第35話 ブラックホール
通常、ブラックホールは太陽の約30倍の質量を持つ星が最期を迎えた際に誕生する。
質量が太陽の約8倍以上の重さを持つ星は、赤色巨星に進化した後も、中心部で核融合により次々と重い元素が生成され、最終的には鉄からなる中心核が作られ、それらが最終的には陽子と電子が結合して中性子へ変化する。これをいわゆる中性子星という。
これが、太陽の約30倍以上である星の場合、自己重力が中性子核の縮退圧を凌駕し、重力の強さで中性子が潰れ、超新星爆発を起こしてもなお、核が重力崩壊を続け、星の収縮を押しとどめる物も無くなり、永遠に縮み続けていく、ブラックホールを生成する。
「ワームホールをルナが通過した際、その中で小さな星が生まれたのだと仮定する。ワームホールは本来、陽子の世界で存在するものだった。だが、そこを、ルナが通過する程の大きさになってしまった結果、本来の大きさ以上の物になった分、ルナだけではなく、多量の陽子や電子が通過し、それが核融合を起こして一時的に目には見えない小さな星をワームホールの中で作っていた。だが、本来の大きさ以上の物になったワームホールの中には、やはり本来の大きさ以上の質量が流れ込み、それらによって生成された星は、莫大な質量の物になり、一気に核融合が進んで、ブラックホールになってしまった。」
ホームズ教授が自身の理論を話す。
「並行宇宙のシーソーでは無いのか?」
当然、糸川教授からそうした質問が飛んで来た。
「シーソーのバランスが崩れて、世界が崩壊すると言うのではないのか?」
「並行宇宙は恐らく、同一平面状にあって、相交わらない二つの直線のように存在していた。例えるなら、並走する列車だ。同じ地上面に存在する2本の線路を並んで走っている列車が存在する。そうだな。上毛電鉄とJRのように。」
「それで?」
「我々の宇宙を上毛電鉄。並行宇宙をJRとして考えよう。上毛電鉄とJRは、ルートこそ違うが、ほとんど同じように並走して走っている区間がある。」
それは分かると、糸川教授始め、糸川教授側の者は皆頷いた。
「しかし、上毛電鉄とJRは近いところを走っているが、中央前橋から西桐生まで、決して交わる事は無い。旧国鉄時代に時代を戻せば、国鉄足尾線(現わたらせ渓谷鐡道)も存在したが、それとも交わっていない。」
「つまり、こういいたいと言うのか?並行宇宙であるJRの方に移動したルナやエレナ、そしてアイルに何かがあっても、交わる事のない線路に存在している我々の宇宙、つまり上毛電鉄には何の被害は無いと?」
「ああ。しかし、何らかの形で今回、交わる事の無い物が一時的に交わった。中央前橋からJRの前橋駅までを結ぶシャトルバスをワームホールとしよう。そして、そのシャトルバスの運行経路上には、国道50号の大きな交差点がある。これを、ワームホール内に一時的に出来た星と仮定する。」
ホームズ教授は言いながら、ホワイトボードに一つ一つ、図面を書いて行く。
なるほど。
上毛電鉄の沿線、特に、前橋に住んでいる者でも何を言っているのか理解するのは困難かもしれないが、言いたい事は分かる。
上毛電鉄の線路と、JRの線路は決して交わる事が無く、本来、上毛電鉄の旅客がJRの列車に直接乗り換える事は不可能であるが、シャトルバスというワームホールが形成され、それを通って、違う線路を走る列車に乗り換えると言う流れを、ルナ消滅事故の一連の流れとしたのだ。
「そして、この国道50号の大きな交差点の星に、本来なら有り得ない量の質量が加わって、ブラックホールになった。それが、シャトルバスというワームホールの中に生まれてしまった。結果、ワームホールを通して存在する世界が、ブラックホールに飲み込まれ始めたのだよ。」
ホームズ教授の結論。
それに、糸川教授は驚愕した。
並行世界のアイルやエレナではなく、並行世界に飛び込んだ過程で通ったワームホールの中に、ブラックホールが作られ、それを通して、こちらの世界も崩壊すると言うのだ。
「では、どうすれば―。」
「ブラックホールを破壊する。」
「可能なのか?」
「理論上は。微小なブラックホールならば、ホーキング放射により、質量を減らして最終的にブラックホールを消滅させることが出来る。」
「だが―。」
「ルナ、エレナ、アイル。これの回収は不可能になるだろう。なにしろ、ワームホール自体を破壊することになるからな。」
糸川教授は考えた。
だが、考えている間にも、ブラックホールは成長を続けてしまう。
SSPOに最終判断をゆだねる。
「ホームズ教授の考えに賛成です。残念ですが。そして、仮に救助隊を編成して再度ワームホールを通過したなら、今度は別の問題が発生します。ワームホールを大量の情報、つまり、救助隊が何度か往復することは、フィードバック現象を起こして物質が過剰になり、それがまた、世界の破壊に繋がる可能性もあります。」
「もう一つ、ワームホールの向こう側の、並行宇宙はどうなる?」
「ブラックホールを破壊する事で、ワームホールの中に存在するブラックホールは無くなります。ワームホールも同時に消滅するでしょう。そうなれば、並行宇宙の世界が飲み込まれる心配はありません。」
SSPOの結論も聞いた糸川教授は、決断を下した。
「ワームホール、及び、ブラックホール破壊に必要な物を出してくれ。」
と、SSPOに命じた。
(すまぬ。)
と、糸川教授は詫びた。
それはエレナに向けてか、アイルに向けてかは、誰にも分からなかった。




