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貴方がどうにかするのよね?

作者: ほし

誤字報告ありがとうございます!

貴方がどうにかするのよね?




 今日は王宮で夜会が開かれる。

 ヒル子爵家ではパトリシアの妹、ルイーズが着ているドレスの話題で玄関は賑やかだった。流行りの店で誂えたもので値は張るが、値段に見合う価値はあり、様々な形のフリルが使われて華やかだ。本人はよほど嬉しいのか、しきりに周りに感想を求める。

 周りにいる使用人はドレスや装飾品についてはもちろんだが、特にルイーズ自身の愛らしさについても褒めた。本人は当然だとでも言いたいのか得意げだ。

 特に喜声を上げたのは母親であるヒル子爵夫人だ。


「まあ! 本当に素敵よルイーズ!!」


「ありがとうございます! お母様!」


 パトリシアはその様子を冷めた目で見ている。

 パトリシアは幼い頃より、両親から愛情を注がれることは、ほとんどなかった。理由は、父方祖母に容姿が似ているからだ。祖母は苛烈な性格だったらしく、苦手意識を持っていた両親、特に嫁いできた母から嫌われていた。

 幼い頃は泣きながら訴えていたが、関心を向けられることは叶わず、随分も前から諦めている。一応、最低限の世話はされているので、親としての自覚はあるらしい。


 それに対し、妹のルイーズは両親からの愛情を一身に受けていた。

 ルイーズは母親似で愛らしい容姿をしている。病弱なことも理由の一つかもしれない。

 しかし、病弱なのは幼少期のころの話。今でも定期的に医師の診察を受けているが、悪いところが見つからず、首をひねりながら帰っていく。


 ルイーズは人だかりから、パトリシアの元へ小走りでやってくる。


「お姉様! どうですか?」


 そう言いながら、くるりと一周する。

 パトリシアは自身とルイーズの姿を見比べ、暗い気持ちになる。

 パトリシアのドレスは濃い目の灰色、ルイーズのドレスは黄色。


 ドレスの色は、そのまま二人の心情を表しているかのようだった。


 パトリシアのドレスはほとんど親戚のお下がりで、ほつれや虫食いにやられているものも珍しくない。社交界デビューする時に新しいものを買い与えられたが、地味で安い既製品のものだった。

 愛情が無いということもあるが、当時からルイーズの贅沢三昧によって既に困窮していたので、安く済ませたかったのかもしれない。


 暗い気持ちを悟られぬよう、パトリシアはルイーズにできるだけ笑顔で褒める。


「とっても素敵よ。今夜もたくさんの方が、ダンスを申し込みにくるのではないかしら」


「ふふ、当然よ! 華やかな色だから、踊ったら目立つと思うわ!」


 ルイーズはパトリシアのドレスに対して当てこする。

 両親の関心が自身に向いていることを、幼い頃から理解していた。姉が邪険に扱われていたことも。いつしか、そのことを姉に思い知らせることが娯楽となっていた。


「高位貴族のご令息も私に釘付けよ! お姉様の結婚相手より、ずっと爵位が上の方と結婚するんだから!」


「あら、私、貴族の方と結婚できるのね」


 てっきり、平民との結婚か、一生独身を貫くことを望んでいると予想していたのだ。


「間違えたわ! お姉様は一生結婚できないから、私が高位貴族の方をお婿さんにするの!」


「ルイーズならできるわ」


 パトリシアは、これくらいで良いだろうと小さく溜息を吐く。機嫌を取らないと、後で両親から叱責を受けるのだ。

 その甲斐あって、ルイーズは上機嫌だった。


「では行きましょう、お姉様!」


「ええ、そうね」


 二人は王宮に向かうため、馬車に乗り込む。

 ルイーズは気持ちが華やいでいるようだが、パトリシアは気が重かった。




 夜会では、やはりルイーズが注目を集めていた。

 社交界ではルイーズの愛らしさ、病弱であることは有名。そのため、パトリシアが介添えであることも知られていた。しかし、実際は引き立て役として、そばにいるようルイーズにお願いという名の命令をされている。

