文化祭、それぞれの想い
秋の風が、夏の熱をさらっていった。
高2の文化祭――それは、クラスメイト以上恋人未満な距離が、少しだけ近づく特別な日。
でも、この5人にとっては、それぞれの片想いが、さらに深く、そして遠くなる日でもあった。
<午前:葵と風間、それぞれの「視線」>
「ねえ葵ちゃん、この飾りここで合ってるかな?」
「うん、色のバランスもいいと思うよ。……ありがとう」
桜井葵は文化祭準備で忙しない教室の中にいた。
風間凛も同じ空間にいる。すぐそこに、いるのに。
(目が合った……けど)
彼はすぐに、別の方向へと視線を逸らした。
その先にいたのは――高山みのり。
(……やっぱり、見てるんだ)
胸の奥に針のような痛みが走る。
それでも、葵は何も言えない。ただ、自分の想いが遠くなる音がした。
一方その頃、風間はというと――
(さっき、桜井がこっちを見てた)
……気づいていた。彼は誰よりも周囲を見ている。
葵の視線の優しさや、距離感。その全部に気づいていた。
(けど、俺が見てるのは――)
目の前で、飾り付けに夢中になっているみのり。
その無邪気な横顔に惹かれて、動けなくなる。
何かを伝えたくて、でも、何を言えばいいのかわからなくて。
(……せめて、話しかけよう)
そう決意して歩き出した、ほんの一歩のその時だった。
「風間くん、ちょっと手伝ってくれる?」
ふわりとした声――七瀬つかさ。
彼女は微笑みながら、風間の行く手をふさぐように現れた。
<午後:光とみのり、伝えかけた想い>
「佐伯くんって、やっぱ知的だよね~」
ステージ裏。
みのりは自分のクラスの発表の待機中、何気なく隣にいた光に声をかけた。
「そう? ただ本が好きなだけだよ」
「ううん、あの本も面白かったし……なんか、すごいなって思った」
みのりは軽い調子で言ったつもりだった。
でも、光の心には確かな衝撃が走った。
(みのりさん……今のは、好意?)
……違う。たぶん違う。
でも、その笑顔が、嬉しくて、切なくて。
(いま、言えば――)
「……俺、みのりさんに、話したいことが――」
言いかけた瞬間、マイクテストの音が鳴った。
「わ、もう出番だ~! 行ってくるね!」
元気よく走っていく背中を、光はただ、見送るしかなかった。
(やっぱり、まだ……言えない)
<放課後:七瀬の「止めた理由」>
「風間くんが、みのりちゃんに……?」
図書室で、七瀬つかさはそっと自分に問いかけた。
午前中、彼が歩き出したあの一瞬――その意味が痛いほど分かってしまった。
(ごめんね、風間くん。私は……止めたの)
それは、親友である葵のため。
だけど、それだけじゃない。
(私は、葵ちゃんを――)
その想いに気づいてしまった今、何が正解なのかわからなかった。
誰も幸せになれないなら、せめて誰も傷つかないように。
その選択が、誰かを余計に傷つけるとも知らずに。
<夕方:葵と七瀬、届かない心>
「文化祭、終わっちゃったね」
夕暮れの校舎裏。
片付けが終わった後、ふたり並んで座る。
「……うん。楽しかった、けど……ちょっとだけ、苦しかった」
葵の呟きに、七瀬は「うん」とだけ答える。
(風間くんには……話しかけられなかった)
(私は、葵ちゃんの手を引き止めてしまった)
二人とも、自分の想いを隠して、笑った。
「ねぇ、つかさ。私って変かな?」
「え……なんで?」
「なんか……好きな人がいても、何もできなくて。話しかけることすら、できないままで」
七瀬は、言いかけた言葉を飲み込む。
「……変じゃないよ。そういう葵ちゃん、私は好き」
その好きが、何を意味するのか――
ふたりの間には、まだ届かない、曖昧な温度だけが残っていた。
文化祭が終わっても、恋は終わらない。
でも、確かに何かが揺れ始めていた。
それはまるで、冬の気配を連れてくる秋風のように――
静かに、でも確かに。