トラオム 2
それから僕は暇な時には王宮内をさまようようになった。広い王宮の中のどこかには”僕がいてもいい居場所”が見つかる気がしたからだ。
そんなある日。王宮の庭をふらふらと歩いていた僕は、王妃様に良く似た女の子とうっかり目が合った。
神秘的な銀と紫の容姿はスペクルム侯爵家の子だろう。驚いた顔に不思議と心が強く惹きつけられたが、どうせあの子もそのうち嫌なものを見たという顔になるだろうと思った僕は顔をそむけた。
しかし、予想に反して女の子は目をキラキラと輝かせて僕のところにやって来てかわいらしい声で名乗った。
「初めまして、私はスペクルム侯爵家のサラフィーアといいます。あなた様の名前を教えてください!」
近くで見た女の子の笑顔に胸がどきまきしていた僕はその名前にはっと我に返った。
スペクラム侯爵家の末娘サラフィーア嬢は女神様の祝福を授かった”伴侶持ち”だ。
気の良いアルセインと同じく一際女神様に愛された子で、女神様の意に反して生まれた僕なんかは関わってはいけない尊い存在だ。
「……トラオム。女神様の怒りをかって罰せられた”イセカイジン”の側妃から生まれた呪われた子だよ。女神様に愛されているスペクルム侯爵家のお姫様が呪われた子の僕なんかに関わらない方がいい」
いかにも愛されて育った令嬢らしくにこにこと笑うサラフィーアに僕はわざと冷たく忠告した。すると、サラフィーアは一瞬きょとんとして、なぜか怒ったように一生懸命言い出した。
「そんなことありませんっ。女神様はお優しい方ですもの、側妃様が罪を犯したことはとても悲しいことですけれども。その分生まれた子は健やかに育つように願っていらっしゃいますわ。……それに、トラオム様は私のは、”伴侶”ですものっ。もし、トラオム様が叱られるなら私も一緒について行きますわ!」
「伴侶……、僕が? まさか、そんなことあるわけがない。誰かと間違えているんじゃないか」
「そんなことありません!! 叔母様が教えてくださったように一目見てわかりましたもの! トラオム様が私の”伴侶”ですわっ」
見た目は雪解けを告げるスミレを好む真っ白な小鳥のように愛らしいのに、顔を真っ赤にして懸命に言い張るサラフィーアに僕は困り果てた。
そして、伴侶持ちの王妃様の言うことならば聞くだろうとサラフィーアを連れて行き――王妃様が呼んだ神官様によって僕はあっさりとサラフィーアの”伴侶”だと証明された。
王妃様はかわいがっている姪のサラフィーアの”伴侶”が見つかったことをとても喜び、速やかに婚約の手続きを進めてくださった。そして、罪人の子であることに後ろめたさを感じる僕を密かに呼んで「女神様は誠実な心を持って生きるトラオムを祝福してくださったのよ。堂々としていなさい」と励ましてくれた。
周りの人たちも喜んでくれたが。サラフィーアと口喧嘩ばかりしているアルセインは「よりにもよってサラの”伴侶”だなんてトラオムも大変だなあ。ま、困ったら手助けしてあげるよ」と呆れたように笑っていた。
スペクルム侯爵家に婿入りすることが決まった僕は、宰相を務めるスペクルム侯爵が手配した教師たちから教育を受け、頻繁に城にやって来るサラフィーアと交流を深めた。
博識な先生たちからいろいろなことを教わるのはとても楽しかったし、時々訪れるスペクルム侯爵家の人々は僕に家族のように温かく接してくれた。何よりも、いつも大好きだと溢れんばかりの愛をくれるサラフィーアに僕は”ここにいていいんだ”と心から安心できた。




