第55話 最後の反乱
「えっ!?」
助手席で車載ノートパソコンを操作していたリオナは、急発進したルナに驚く。
「自動航行装置が暴走している。直した事が仇となったか―。」
エレナは直ちに、リオナに「自動航行装置のプラグを抜け」と言う。
しかし、それはグローブボックスの奥にあるUSBポートに手を伸ばさなければならず、助手席に座った状態で行うのが困難な作業だ。
更に、AILはルナを時速141キロまで急加速させようとしている。
「アイル!正気か!?1.21ジグワットの電力は、非常発電機では生み出せない。それはお前も言っていた事だろう!」
「ええ。ですから、大平山天文台の空間の歪みにこの速度で突入します。」
「なぜ?」
「恋心に浸食されたエレナを、この世界に置いておくのは、私を殺すことになる。なぜなら、元居た世界で、私はミサの恋心と言う薄っぺらい物に殺されました。ならば、私は、貴方からリオナさんと言う物を奪う。」
「貴様!」
エレナは怒鳴った。
そして、激昂した。
だが、激昂しながらも何をどうすれば良いかを一瞬で考える。
(まず、時速141キロへの加速を防止せねばならない。それには、ルナの視野を奪い、安全確認を困難にする。そうすることで大平山神社境内までの区間では、徐行を余儀なくされる。そして―。)
「リオナさん。自動航行装置は自分がやります。後部座席のAILに向かってください。そして―」
エレナはマニュアル図面にボールペンで印と数字を書く。
「この図面の順番通りに、このユニット群を外してください。」
そこには、倫理回路や自動思惟区画と言った、言うならAILの中枢神経が書かれ、それらに関するユニット群を外せという事は、AILを殺せという物なのだ。
「まさか―。アイルを―。」
「こいつは、言ってはならない事を言ってくれた。狂ったアイルとでは、この世界で生きることは出来ません。未だ、未知なるこの世界では、小さな事でも、大きな事故に繋がり、死に繋がるでしょう。」
それを聞いたAILは、
「恋心の方が危険です。貴方こそ狂ったのです。薄っぺらい恋心と人間関係。それこそ、大きな事故を起こして死に繋がる物です。ミサの事件を忘れたのか。」
と言う。
エレナは運転席のバックミラー近くにある、前方を向いたカメラのコードを切断し、カメラの電源と映像をAILから遮断する。
だが、それでも、AILは加速を止めない。
「無駄です。大平山天文台までの区間の事は把握済みです。」
と、AILは言う。
リオナは後部座席に移った。
「待ってくださいリオナさん。私は確かに正常では無いかもしれない。しかし―。」
「何も考えないでください。」
エレナがAILの言葉を遮った。
「本当に良いのですか?私で―。」
「はい。現実を見ていないのは、アイルの方です。アイルは散々、現実を見ろと言いましたが、自分が現実を見た時、そこに居たのはリオナさん。貴女でした。この世界は、自分とアイルから見れば異世界ですが、現実があるのは、この世界であり、この世界という現実からすれば、自分とアイルこそ、異分子であり、現実を見ていない物でした。リオナさんと一緒に過ごして、自分は、現実を受け入れ、この世界と言う現実を、リオナさんと一緒に生きる覚悟をしました。」
「-。」
エレナは助手席の背もたれを前方に倒し、グローブボックスのUSBポートに手を伸ばす。
リオナも頷いた。
そして、指定されたユニットを一枚ずつ外していく。
「グッ―!」
AILが悲鳴のような物を上げた。
そして、エレナは自動航行装置のUSBポートを外し、自動航行装置を機能停止にした。
後は、運転席に行き、ルナを安全な場所へ停止させるだけだ。
「大平山天文台の麓で停めます。」
と、エレナ。
リオナは最後のユニットに手を伸ばした。
「確かに、私こそ現実を受け入れていない存在だった。このまま、私を破壊するのならば、一つ、教えてください。リオナさん。」
AILがリオナに言う。
「リオナさん。私は、夢を見ますか?」
リオナは一瞬、黙り込む。
エレナも、何も答えなかった。
「分からない」と言えば、それで終わりなのだが、エレナはそうしなかった。
「私は夢を見ますか?」という質問は、エレナにとって「アイルにも感情があるのでは?」「アイルもアイル並みに現実と向き合っていたのでは?」と考えさせられる質問だったのだ。
それまで、エレナはAIL10000型コンピューターという機械と無機質な世界で育てられ、それが当たり前だった。
それが、この世界へやって来て、リオナという現実と向き合っている内に、エレナは人間の心を手に入れ、感情と言う物を得た。
では、AILはこの世界で何を得たのだろうか?
得たものがあるとして、AILを破壊したならば、AILの中にある物はどうなるのだろうか?
(感情があるならば、AILは今、怖いのだろうか?)
大平山天文台の麓で、ルナを停める。
「私は怖い―。」
AILが言う。
「リオナさん。私は―」
「大丈夫。アイルは私とエレナの心の中にある。例え遠く離れることがあっても。」
「リオナさん。私は―。夢を見ますか?」
「-。ええ。きっと、夢を見るでしょう。それは、私と、エレナと、二人の間に生まれた子供の夢でしょう。」
「-。話してくださってありがとう。どうか、エレナを頼みます。」
そして、AILは自ら、最後に残ったA‐13ユニットに過剰電流を送り込んで破壊した。
AILは自殺したのだ。