 何度か拒否したが、その度にルイーズが両親に言いつけ、食事を抜かれたため、大人しく従うように。


 今夜もルイーズの周りには多くの子息がいる。どの子息も実家は高位貴族で見目も良い。

 ある程度、女性の扱いを心得ているのか、ドレスより彼女を重点的に褒めた。


「ドレスも素晴らしいですが、ルイーズ嬢の前では霞んでしまいますね」

「ああ。初めてお会いした感動は忘れられません」

「ルイーズ嬢の愛らしさは社交界で一番ですから。ここまでくるとドレスが可哀そうです」


 ルイーズは望む言葉を浴びて、とても満足げだ。


「ありがとうございます!」


 そして、少し首を傾げながらパトリシアへ。


「ごめんなさい、お姉様。私ばかり褒められてしまって」


「いいのよ、事実だもの」


 パトリシアは穏やかに言う。介添え役をさせられている間に考えていることは、何事もなく時が過ぎ去ってくれること。

 今夜のルイーズは、流行りの店で誂えたドレスよりも素晴らしいと褒められて興が乗ったのか、周りにいる子息に相談する。


「お姉様って本当に可哀想なの……何も持っていないのよ。お父様とお母様からの愛情すらありませんし。ねえ、可哀想でしょう? こんな、なにもないお姉様を少しでも良くするには、どうすれば良いと思います?」


 意見を求められた高位貴族の子息たちは固まった。

 社交界ではルイーズの愛らしさだけではなく、ヒル子爵と夫人がパトリシアに関心が無いことも有名だった。

 子息たちは、どのように返答すれば良いのか分からず、互いに目配せをする。

 あまりにも悲惨で手の施しようが無いと勘違いし、喜ぶルイーズ。

 パトリシアはいたたまれず、下を向きながら、前に組んでいた手をギュッと握り込む。


「その言い方だと悪意があるように見受けられます」


 そこには、ルイーズの周りにいなかった子息の姿が。


 いつも周りに集まる子息以外を知らないルイーズは、きょとんとする。


 パトリシアは不味いと思い、ルイーズに相手のことを耳打ちで教えようとした。しかし、それより早くルイーズが口を開く。


「あら、どなたですか?」


「失礼しました。ブライアント伯爵家の長男、アリソンと申します」


 これは嫌味だと二人は瞬時に理解する。

 社交界では下の爵位の者が先に名乗る慣わし。自分たちの実家より上の爵位の者が先に名乗ってしまったのだ。

 これには流石のルイーズも閉口する。


「私はヒル子爵家の長女パトリシア、こちらが次女のルイーズでございます。先ほどの無礼を、どうかお許しください」


 パトリシアは慌てて名乗り、先ほどの無礼について謝罪。

 アリソンは、気にしないでくださいと、その謝罪を受け入れる。


「あまりにも酷い言い草だったので、つい口を挟んでしまいました」


「ひ、酷い言い草だなんて……ただ、相談しただけですわ」


「『何も持っていないから可哀想』に十分、悪意が込められているように思いますが。さすがヒル子爵。ブライアント伯爵家とは違って立派な教育をされていますね」


 アリソンに指摘され、再びルイーズは閉口する。

 ルイーズの姿を見て反論する気力も無いだろうと判断したアリソンは、パトリシアと話がしたいと強引に連れ出す。



 この時、後で父親に叱責されるだろうが、今夜で何かが変わるのではとパトリシアは密かに期待していた。



 二人はバルコニーで夜風に当たる。

 アリソンは連れ出したは良いものの、どうすれば良いのか分からない。しかし、謝罪すべきだと思い、口を開く。


「出過ぎた真似をして申し訳ありません」


「そんな! こちらこそ、ありがとうございます!」


「いえ、大したことはしていません。パトリシア嬢はいつも、あのようなことを言われているのですか?」


「え、ええ……まあ」


 アリソンからの質問に、パトリシアは言い淀む。

 貴族の子にとって父親は絶対的な存在。逆らうことは許されない。ヒル子爵家では、溺愛している娘に反論することも御法度。

 いっそのこと勘当してくれたら……と思ったが、それはルイーズが許さなかった。近くで、自分が幸せな様子を見せつけたいのだろう。

 パトリシアが平民になっても暮らしていけるよう情報を集めていると、決まって邪魔してくるのだ。


 その様子を見て、実家での立場を察したアリソンはある提案をする。


「家を出る口実に、私と婚約しませんか?」


 驚くパトリシアをよそに、アリソンは続ける。


「私は家を継がなければならない立場なのですが、このような性格なので中々縁談がまとまらないのです。その代わり、生涯、貴方を守り抜くことを誓います」


 確かに、はっきりとものを言うブライアント伯爵令息なら、令嬢に対して失礼なことを言ってしまいそうだ――とパトリシアは先ほどの出来事を思い出す。それに、実家から離れることができるので、彼女にとっても魅力だった。


