もう隠せない
それぞれが、ずっと隠してきた想い。
優しさの仮面で覆ってきた胸の奥の本音。
誰かのためを想うほど、苦しくなるだけだとわかっていても――
もう、黙っていられない。
<風間、震える声で>
その日は曇っていた。
昼休み、誰もいない中庭。風間凛は、みのりを探しに来ていた。
「あれ、風間くん?」
笑顔で振り返った高山みのりに、風間は一瞬言葉を失った。
彼女の笑顔は、相変わらず太陽のようで――自分には、あまりにもまぶしすぎた。
(……逃げるな)
心の中で、自分を叱る。
ずっと見てきた背中。
どんなに話しかけたくても、話しかけられなかった日々。
でも今、目の前にいる彼女は、きっと、知らない。
「……みのり」
「ん?」
「俺……ずっと、君のことが好きだった」
声は震えていた。
けれど、その言葉は、確かに風間の中から出た本物だった。
「え……?」
みのりの目が、ぱちくりと瞬きをする。
そして、少し困ったように笑った。
「うそ……私、そんなの全然気づかなかった……」
その笑顔に、風間は『ああ』と気づいてしまう。
この恋は、報われない。
だけど、それでも伝えたかった。
ただ、それだけだった。
「そっか……ごめんなさい」
みのりの言葉は優しくて、でも――優しすぎた。
<桜井葵、涙の告白>
放課後、屋上に続く階段の途中。
桜井葵は、七瀬つかさの背中を見つめていた。
「つかさ……少し、話せる?」
七瀬は振り返り、うなずいた。
この時の葵の声が、少し震えていることにすぐ気づいた。
ふたりで並んで階段に腰をかける。
しばらくの沈黙のあと、葵がぽつりと口を開いた。
「私、風間くんのこと、好きだったんだ」
「……うん。知ってた」
「でも、今日……告白してるの、見ちゃったの」
「――えっ」
「ちゃんと聞いたわけじゃない。でも……あの空気で、なんとなくわかった」
七瀬は、何も言えなかった。
「……終わっちゃったんだ、私の片想い」
そこまで言って、葵の目から、ぽろりと涙が落ちた。
「……ほんとは、もっと強くなりたかったの。諦めないって、思ってた。でも……私、全然だめだった」
静かに泣く葵の肩を、七瀬はそっと抱いた。
(ごめんね……私が、止めなければ……)
罪悪感が胸を締めつける。
でも、そのとき――
「ねえ、つかさ」
「……なに?」
「……もし、私が風間くんじゃなくて、つかさを好きになってたら……よかったのかな」
その言葉に、七瀬は小さく震えた。
でも、すぐに笑って見せた。
「ううん、それじゃだめだよ。私は……応援したかったの。葵ちゃんの恋」
言いながら、自分でも何を言ってるのかわからなくなる。
本当は、その言葉を言いたくなかった。
でも、言わなければ、友達のままでいられなかった。
「……ありがと。大好きだよ、つかさ」
その好きが、どんな意味かなんて――
葵は知らないまま、涙を拭った。
<佐伯光、想いの準備>
その夜、光は部屋で読んでいた本を閉じた。
(風間……やったんだな、告白)
昼の出来事はもう噂になっていた。
失恋したことも、本人の態度からなんとなく伝わってくる。
(すごいな、あいつ)
光は静かに呟く。
自分は――まだ、何もできていない。
ただ、優しくしただけ。見ているだけ。気づかれないまま。
でも、それじゃだめだと、初めて思った。
(俺も、言わなきゃな。伝えたいこと、ある)
向ける先は、七瀬つかさ。
この静かな感情が、どうしてこんなにも大きくなってしまったのかはわからない。
でも確かに、今の自分を動かす力になっている。
本を閉じて、立ち上がったその瞳は、どこか覚悟を秘めていた。
感情は、もう誰にも隠せない。
ひとつの想いが動き出すと、周囲もまた動き始める。
静かな物語は、クライマックスへ――




