(後日談)春のあとで
<桜井葵 × 七瀬つかさ>
(教室・昼休み)
春。
クラス替えで2人はまた同じクラスになった。
新しい制服に身を包み、昼休みの教室で並んでお弁当を広げている。
「ねえ、葵ちゃん。クラス、思ったより居心地よさそうだね」
「そうね。去年より、少し騒がしいけど……」
葵は静かに笑う。
それは、以前の彼女にはなかった柔らかい笑顔。
「……ありがとう、つかさ」
「えっ、なにが?」
「私、きっとあなたがいてくれなかったら、あの時ちゃんと伝えられなかったから」
つかさは少しだけ顔を赤くして、小さくうなずく。
「ううん。私のほうこそ、ありがとう……好きって気持ち、怖くなくなったの。葵ちゃんがいたから」
少しの沈黙。
そして自然に、ふたりの手が机の下でそっと触れ合った。
恋ではない、かもしれない。でも確かに何かが始まっていた。
<風間凛 × 高山みのり>
(グラウンド脇・放課後)
部活終わり、汗を拭きながら戻るみのりのもとに、風間が現れる。
「……あの、ちょっといい?」
「おっ、風間くん。めずらしいじゃん、声かけてくれるなんて!」
いつも通りの笑顔。
でも、風間は以前と違って、その笑顔をまっすぐ見られるようになっていた。
「……俺さ、ちゃんと振られて、すごく落ち込んだけど、後悔はしてない」
「うん……私も、ちゃんと伝えてくれて嬉しかったよ」
みのりは少しだけ視線を落とし、言葉を続ける。
「正直、まだ恋ってよくわかんない。でも……これから、ちょっとずつわかっていけたらいいなって、思ってる」
風間の目がわずかに見開く。
「そっか……それなら、また、話しかけてもいい?」
「もちろん!ていうか、こっちからもガンガンいくよ!」
みのりの無邪気な笑顔に、風間は少しだけ笑った。
春の風が、ふたりの間をやさしく抜けていく。
<佐伯光>
(図書室・夕暮れ)
佐伯光は、相変わらず図書室の窓際にいる。
でも今は、そこにひとりではない。
向かいの席には、七瀬つかさ。
何気ない本の話をしているだけなのに、心は静かに満たされていく。
「光くん、最近少し、表情柔らかくなったね」
「……自覚ないけど、そうかもしれませんね」
「誰かに想いを伝えるって、大事だよね」
「……はい。それを教えてくれたのは、あなたです」
つかさは優しく笑う。
今はまだ、恋人じゃない。
でも、大切に想っているという気持ちは、ふたりの間に確かに存在していた。
<エピローグ:春のはじまり>
日常は、ゆっくりと続いていく。
誰かを好きになることは、今でもまだ少し怖い。
でも、それでも――
伝えたい想いがあって、
誰かと笑い合える時間があって、
前を向ける勇気があるなら。
それだけで、きっと大丈夫。
桜の花びらが舞う季節。
あの「片想いループ」は、もうどこにもなかった。
けれど――
心のどこかに、確かにあった。
「この恋が、終わったとしても」
それは、きっと
『新しい何かの、はじまり』だったのだから。




