告白、しない理由
春が少しずつ初夏に移り変わる頃。
教室の窓から差し込む陽射しが、どこかまぶしく感じるのは――
それぞれの心が、晴れない何かを抱えているからかもしれない。
<桜井 葵の場合>
「……今日も、話しかけられなかった」
帰り道、桜井葵は独り言のように呟いた。
風間凛が、廊下ですれ違った時にふとこちらを見た。
それだけで胸が跳ねた。でも、足は動かず、言葉も出なかった。
(こんな自分が、告白なんて――)
真面目で、努力だけが取り柄の自分。
風間が落とした文庫本、その最後のページに挟まっていたしおり。
そこにあった「また読んでくれてありがとう」という文字。
あの日から始まった淡い恋。
(でも、風間くんが見ているのは……みのりさん)
知っている。わかっている。
それでも、どうしようもなく好きになってしまった。
「だから……私はまだ、言えない」
自分を保つための理性が、感情の爆発を押しとどめている。
<風間 凛の場合>
図書室の隅。
風間凛はページをめくる指を止めて、ため息を吐いた。
(今日も、話せなかった)
高山みのり。
彼女の笑顔は、まるで太陽みたいだった。
明るくて、あっけらかんとしていて。
自分とは真逆のその性格に、初めて「憧れ」と「恋」が重なった。
(でも、彼女にとって、俺はただのクラスメイトだ)
会話すらまともにできない自分が、告白なんて――
(断られるくらいなら、このままでいい)
恋を知らない彼の中に生まれた、初めての臆病。
それが、彼の足を止めていた。
<高山 みのりの場合>
「えーと、この本、光くんのだったんだ……!」
図書委員の机の上。
風間にもらった本の裏表紙に、薄く書かれた名前を見つけた。
佐伯 光。
「やっぱ読書する男子ってギャップあるなー……」
ぽつりと呟いて、みのりは自分の胸が高鳴っているのを感じた。
(でも、これって恋なのかな?)
今まで、恋なんてしたことなかった。
好きって何?ドキドキするって、どれくらい?
それがわからないから――
「気持ちを伝えるとか、無理かも……」
無邪気なようで、自分の感情には鈍い。
だから、彼女は恋に気づけない。
それが、彼女が「告白しない理由」
<佐伯 光の場合>
(彼女は、俺を見てくれていない)
高山みのりの笑顔は、誰にでも向けられている。
自分だけが特別じゃないことくらい、わかっていた。
(……でも、七瀬さんは)
ふとした拍子に、図書室で見かけた彼女の丁寧な所作。
静かで、優しくて。
その全てが、自分とは対極であり、惹かれる理由だった。
(もしも俺が、七瀬さんに気持ちを伝えたら)
困らせるだけかもしれない。
だから、光もまた言葉にしない。
静かに、そっと本のページをめくるように、
心の中にだけその想いを仕舞っていた。
<七瀬 つかさの場合>
夜、ベッドに座ったまま、スマホを見つめる。
トーク画面の一番上――そこには「桜井 葵」の名前。
今日も一緒に帰って、笑いあって、
何も言えないまま「また明日」と手を振った。
(私は、葵ちゃんが好き)
ようやく気づいたその気持ちは、
それでも、口に出してはいけない想いだった。
だって、彼女は風間を想っている。
(私が言ったら……葵ちゃん、困るよね)
その優しさを知っているからこそ、伝えられない。
この想いは罪だと、どこかで思ってしまう。
「……私は、大丈夫。だから、応援するよ」
そう言い聞かせるたびに、胸が痛むのに。
次の日。
5人の目は交わらない。
けれど、それぞれが「言えない想い」を抱えて、同じ空の下で生きていた。
教室、図書室、部室、廊下。
すれ違いの中にある、言葉にならない感情たち。
誰もが「誰かの幸せ」を想っている。
だからこそ、「自分の気持ち」を後回しにしてしまう。
これは、そういう優しすぎる片想いの物語。