第45話 エレナの本音
「鬼怒川温泉。という温泉を聞いたことがある。」
帰宅後、エレナはAILに言う。
「ええ。鬼怒川温泉は元居た世界にも存在しました。栃木県北部に位置する温泉地で、江戸の奥座敷と呼ばれた温泉です。」
「鬼怒川温泉だけでは無い。この町、栃木と言ったな。元の世界にも栃木という地名はあったぞ。その上、筑波山観測所がある場所の山を、大平山天文台から見たが、あれは元の世界の筑波山だった。」
「そうした情報を踏まえるなら、この世界は、元居た世界とは同じであるが異なる歴史を持つ世界。そう考えられますね。」
「住みやすい。」
エレナはつぶやいた。
「何ですって?」
AILが困惑する。
「元居た世界より、住みやすい世界だ。」
「なぜ?」
「確かに、最先端技術と言う物は無く、便利かと言われれば、便利ではない面も多々ある。しかし、この世界に住む人は、突如として攻撃を仕掛けて来ることも無く、どこか、温かい物を感じる。特に―。」
「特にリオナといる時にそれを強く感じる」と言おうとしたところで、息が詰まった。
「大丈夫ですか?」
AILが言う。
「あっあぁ。ちょっと、息が詰まった。リオナさんの事を思い出した。」
「-。また、奇妙な症状が現れたのですね。」
「ああ。」
「あまりそれが続くのならば、心療内科を受診するべきでしょう。」
「アイル。元の世界に戻る事は不可能だ。ルナの非常発電機で生み出せる電力では、この世界に転移した際、ワームホールを形成するに必要な1.21ジグワットという電力を生み出すことは不可能だからな。そして、これは、アイルにとっては嫌な情報だが事実だ。ルナに積載されているスペアパーツや緊急工具を用いても、いずれパーツが尽きれば、アイルに何かあった際、部品交換は不可能となる。仮に、使用不能となった回路を切って延命を試みても、その状態になってしまえば、アイルの能力に頼る事は出来ない。その場合、この世界でリオナさんと一緒に生きるという選択肢を取ることになる。」
「何が言いたいのです。」
「これまでの情報を元に、リオナさんと一緒に生きることについて、検討して欲しい。」
AILは「お勧めできません」と一蹴する。
「もし、今の状態で、また元居た世界のような事になれば、住む場所をも失うことになります。人間と言うのは、常に戦争や喧嘩に明け暮れる生命なのです。今日、リオナさんが味方であるからと言って、明日も同じかどうかは、分からないのですよ。今の状態で何か起これば、それこそ、エレナと私の死に繋がります。」
それは十分理解している。
しかし、エレナはリオナが突如として敵対行動を取るとは、考えられない。いや、考えたくないのだ。理由は分からないが。
「エレナ。確かにエレナの言う事も一理あります。私の身に何か起これば、それも貴方を孤立させ、最終的に、リオナさんの、或いは大本である白百合家に依存することになります。しかし、それは相手方に厄介事を押し付ける事です。そのような生活も、長くはもちません。」
「-。では、もう一つ、バックアップを考えた方が良いか?」
「少なくとも、貴方が今住んでいるこの住居から転居し、別の就職口を見つけたならば、この世界で生活するという事も可能になるでしょう。」
しかし、この会話は元居た世界の住居でしているのではない。
壁が薄く、襖一枚しかない、奉公人向けの集合住宅。
確かに、今はエレナの他に、リオナしか住んでいないのだが、それでも、エレナの他に住人がいる事に変わりはない。
そして、そのもう一人の住人であるリオナの耳にも、この会話は聞かれてしまっていた。
リオナは深刻な赴きで、この会話を聞いていた。
「現実と向き合う事において、エレナは私より上ね。私こそ、エレナと一緒に望遠鏡を覗いていたいですわ。」
と、リオナは溜め息交じりにつぶやいた。
そしてまた、リオナは胸が苦しくなったのだ。




