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壊したくない関係

「葵ちゃん、今日は図書室、行かないの?」


放課後の教室で、七瀬つかさが声をかけた。


桜井葵は教科書を閉じ、眼鏡越しに彼女を見つめる。


「今日は……やめておく。ちょっと、疲れたから」


その声は少しかすれていた。七瀬はそれ以上は聞かず、静かに頷いた。


「……じゃあ、一緒に帰ろ?」


「うん」


何も言わずに寄り添える。それが、七瀬と葵の関係だった。


ずっと、そうだった。


でも、それが壊れそうな予感がして――


七瀬は、今日の空がやけに広く見えた。




夕焼けの帰り道。


電柱が二人分の影を、まるで等間隔に引き延ばしている。


「……ねえ、葵ちゃん」


「ん?」


「好きな人いる?」


葵の足が、ふと止まった。


風が制服の裾を揺らす。少しして、彼女は静かに答えた。


「いるよ。でも……その人には、別の好きな人がいる」


七瀬の胸が、きゅっと締めつけられた。


それが自分のことを指していたら――そんな期待が、どこかにあった。


でも、違った。違うとわかっていても、心は勝手に反応する。


「そっか……」


声が、震えそうになった。


それを誤魔化すように、笑ってみせる。


「……切ないね、片想いって」


葵は頷く。


そして、ぽつりとつぶやいた。


「でも、つかさがいてくれるから、まだ大丈夫だよ」


一瞬、心が跳ねた。嬉しいはずなのに、同時に泣きたくなった。


だって、彼女は親友としての「ありがとう」を口にしているのだから。


(私は……葵ちゃんが好き)


ようやく気づいてしまった。


葵の真っすぐな眼差しと、努力する背中。誰かのために頑張るその姿。


(でも、それを言ったら、全部壊れる)


友情も、この距離感も、きっと元には戻らない。


だから言えない。言いたくない。


(私は、応援する側でいい。好きだからこそ……)


七瀬は、自分の胸にそう言い聞かせた。




一方、光は図書室でノートを閉じていた。


今日も七瀬は来なかった。


(最近、見ないな……忙しいのかな)


彼は本棚の奥にある「おすすめリスト」を見つめる。


七瀬が手書きで書いたメモがまだ残っている。


(この字、優しいよな……)


光は、みのりと話す時間が増えたことに、どこかで、ズレを感じていた。


明るくて楽しい。でも、自分が惹かれたのは――


(たぶん……七瀬さん、なんだ)


本を一冊選び、そっとページを開く。


でも、頭の中は、今日も図書室に来なかった彼女のことばかりだった。




夜。七瀬は部屋で、スマホを見つめていた。


「『壊したくない関係』……か」


ネットで見つけた短編小説のタイトル。


読まずに閉じた。今の自分に、あまりにも刺さりすぎていたから。


(葵ちゃんは、風間くんを見てる)


(私は、その葵ちゃんを見てる)


こんな想い、どうして抱いてしまったんだろう。


誰かを困らせるくらいなら、最初から知らなければよかった。


でも――


「……好きって、そう簡単に消えないんだね」


鏡に映る自分に、七瀬は小さく微笑んだ。


そして、明日もまた、親友のふりを続けようと決めた。


葵を傷つけたくない。失いたくない。


だからこそ、今はまだ、気持ちを伝えない。


(せめて、そばにいさせて)


その願いが、どこかに届く日はくるのだろうか。




次の日の昼休み。


葵が七瀬の隣に座る。


「ねえ、つかさ。今日、図書室行かない?」


「……うん。行こう、久しぶりに」


いつもの笑顔を浮かべて、七瀬は立ち上がる。


言えない想いを胸に抱えたまま。


でも、それでも、一緒に歩いていけるのなら――


それが、今の彼女にとっての「幸せ」だった。


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