「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」


 パトリシアはアリソンの提案――求婚を受け入れる。



 その後、ほどなくして二人は婚約。


 ルイーズからの妨害が入りそうになったが、父親のヒル子爵が止めた。

 ブライアント伯爵家からの援助を期待しているのだろう。パトリシアに対して初めて関心を寄せたが、あくまで金銭のため。


 パトリシアが伯爵家の邸宅に住まいを移ってからは別の苦労があった。

 子爵家では淑女教育が不十分だったのだ。しかし、教育係や伯爵夫人の指導は厳しかったが優しさもあった。それは彼女を想ってのこと。


 初めは契約のような関係から始まったが、パトリシアが同じ伯爵家の邸宅に住むことになったからか、互いを意識するように。

 今では、伴侶として思いやるようになった。


 子爵家では味わうことの出来なかった愛情があった。



 結婚式当日。


 パトリシアは純白のドレスを纏っていた。前方に大振りのフリルが斜めに装飾されたマーメイドラインで、年齢より幾分か大人らしく見える。

 当然、彼女のために誂えた一点ものだ。


 パトリシアと親交のあった数少ない貴族の令嬢は皆、祝福の言葉を贈った。


 ヒル子爵家の者も彼女の元へ。ルイーズと夫人はパトリシアが幸せそうで不機嫌だが、ヒル子爵は下卑た笑みを浮かべている。


 しかし、全く気にならない。


 この時間は間違いなく、幸せだからだ。



 式は(つつが)なく終わり、両家はブライアント伯爵家の邸宅で歓談中だった。ソファに座りながら軽食をつまんだり、紅茶を口にしたりしている。


 和やかな雰囲気の中、ヒル子爵はブライアント伯爵にお願いをする。


「実は私どもヒル子爵家は余裕がなく、借金で首が回らない状況に陥っているのです。できれば援助していただけないでしょうか」


「存じておりますよ。パトリシアからお聞きしましたから」


 ヒル子爵はニヤリとする。

 ブライアント伯爵領は潤っており、事業も上手くいっている。縁続きになったことで恒久的な援助を期待しているのだ。

 ルイーズにも自身の妻にも、さらに贅沢させてやれる。自分も我慢しなくて良い――ヒル子爵は思い描く都合の良い未来にニヤニヤが止まらない。


「本当に大変な状態だそうで……。こちらとしても是非、力になりたいと思い、真剣に検討した結果――」


 ヒル子爵は目を爛々(らんらん)とさせる。


 大変な状況だと知れば、大抵の人間は手を差し伸べたくなるだろう。ましてや、それが息子の嫁の実家なら尚更。

 他人ではないし、困難な状況に陥っている相手に援助をしなかったとなれば、貴族社会で冷血だと噂されかねない。


 ブライアント伯爵の次の言葉に期待が膨らむ。




「ヒル子爵家に、援助をしないことに決めました」




「………………は?」


 呆気にとられるヒル子爵。

 ブライアント伯爵は気にせずに続ける。


「これはパトリシアの意志なのです」


 それを聞いたヒル子爵はパトリシアを睨みつけるが、彼女は涼しい顔をしている。


「だって、もう十分、良くしていただいたではありませんか。この結婚に際し、持参金をご用意できないことを相談いたしましたら、不要と仰っていただきましたし」


 ヒル子爵は納得できず、怒りで顔に青筋が浮かび、小刻みに震える。


「お義父様からお聞きしましたが、私が婚約していた間にも支援していただいたのでしょう?」


「なにそれ!! お父様、本当なの!?」

「貴方! どういうことか説明してちょうだい!!」


 パトリシアの言葉を聞いたルイーズと夫人は驚き、ヒル子爵に詰め寄る。二人は知らなかったらしい。恩恵を受けることがなかったのだろう。

 そんな二人に一喝する。


「黙れ! 金食い虫共め!!」


 次にパトリシアに体を向ける。


「何のための結婚だと思っている! もう止めだ! この結婚は無効だ!!」


 勝手な言い分にアリソンは怒りをにじませ、立ち上がろうとする。

 しかし、それをパトリシアが制止する。


