サクラ 1
「サクラ、わかっていると思うけれど。王宮ではサラフィーア様の言うことをきちんと聞いて大人しくしているんだよ。それに”二ホンジン”の君はとても目立つから。知らない人には付いて行かないようにね」
「もう、ツバキったらまた説教? そんなに心配しなくても大丈夫だって。王宮に来てるっていってもトラオムに会って楽しく喋ってるだけだよ。それに私が”女神様のお客様”だってわかると、むしろ皆の方が私に親切にしてくれるよ」
どんなに口うるさい人間でも大人しくなる魔法の言葉を使うと、久しぶりに会うなりお説教を始めたツバキも困ったような顔をして黙り込んだ。
その反応を鼻で笑いつつも、私は最近辺境にいた時みたいに周りが口うるさくなってきたことにうんざりした。
普通の女子高生として暮らしていた私はいつからか時々女の人の声が聞こえるようになった。でも、そのか細い声はいつもノイズが混じっていて全然聞こえなくて。だんだんとしつこくなる声に「うるさいなあ、何言ってるのかわからないよっ」と言い返すと、気がつくとこの世界に来ていた。
困っていたところを見つけてくれたのがツバキだ。ツバキは私が迷い込んだフォーレス辺境伯の跡継ぎでお祖母ちゃんが日本人だったらしい。お人良しのツバキは心細かった私にずっと付き添って励ましてくれた。今でも保護者ぶられるのはうっとおしいけれど。
フォーレス辺境伯は時々異世界に繋がる”門”が開いていろんなモノ(私みたいな人間もね)が落ちてくるらしく皆が私に親切にしてくれた。
そして、女の人の声が聞こえたと言うと「ハルコ様(ツバキのお祖母ちゃんなんだって)のように女神様に呼ばれたのだろう」と皆が喜んでくれ、再び”門”が開いて帰れるようになるまでここで過ごすように言ってくれた。私はありがたくお世話になることにした。
この世界にも馴染んだ頃。とびっきりかっこいい王子様アルセインが私を迎えに来てくれた。
アルセインは天使の輪っかができてるさらっさらの銀髪にアメジストみたいな瞳をしたアイドルみたいにきれいな顔をした王子様だ。この国の第2王子様でツバキの婚約者らしい。
見た目と同じく優しい人みたいで。私がとっておきの笑顔で話しかけるとにっこり笑ってくれた。
「君が『女神様に呼ばれた”二ホンジン”』だね? 君にお願いがあって迎えに来たんだ」
お願いは「お母さんが違う(日本人なんだって)彼の弟さん(つまり王子様だね)が日本の話を聞きたがっているので、話相手になって欲しい」ってこと。
日本のド田舎みたいな辺境の生活に飽きていた私は、王都に住む偉い貴族の家にお客様として迎えられると聞いてめちゃくちゃ喜んだ。
それに私は”女神様が呼んだお客様”なんだから。王都を観光してこの世界のことを日本の皆に宣伝してあげたらお客様を呼びたい女神様からも感謝されるだろうし。もしかしたら、ネットとかアニメで見た異世界転移ものみたいにかっこいい王子様や貴族様と仲良くなって、恋人だってできるかもしれない。
そんな楽しい想像をしてわくわくした私は荷物をまとめてその日のうちにアルセインの転移魔術? テレポート? で移動した。
王都に着くと私はアルセインのお母さんの実家のスペクルム侯爵家にお客様として滞在することになった。
お城みたいな豪華な侯爵家にはたくさんのメイドさんたちがいて、映画に出てくるお姫様のように丁寧にもてなされた。アルセインのいとこだという本物のお姫様サラフィーアさんもいて、私のことを“大事なお客様”と呼んで何でもお願いを叶えてくれた。
最初はそのちょっと引くぐらいの親切ぶりを怪しんでいたけれど、様子を見に来たアルセインに
「女神様を信仰するスペクルム侯爵家では異世界から来たお客様をもてなすのは大変名誉なことなんだ。それにサラは弟の婚約者でね。君が会ってくれることにとても感謝しているんだよ。もちろん僕も」
と、言われて安心し、弟さんのトラオムと会うのが楽しみになった。
そして、トラオムと会った時。私はもう自分でもびっくりするほどあっさりと恋をした。
初めて会ったトラオムはさすが生まれながらの王子様だけあって私のあまり上手じゃない話をひたすら楽しそうに聞いてくれて。
おかげで思いつくままに日本の話を一方的に喋っちゃったけれど。優しいトラオムはにこにこ笑って「また会えるのを楽しみにしているよ」と言ってくれた。おかげで、その日は喜びと興奮でドキドキしっぱなしで、ぐったり疲れちゃった。
私たちが喋っている間、人形みたいに静かに立っていたサラフィーアさんと部屋を出ると寂しげな笑みを浮かべた。
「サクラ様、今日は殿下と会ってくださってありがとうございます。殿下は去年母君を亡くしてから大層落ちこまれていて、母君との思い出の”二ホン”をしのんでいるのです。あんなに笑った姿を見たのは久しぶりですわ」
「そうなんだ。役に立って良かった」
トラオムの助けになったと聞いて誇らしくなったけれどちょっとだけ不安になって控えめに微笑んでおく。
トラオムのことは好きだしもっと仲良くなりたい。でも、王都に来たばかりで味方がいない今はまだ露骨にアピールして保護者で婚約者のサラフィーアさんに敵認定されたくない。この人優しそうに見えて、時々ものすごく怖い目でトラオムと私をにらんでるし。
そんな恋と保身で迷う私の複雑な心を見透かしたようにサラフィーアさんは美しく微笑んだ。
「ありがとうございます。殿下はサクラ様が気に入られたようですし、どうかこれからも会いに来てください」
「うん、私で良かったらトラオムの話し相手になるよ」