔法が使われているようだ。
周囲はすっかり火に取り囲まれてしまった。
――そのときだった、会場にディレイが現れたのは。
正装に身を包んだ彼は、やり直し前のあの日のようにどこまでも冷めた目で周囲を見ていた。