この恋が終わるとしても
誰かを好きになることが、こんなにも苦しいなんて思わなかった。
でも、苦しいだけじゃなかった。
たくさん悩んで、戸惑って、それでも――
この気持ちは、本物だった。
<桜井葵、最後の一歩>
放課後の教室。
日が傾き、教室の影が長くなる。
桜井葵は、そこに立っていた。
誰もいない教室に、ただひとり。
扉が開いて、風間凛が入ってくる。
「……葵?」
呼び捨てにされたことに、少しだけ胸が跳ねた。
でも、今は気にしないことにする。
「風間くん、話がしたいの」
彼は無言でうなずいた。
「聞いたわ。……みのりに、告白したんでしょ?」
風間の目が揺れる。でも否定しない。
「……そうか」
「……ちゃんと、振られたよ」
葵は微笑んだ。どこか、切ないけれど。
「私、ずっと……風間くんのことが好きだったの。初めて会話したときから」
「……知ってたら、どうなってたと思う?」
「それでも、言いたかったの。今だからこそ、言えるから」
葵は深く息を吸った。
「私は、風間くんが好き。……たとえこの恋がもう終わってたとしても、それは変わらないの」
沈黙。
やがて風間が、小さく言った。
「……ありがとう」
その言葉に、葵はようやく微笑む。
報われなくていい。
この気持ちを伝えられた自分を、少しだけ誇らしく思った。
<七瀬つかさ、心の奥から>
その日の帰り道。
七瀬つかさは、葵と別れたあと、ひとりで歩いていた。
胸の奥が、まだ少し痛い。
あの言葉――「大好きだよ、つかさ」
あれが、ただの友達としての言葉だと、わかっているのに。
(私……ずっと、自分の気持ちをごまかしてた)
それは、自分が「女の子を好きになってしまった」ということだけじゃない。
葵の恋を応援するふりをして、自分の想いを抑えたこと。
それが一番、ずるかった。
(でも、もう隠さない)
スマホを取り出して、メッセージを送る。
【To: 葵】
少しだけ、話したいことがあるの。明日でもいい?
送信。
画面を見つめたまま、つかさはそっと笑った。
<佐伯光、そして始まりへ>
文化祭後の片付けで騒がしい図書室。
その隅で、佐伯光は七瀬つかさに声をかけた。
「七瀬さん、少し時間いいですか?」
つかさは、少し驚いたような顔でうなずく。
「実は……僕、君のことが好きです」
ストレートな告白。
いつもの理屈っぽさはなかった。
「ほんわかしてて、優しくて……でも、どこか強い君に、憧れてました」
つかさは黙って聞いていた。
それは、光が初めて見た真剣な表情だった。
「……ありがとう。私、今すぐには、答え出せないけど……気持ちは、ちゃんと、伝わったよ」
それだけでいい。
そう思えるほどに、光は、ようやく前を向けた。
<高山みのり、そしてこれから>
帰り道、校門の前。
高山みのりは、空を見上げていた。
(……みんな、すごいな)
風間の想いにも、光の優しさにも、つかさの微笑みにも、何かしらの強さがあった。
(私は、まだよくわかってないけど……)
でも、それでも――
「いつか、私も好きって気持ちに、本気で向き合える日が来たらいいな」
そんなことを、ひとりごとのように呟いた。
<春が来るころには>
桜井葵は、図書室の窓際で本を読んでいた。
向かいの席には、七瀬つかさ。
「……この本、面白い?」
「うん。ちょっと切ないけど、ちゃんと前に進む話」
「……そうなんだ」
ふたりの間に、春の光が差し込んでいる。
すべてが終わったわけじゃない。
でも、何かが確かに始まった。
恋は、報われないこともある。
でも、伝えた想いは、嘘じゃない。
そして、前を向いて歩き出せるなら――
この恋が終わったとしても、きっと意味がある。
「……ありがとう、つかさ」
「ううん。こっちこそ」
ふたりは、微笑みあった。




