第47話 旅行へ
私鉄のみが停車する新栃木駅へ歩く朝。
リオナとエレナはそれぞれ小さなキャリーバッグを持っての旅だ。
エレナはこの世界に来て、元居た世界の服からこの世界の服に着替えているが、衣類に関しては元居た世界と変わらないようである。
ジーンズに襟付きシャツを身に纏うエレナの隣を歩くリオナは、いつもの、えんじ色のビジネススーツのような服装にアップの髪、そして、チャームポイントだと言っている眼鏡を身に纏う姿だ。
「今日は急行「大樹」で鬼怒川温泉まで行き、大戸旅館という旅館にチェックインして荷物を預けたら、ミニチュアワールドスクエアを見て、鬼怒川ライン下りをして、ロープウェイで山の上の景色を眺めて、宿で温泉とお酒三昧よ。私は、お部屋の半露天の樽風呂に入りながら、お酒を嗜むのが楽しみです。」
最後のお酒の所で「ウフフ」と微笑むリオナに、エレナも釣られて微笑んでしまった。だが、AILはそんな二人の雰囲気に水を差すように、だが、適格に、
「吞み過ぎで急性アルコール中毒になって倒れてしまっては、せっかくの旅行が台無しになります。程ほどに。」
と、釘を刺すように言った。
「そうだな。それに俺は18だから呑めんしな。」
と、エレナは頷くが、リオナは「うるさい」と吐き捨てるように言った。
リオナはエレナより4歳年上の22歳だが、かなりの酒豪であることは誰の目から見ても分かる。
駅に着くと、「急行「大樹3号」鬼怒川温泉行き」とアナウンスが流れている。
客車5両と貨車2両という編成で、一番前の1号車と2号車が窓の開かない車両、3号車が指定席で窓は開かないが、「ドリームカー」と言うかなりフカフカの座席が使われている車両、4号車は窓の開く車両でボックスシートの指定席で、車端部にはベランダのような展望デッキがある。最後尾の5号車は貴賓・展望車で、定員8人のオープンデッキの展望室、定員8人の随員室、料理室、ボーイ室を備えた豪華車両だ。
リオナはこの豪華車両に乗ろうとしたのだが、途中駅のここから乗るにも既に始発駅から満席で、どうにか取れたのは、4号車のボックスシート指定席で展望デッキを備えた車両だった。
改札を抜けると、ホームに2B型テンダ機という蒸気機関車に牽引されて、急行「大樹3号」がやって来た。
先日の普通列車と違い、ここで貨物の積み降ろしも無く、旅客を乗せたらすぐに発車する。と言っても水の補給のため1分半止まるのだが。
ボックスシートに座ると、リオナは窓を開け、持参した乾麺麭(乾パン)とポットを出す。
「ポットに紅茶を入れてきました。旅のお供に。」
と、リオナは微笑む。
「いただきます。」
エレナが受け取った時、前から汽笛が鳴り、列車が「ガクン」と揺れて動き出した。そのショックで、リオナに覆い被さってしまったエレナは、一瞬、膠着する。
「早く退いてください。リオナさんが困ってます。」
AILの無機質な声で現実に戻り、慌てて離れると、エレナは息苦しくなる。
「大丈夫ですか?過呼吸気味ですね。この列車の展望デッキで外の空気を吸ってきては如何でしょうか?」
「ああ。そうする。鎮静剤があればいいのだが。」
「常備薬にはありませんが、ハッカの香りの香水がリオナさんの荷物にありますので、緊急時にはそれを借用してハッカの香りを嗅いでリラックスすると良いです。」
「ありがとう。とにかく、展望デッキへ。」
その時、リオナもまた、赤面を浮かべていた。
(私としたことが。何を動揺しているの―。)
残されたAILのカメラアイは、リオナのその様子を捉えていた。
「既に、アルコール依存症の症状が出たのか、或いは、列車酔いでしょうか―。心音を確認しますので、私を胸に当ててください。」
と、AILが言う。
「アイル。私はエレナの事が気になって仕方ありません。ですが、これが恋心なのか、私の一人よがりのエゴなのか分かりません。しかし、以前より、エレナを思うと、胸が苦しくなるのです。」
「-。よく分かりませんが、エレナが絡むならば、アルコール依存症でも、列車酔いでも無いですね。エレナが戻るまでの間に、ハッカの香りの香水で、ハッカの香りを嗅いで、リラックスすると良いでしょう。」
「-。ありがとう。」
と、リオナは言う。
そして、ハッカの香りを嗅いだ後、紅茶と乾麺麭に手を付けるのだった。




