トラオム 1
母が住んでいた離宮が取り壊されると聞いて、僕はやっとすべてが終わったのだと肩から力が抜けた。
第3王子の僕、トラオムはこの1年間国王陛下を狙った母サクヤに呪われて身体を乗っ取られていたらしい。らしいと言うのは、悔しいことに婚約者のサラフィーアに呼ばれて意識がうっすらと戻った時以外のことを覚えていないからだ。
サラフィーアとアルセインによって封じられた母は”二ホンジン”が元の世界に帰る時に一緒に連れて行ってくれたそうだ。きっと”二ホン”が好きだった母も喜んでいるだろう。
その後、僕はサラフィーアの強い希望もあって、スペクルム侯爵家に”療養”という名目で滞在している。
侯爵家の皆は昔と変わらず僕を「お帰りなさい」と家族のように温かく迎え入れてくれて、もうじき結婚するサラフィーアと2人でのんびり過ごしている。
ここでの生活は毎日が幸せで穏やかで。
僕は改めて”生まれてきて良かった”と感じ、僕を助けてくれたサラフィーアたちに深く感謝した。
僕の母サクヤは女神様に招かれた”イセカイジン”で、女神様の怒りをかって罰せられた大罪人だ。
母は女神様に祝福されて愛し合う恋人たちを引き裂いて王妃様の心を深く傷つけたあげく、まるで欲深い魔女のように陛下を囲いこんで1人占めしようとした。多くの人々を傷つけた母は女神様の罰がくだったのか、僕を生んだ後に身体を壊して最愛の人にも忘れさられて1人で離宮で過ごしていた。
名ばかりの父親によって一応第3王子として認められた赤子の僕は王妃様に引き取られ、2つ年上の王太子殿下と半年先に生まれたアルセインと一緒に育てられた。
幸い、王妃様には自分の子たちと変わらず接してもらったし、異母兄たち、特に同じ齢で口は悪いが面倒見の良いアルセインには何かと助けてもらった。
しかし、見た目だけは僕にそっくりな国王陛下にはいつも忌々し気ににらまれ、母の悪行を知る人々には疎まれていた。
今思うと女神様への裏切り者の子などさぞ扱いに困っただろう。いつ女神様の怒りに触れるかわからないのだから。
それでも、幼かった頃の僕は母だけは僕を愛してくれると信じていた。
しかし、会いに行くたびに目をぎらぎらと輝かせた母が僕を「トール、来てくれたのね」と父の名で呼んですがりついてくる姿を見て。
僕はやっと”自分もまた女神様の怒りを買った不義の子だから誰にも愛されず、幸せになってはいけない”のだとようやく理解した。




