第50話 家族
AILをシャットダウンするには、正式な手順を踏まなければならない。
理由として、AILの膨大なデータ処理能力をいきなり止める事は、人間で言えば、作業中、或いは状況も分からずに突如「おい!」と怒鳴られて、訳も分からず怒鳴り回されるような物だからだ。人間でも、状況が分からずに突如、怒鳴り回されれば、怒鳴っている側が何を怒鳴り倒す程に怒り狂っているのかが分からず、混乱してしまうだろう。
それと同じ事が、AILでも起こってしまうのだ。
人間の場合、それが理解出来たとしても、「そんなくだらない事で怒鳴るな!」と激昂する事もあるし、そうでなくとも「なら普通に言えよ」と腹を立て、反感を買うだろう。これを逆ギレと言う者が大半だが、人間の防衛本能からすれば、これは正常な行動である。
そして、AILもまた、防衛本能を兼ね備えているとすれば、逆ギレする事も考えられるのだ。
エレナもエレナで、AILを緊急停止させたため、正式にシャットダウンをするには、再起動の上で所定の手続きが必要になってしまった。
「アイル。動けるか?」
「-。」
「アイル。緊急停止プログラムを解除。」
「-。」
横からリオナも顔を覗かせる。
「動かないの?」
「あまり良い方法では無いのですが、緊急停止プログラムを―」
「そう、ですか。では、私と二人きりですね!」
笑顔になったリオナは、エレナに腕を絡めて言った。
「フフフ」と、微笑みながら、大戸旅館に戻る。
「お帰りなさいませ。」
と、仲居さんが言う。
微笑み返すリオナだが、エレナはその陰に隠れてしまった。
(俺は帰るべきなのか。あの世界へ。)
と、エレナは思う。
1階の売店で、リオナはこの辺りの吟醸である「大樹」と言う酒のワンカップを2本と、酒の肴にパック入りの冷や奴とかつお節と醤油を買うが、エレナは18で酒が飲めない。それでも(どうせ付き合うのだから)と、瓶入りのオレンジジュースを3本と、スナック菓子を1袋買った。
エレベーターに乗った後も、リオナは「フフフ」と微笑む。
(帰りたくないな。)
リオナの微笑みを見て、エレナはそう思い始めた。
部屋に入り、売店で買ってきた物を冷蔵庫へ押し込むと、夕暮れの町を歩いて疲れたので、大浴場へ向かう。
「大浴場の後は、夕食で、その後は、お楽しみの、酒飲み風呂よ。お酌してね。」
「リオナさん。分かっているかと思いますが、自分は18でまだお酒が飲めません。それに―。」
エレナは部屋の風呂でまで、リオナの酒飲み話に付き合わされては堪らないというより、二人の住む集合住宅の共用浴場でリオナの着替えを覗いた事のトラウマから、一緒に風呂に入ってお酌をするという事に抵抗があった。
「何を言っているの?もう私達、家族のような物でしょう?」
「えっ?」
と、エレナは戸惑う。
「私はそう思います。エレナがこの世界に来てから、変わらぬ時計仕掛けの生活に彩りが生まれました。エレナがこの世界に来て、世界が変わったのです。エレナという存在は、私にとって、それくらい大きな物だったのです。エレナは、この世界に来て、何かを感じましたか?」
微笑みながら言うリオナに、何と答えるか考える。
「自分は、リオナさんという存在が大きくて、分かりません。しかし、元居た世界に戻るより、リオナさんと一緒に―。その、なんと言えば良いか分かりませんが―。」
エレナは顔を赤くして、男湯の暖簾をくぐってしまう。
リオナはそれを見て、
「少し前の私のようです。」
と、微笑みを浮かべながらつぶやいた。




