第3話 お祭りの夜
ミサは隣町から電車で来る。
隣町と言っても、2駅は離れている上、次の駅までの間隔は3㎞。そして、その駅からミサの家の最寄り駅は5㎞の間隔があり、自転車でも行けなくはないがかなり難儀する。
エレナの住まいの最寄り駅は、JRと私鉄が接続する駅だが、ミサの最寄り駅はJRと新幹線が接続する駅。
だからと言って、エレナには関係ない。
大概の物はこの町で揃うし、新幹線に乗るような用事も無い。
東京へ行くにも、新幹線で行くよりも私鉄の特急で行ってしまった方が、乗り換えも無く、楽に行ける。最も、その東京に行ったことは無いし、出かけると言っても、せいぜい隣町で、それ以外の世界をエレナは知らないし、知る必要は無いだろうと思っていた。
「そろそろ時間です。」
と、AILが言う。
エレナはAILのタブレット端末を携行して、駅に向かう。
「お気を付けて。」
「タブレット端末でアイルも一緒に来るだろう。」
「ええ。ですが、何が起きるか分かりませんからね。」
住まいの戸締りをし、糸川教授に「出かける」と声をかけて、自転車を転がし、大学キャンパスの正門を出る。
見た目は少なくとも、ミサの目から見ればまぁまぁ美男子の部類に入るらしい容姿を持っているというエレナ。こう言われて「彼氏になって欲しい」「付き合って欲しい」と告白された。AILにしてみては「人間関係と言うのは、そんな薄っぺらい物で恋人同士になるのだ。」と言う知性を身に着けてしまう事にもなったし、エレナもまた、「テレビドラマのみならず、町を歩いていたら必ず一組くらいは見かけるカップルというのは、こんなにも薄っぺらい理由で一緒になれる物なのだ。」と思ってしまった。同時に「では、カップルではない。カップルになれない者はそれ以下の存在なのか。」とも思った。
自転車を転がし、駐輪場に自転車を止め、駅に着いた。
夕暮れの駅。それも、祭りの夜と言う事もあって、かなりの人出だ。
JRは単線で、先に、新幹線の接続する駅。つまり、ミサの家の最寄り駅方向に向かう電車が来た。E233系が4両編成の電車で、元々この辺りから東京都内へ向かうJRの在来線で使われていたのだが、今は、この辺境の地で短い編成にされて使用されている。
ミサの家の最寄り駅の方からも電車が来た。
両方向からの電車の到着で、一気に駅は人でごった返す。
エレナは「自分はこの場所にいる」と、自分の居場所をミサに連絡した。
しかし、なかなか現れない。
そうこうしている内に、先ほど、ミサの家の最寄り駅に向かった列車が折り返してまたやって来た。この間30分。
ようやっと、ミサがやって来た。
「ゴメンゴメン!なかなか可愛く決まらなくて。」
と、ヘラヘラしながら謝るミサ。
「なら、そのように連絡して欲しい。現に、こちらは駅に着いた段階で連絡したのだから。そちらが提示した約束の時間から30分以上遅れてる。」
「いやぁ、電車目の前で行っちゃって―。」
「だから、そうならその時点で連絡して欲しいと言っている。そちらが提示した時間に、こっちが遅れるならまだしも、提示した側が連絡も無く、30分以上遅れてそのような態度とは。」
まるで機械の声。
それだけに、一撃一撃でかなりミサはダメージを受ける様子だが、エレナにしろ、AILにしろ、集合時間をそちらが提示しておきながら、連絡も無く、軽々しい謝罪で済ませるという行為には、それなりに反感を買った。
殊に、AILは入力された情報を歪めたり、隠したりすること無く、正確無比に処理し、それを元に最適な回答を導くようにプログラムされている。故に、入力された情報とは異なる情報や矛盾した命令が突如として入力された場合、バグが発生する事もある。
最も、そのバグの発生を抑えるために、人間同士の会話を記録して、知性をアップデートさせているのだが。
しかし、この件に関しては、AILの目から見ても、糸川教授の目から見ても、いや、誰の目から見ても連絡を寄越さないミサに過失があると判断するだろう。ミサがどう考えているのかは不明だが、少なくとも、エレナの中では。
そして、誰の目から見ても、エレナとミサは気まずい雰囲気になっている事は明白だった。
それでもミサは、「手をつないで歩こう」と言う。
(確かに、こう人が多くては、はぐれてしまうリスクがある。)
と、エレナは考えそれに同意。
ミサはそれで、少々照れる様子を見せる。
(なぜ、照れるのだ?)
エレナは首を傾げる。
町の中を流れる川の畔のランタン祭り。露店も立ち並ぶ、川沿いの道路を歩く。
以前は古ぼけた商店もあったのだが、今は全て、それほど高くはないが無機質で機械的なビル群に建て替えられ、川の畔の一角にある江戸時代の蔵が残る庄屋の敷地の所だけが、異質な空間となっている。最も、この蔵の区画を中心とした祭りなのだが。
「お腹空いた。」
と、ミサはエレナに寄りかかる。
「では、食事にしよう。表通りに出よう。何か希望は?」
「うーん。なんでもいい。エレナに委ねるね。」
ミサは笑う。
「では、この後、お祭りでまた出店を回る資金を残すことも考慮しつつ、直ぐに食べられるであろう、ファストフードで。」
「嫌!味気ない!」
「そうでしたか。そこは考えて無かった。では、牛丼チェーンは?」
「貧乏臭いから嫌!」
「失礼しました。では、ファミレス―」
「嫌!」
「あの。」
エレナが指摘する。
「なんでもいいでは無いのか?」
「うん!なんでもいい!」
「では、何が望みですか?今、考えられる最適解を提示しているのですが―。」
「お寿司食べたい!」
これにもまた、エレナは混乱する。
そして、タブレット端末のAILもバグが起きる。
「なんでもいい。エレナに委ねる。」と言われたので、エレナは現状から考えられる最適解を複数提示した。しかし、そのいずれも拒否され、最後は「寿司」と言われた。要するに、エレナに主導権を渡しておきながら、最終的にはミサが主導権を握るという矛盾した状況だ。
更に悪いことに、チェーン店の回転寿司店は混雑していたため、ミサは「やっぱりエレナに委ねる」とまたも矛盾した行動を取る。
「でしたら、さっきこっちが提示したプランを最初から―」
「それは嫌!」
「なら、どうしたいのですか?」
「エレナが決めて!」
エレナは混乱している。そして、AILもだ。
エレナはAILのタブレット端末にどうすれば良いかを尋ねるが、AILもバグが起きていた。
そうしているうちに、回転寿司店の待ち時間が15分になったので「やっぱりここで」とミサは言う。
その後も祭りを見て回り、まもなく終電時刻になろうかと言うところ。
だが、明らかにまだ終電に間に合うタイミングで、
「終電、間に合わないかも。」
と、ミサが言い、上目遣いでエレナを誘惑する。
エレナはAILに「終電時刻を」と終電時刻を検索させると、今日はお祭りの臨時列車が終電後にも走る事が分かった。
「今からでしたら、十分終電に間に合う。また、臨時列車もあります。今、駅に行けば、余裕で間に合う。」
と、エレナは言う。
しかし、その刹那、ミサは顔を強張らせる。
そして、
「もう知らない!」
と、エレナを殴って駅に向かって行った。