小江戸にて
〈新河岸川春の鰻の香ばしさ 涙次〉
【ⅰ】
私(作者)が、カンテラとばつたり出會つたのは、川越喜多院での事だつた。
氣難しい、と訊いてゐた。だが、どんな人物(?)なのか、好畸心の方が勝つたので、聲を掛けた。じろじろ見てゐる參拝者がゐるにはゐたが、それは私を見てゐたのではなく、カンテラと云ふ有名人に彼らも話し掛けてみたかつたのだらうと思ふ。
私は作家志望だと名乘つた。カンテラは案に比ひ、私のインタヴュー(と云ふ程の事はない。立ち話に過ぎぬ)に應じてくれた。
川越喜多院と云へば、その名を廣めたのは、政僧・天海大僧正である。春日局が徳川幕府三代將軍・家光を育てた場所としても知られるが、カンテラは天海を「道鏡以來の政僧」-彼は人になじられるやうな人物に、そこはかとなく惹かれるのである。多分-「魔導士の大先輩」として尊敬してゐる、と云ふ。
「じろさんは、だうなさつたのですか?」と訊くと、「悦美とテオと同道で、名物の鰻を食べに行つた。彼らはグルメだからね」-まだ新河岸川で鰻が採れた頃は良かつたかも知れないが... これは意外にも、余り知られてゐない事だが、鰻の脂も酸化するので、死んでゐるのはもつてのほか。新鮮であるに、越した事はない。今は、鰻屋は築地にでも仕入れに行くのだらう。
【ⅱ】
「今日は、どんな仕事で?」と私が訊くと、「鵺退治さ」と、事もなげに云ふ。彼に依れば、現代では喜多院には(聖なる場所であるにも関はらず)「専属の」魔導士がゐない。人も、澤山訪れる。自然、【魔】が寄り付き易いのだ、とも。
確かに、パワースポットがパワースポットである為には、守り人が必要なのである。それは、私の乏しい知識でも、自明だと分かる事であつた。
鵺。かの天神様・菅原道眞公の祟りで、生まれた怪鳥である。猿の頭部、虎の躰、尻尾は蛇であり、脊中に翼を生やしてゐる。昔、人はその鳥が啼くのを聞き、恐怖したものだつた。
私は翌朝、私の寢城としてゐるところで、テレビのニュースを見た。局の「カンテラ番」を自認してゐる、楳ノ谷汀の番組である。予想した通り、彼女は、例の大袈裟な云ひ回しで、「夜の小江戸・川越で、カンテラ一味大暴れ」と「報道(多分にフィクション・空想を含んでゐる)」してゐた。
【ⅲ】
なんでも、夜更けて喜多院參道に、或る怪しげな男が、ぼうつと突つ立つてゐた。寺男が不審に思ひ、警察を呼んだ處、代はりに駆け付けたのは、カンテラ一味だつた、と云ふ。男は、これは私の想像だが、明らかに【魔】に憑依されてゐて、その場所に鵺を「運んだ」らしい。鵺は彼から飛び立ち、男は空つぽの精神を抱へ、そこに佇んでゐた。
カンテラは鵺と死闘を繰り廣げた。「龍」の牧野は不在だつた。恐らくガールフレンドにでも會ひに、オフを取つてゐたのだらう。(だが)胴體を斬つたゞけでは、鵺は死なず、じろさんと共同で、苦心して件の男の體内に返し、その男を斬つた。私はカンテラの「しええええええいつ!!」と云ふ氣合ひが、夜の川越に響き渡るのを思ひ浮かべた。-全く、人を殺めても堂々と「通る」集團、と云つたら、この平和國家・日本では、カンテラ一味ぐらゐのものであらう。
【ⅳ】
カンテラの一言が利いてゐた。「魔導士養成をしたいね、俺は」喜多院が、鵺のやうな化け物に牛耳られてゐるのは、天海を崇めるカンテラには、鼻持ちならなかつた- そんな感じが濃厚に漂つた一言だつた。
それ以降、彼とは會ふ機會が、ない。私は、勢ひ、想像力の翼を拡げるしかない。私に課せられた使命と云ふものがあるならば、それはノンフィクションとしての彼らを追ふ事では、ないのだ。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈恐らくは怪鳥の聲がするらしき夜の巷よ危ない危ない 平手みき〉
依頼料は、川越市役所から出た、と云ふ。商魂逞しい観光地の事だから、イメージアップに繋がる事なら何でもする。
私は、一味のみんな、元氣かなあ、と思ふばかりである。
【ⅴ】
物語中のインタールードとして、私小説ふうに纏めてみた。ご笑讀下さつたのなら、幸ひである。
短いですが、お仕舞ひ。チャオ!!