サラフィーア 1
ティーセットを乗せたトレーを持つサクラ様の後に続いて部屋に入ると、トラオムはその夕陽のような暖かな瞳を細めてサクラ様に笑みを浮かべられました。
「やっほーっトラオム!! サクラちゃんがお茶と和菓子を持ってきたよ」
「ありがとう、サク。今日は何を作ってきてくれたんだ?」
「私が大好きなぼたもち! 私の得意料理なんだ。はい、どうぞ」
「それは楽しみだな」
サクラ様が”ボタモチ”を載せたお皿と”リョクチャ”が入ったカップを置くと、トラオムはうれしそうに”ボタモチ”を手に取って食べ始めました。2人の邪魔にならないように私は気配を消して壁際に佇みました。
トラオムはサクラ様と同じ異世界の国”ニホン”から来た側妃様が生んだ第3王子です。
国王陛下と同じ赤みがかった金髪と夕焼けのような橙色の瞳をし、陛下の若い頃とそっくりな容姿をしています。
私サラフィーア・スペクルムはトラオムと今から12年前、6歳の時に婚約しました。
表向きは後ろ盾のないトラオムの将来を心配した国王陛下が信頼する宰相のスペクルム侯爵を頼ったのだといわれていますが。実情は少し違います。
スペクルム侯爵家にはかつて女神様に深く愛された女性がいました。
生涯彼女を一途に愛して幸せにした伴侶を女神様は大層お気に召され、時折生まれた一族の子にも祝福としてかつての伴侶のような方と縁を結んでくださります。私たちは”伴侶持ち”と呼んでいます。
今の伴侶持ちは私とお父様の妹の王妃様、王妃様の子で第2王子のアルセインがいます。
皆仲睦まじいですが、特にアルセインはフォーレス辺境伯嫡女ツバキ様を深く愛しています。その難しさから使い手がいなくなった転移魔法を復活させて、頻繁に会いに行っているぐらいです。
私の相手はトラオムです。幼い頃城で偶然出会った彼の暖かな夕焼けの瞳と目が合った瞬間に心が強く惹きつけられ、本能的に彼なのだとわかりました。
私たちの婚約は王妃様の後押しもあって速やかに結ばれました。トラオムは一族特有の冷たく見える白銀色の髪に紫色の瞳を気にする私を「春告げのスミレを好む白い小鳥みたい」と褒めて、いつも私の手を引いてアルセインと3人での城内の”冒険”に連れて行ってくれました。
もっとも、体力のない私はすぐに疲れてしまい、いつも「とろい」と私をからかってくるアルセインのような”頼もしい相棒”にはなれませんでしたが。
いつもアルセインをなだめて私の歩みに合わせてくれるトラオムは、まるで私が苦手な厳しい冬の寒さから守ってくれる暖炉の炎のように優しく頼もしくて、私は本物の恋をしました。
18歳になった今も、そしてどんなに辛い時でも。私の心は大好きなトラオムと過ごした時間と喜びを思い起こすとやわらかな温もりで芯から満たされます。
「この“モチ”を包んでいる“アンコ”といったか。母も好きだと良く言っていたな」
「ふふ、そうなんだ。日本人は皆あんこが好きでね、あんこを使ったいろんな和菓子があるんだよ」
トラオムは今日も一生懸命あんこを使った和菓子の説明をするサクラ様の話を楽しそうに聞いています。
サクラ様は”二ホン”の”ジョシコウセイ”という平民の方だそうです。女神様に呼ばれてこの世界に来た彼女には我がスペクラム侯爵家に客人として滞在していただいています。
いつも楽しそうに笑うサクラ様をトラオムも気に入られました。サクラ様はいつも婚約者の私と一緒にトラオムに会いに来て、今の彼が唯一興味を示す亡き側妃様の故郷”二ホン”の話をしています。
サクラ様と過ごすトラオムはいつも幸せそうです。
――まるで婚約者の叔母様と仲睦まじく過ごしていた陛下が突然“イセカイジン”の側妃様を熱心に望まれた時のようだと。私の両親を含めた当時を知る人たちが心配するぐらいに。
「サクラ様、お話の途中で申し訳ありませんが。そろそろアルセイン殿下とお約束した時間になります。今日はサクラ様が迷子にならないように離宮まで迎えに来られるそうですわ」
「あ、そうだった! ごめんね、トラオム。また来るね!」
「ああ、今日もとてもおいしかったよ、ありがとうサク。次も楽しみにしているよ」
慌てて出て行ったサクラ様が閉め忘れたドアを閉めようとすると、一瞬ひんやりとした風が首筋を通り過ぎていきました。私がきっちりとドアを閉めて戻るとトラオムは表情を消しました。
昔、純愛ものにハマった友人が「これが純愛というものだ!」と、カメラで除霊しながら陰惨な儀式で引き裂かれた恋人たちを救う名作ホラーゲームを押しつけてきたのを思い出しまして。
そのノリを思い出して書いています。
3作目の2組の恋人たちが再会するエンディングが好きです。