「あら、大丈夫ですわ。ヒル子爵家には、もう一人、娘がいるではありませんか」


 そう言った後、ルイーズを真っ直ぐに見つめる。

 見つめられたルイーズは、ビクッと怯える。


「前に言っていたじゃない。貴方がどうにかするのよね?」


 ヒル子爵家を助けるには、娘が婿を取って支援してもらうしかない。

 現在、ヒル子爵家の娘はルイーズだけ。

 どこか漠然としていたのだろう、他人事として捉えていたが徐々に判然としてくる。

 ルイーズに責任が重くのしかかる。


 パトリシアは尚も続ける。


「私の結婚相手より、ずっと爵位が上の方と結婚するって言ったのは冗談だったのかしら?」


 挑発すれば乗る性格だと知っている。

 そして、ルイーズはその挑発に乗った。


「当然じゃない! 私はお姉様なんかより、ずっと価値があるんだから、それに見合う方じゃないと! 伯爵家なんかの援助なんて、いらないわよ!!」


「このバカ娘が!!!」


 ヒル子爵はルイーズの頬を打つ。


「親子喧嘩は領地に帰ってからにしていただきたい。ヒル子爵家の皆さんがお帰りだ」


「ま、待て! 待ってくれ!! 話を――」


 ブライアント伯爵は使用人たちに、ヒル子爵家の者を邸宅から追い出すよう指示。

 すぐに部屋から追い出され、声も聞こえなくなっていった。


 皆がほっとした後、パトリシアは立ち上がり、ブライアント伯爵家の者に深々と頭を下げる。


「私の身内が皆様に多大なるご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」


 アリソンはソファから立ち上がり、パトリシアの手を取る。


「君のせいじゃない。それに、パトリシアはブライアント伯爵家の人間じゃないか」


「アリソンの言う通りだ。謝らなくて良い」


「そうよ、もっと私たちに甘えてちょうだい」


 アリソン、ブライアント伯爵や夫人に優しくされ、パトリシアは何度も感謝の言葉を述べながら、涙を流していた。


 長年、思い描いていた理想の“家族”の姿だった。




 その後、ルイーズは夜会で積極的に男性に結婚を迫ったが、やんわり断られていた。しかし、それは今に始まったことではない。


 高位貴族の子息が、彼女が姉に嫌がらせをしているところを間近に見て幻滅し、距離を取り始めたのだ。その様子を見た他の貴族たちも彼らに(なら)った。

 中には気にしない高位貴族の子息もいたが、結婚するつもりは毛頭ない。ルイーズが病弱であることは社交界では有名なので、子を生すことはできないと判断。病弱の振りをしていたことが仇となった。さらに、ヒル子爵家の懐事情も知られているので結婚に旨味が無いのだ。

 彼女の長所である外見の愛らしさも二十年、三十年経てば、どのように変化するかは想像に難くない。


 ルイーズとの縁談を望む家もあるが、子爵家より下の男爵家か貴族と縁を持ちたい平民の商家ばかり。

 縁談があるうちにヒル子爵は無理矢理、話をまとめようとしたが、ルイーズは強く拒否。彼女の矜持が許さなかったのだろう。わずかに残っていた自身の宝飾品を持って行方不明に。


 どうすることもできないヒル子爵は爵位と領地を返上。残っている財産を処分して借金を完済。

 今は田舎の小さな家に居を構えているらしい。



 パトリシアとアリソンの結婚から三年の出来事だった。



 ある晴れた日。木々が青々と茂り、暑さを感じ始めた季節。

 パトリシアたちは、ブライアント伯爵家の敷地から近い草原で昼食を取っていた。


「三年か……よく持った方だな」


「そうね」


「あっんぶ。おおぅっあ!」


 二人は顔をほころばせる。


「ねえ、アリソン聞いた!? この子、『お父様』って言おうとしたのよ!」


「いや、『お母様』って言おうとしたんだろう。パトリシアのことが大好きだからな」


 その光景を、周りの使用人たちも微笑ましく見守る。



 幸せに満ちた家族を絵画で描くとしたら、きっと誰もが、この光景を思い浮かべるだろう。

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