第27話 新日常の朝
おかきと、海苔と、乾燥鮭が入ったお茶漬けの朝食。
エレナの世界にも、お茶漬けと言う物はあったが、米に粉末をふりかけてお湯を入れただけで出来る物だ。
確かに、この世界のお茶漬けも簡単に出来たのだが、米を炊くと言う事は元の世界ではやらなかった。
そもそも、炊いた米と言う物もあるにはあったが、既に焚いてあるものが売られていたので、自分で米を炊く事は無かった。
「誰かと一緒に食べる食事は、何か違いますね。」
と、リオナは微笑む。
しかし、エレナは無表情。
エレナは元の世界とまるで異なる食事風景に戸惑っていた。だが、何かが同じであることが気付いた。
リオナがラジオでニュースを聞いていたのだ。
テレビもあるにはあるらしいが、この集合住宅の共用リビングには無いらしい。
しかし、今度はそのラジオに違和感がある。
やけに「ザッザッ」と雑音が混じるのだ。
「ふーん。今日は、磁気嵐は起きていないけど、まぁちょっとこの辺り電波悪いからねぇ。」
と、リオナは言う。
エレナの世界のラジオは、衛星通信ラジオだったので、雑音が混じる事はあまりなかった。
「今日の仕事内容は?」
と、リオナに聞いたのはアイルだった。
「巴波川の瀬戸ヶ原堰に作る水力発電所の資材が、今日、汽車で小山から運ばれて来ます。その資材運搬です。白百合家はこの水力発電所の電力をミツワ通り地区の商店や住居、そして街灯へ供給する電気会社にもなるのですよ。」
リオナが答える。
「汽車の到着は10時との事です。資材の大きさから、私の車で行きます。」
「エレナは運転免許を取得しておりますから、運転はエレナに任せましょう。」
エレナは食事を終えると立ち上がり、食器を持って流し台に向かう。
元の世界でも食器洗いはしていた。
ディストピア飯の食事を入れるトレーを洗って再利用するためだ。
「ふふっ。エレナは私の助手の他、みんなの皿洗いも頼もうかしら。」
「賃金は変わりますか?」
AILが先に聞く。
「それは京太郎さんと、ホコネに聞いた方が良いわね。」
「生活については、お世話になっている以上、出来る限りの事をします。故に、最低賃金のみでもいただけるだけ幸いです。」
「それについては、アイルでは無くて―。」
リオナはエレナに視線を飛ばした。
エレナは皿洗いを終えたところだった。
AILはリオナの行動が理解出来ず、エレナも理解出来なかった。
「あっ、資材―。もう、行かないとですか?」
エレナが口を開いたと同時に、勝手口へ向かう。
「あっ待って!汽車は10時に来るわ。」
リオナは言いながら、大きな柱時計を指差した。
まだ、8時を回ったばかりだった。
「今日は経理や会計と言った事務の仕事は少ないですが、その分の肉体労働があります。女手一つでは手を焼きますが、男手があれば物凄く助かります。」
リオナは微笑む。
「では、まだ少し時間がありますので、ホコネとウララ姉妹の朝食の皿洗いしに行っては如何でしょう?母屋に行ってみましょう。私は、中庭にある観測機器のデータを見に行きますので、一緒に行きますわ。」
と、リオナに言われ、エレナは母屋に向かう。
「おはようございます。」
母屋の居間に入ると、やはりウララはエレナを見ると怯える。
「リオナ。どうしてエレナを電算室から出すの?ウララが怯えているわ。」
ホコネが言う。
「お二人の朝食後の皿洗いをしたいと。ウララ様を怖がらせてしまって、ごめんなさいと。」
リオナは微笑みながら言ったが、エレナはリオナの後ろに隠れてしまった。
「なぜ隠れるのです?」
「-。」
「隠れていてはなりません!ほら仕事をしなさい!」
リオナに尻を蹴り飛ばされ、そのまま、台所へ押し込まれる。
見ると、朝食の調理に使ったフライパンやボウルが流し台に置いてあった。
エレナは物も言わず、洗い物を始めた。
後ろから、食器を持ったウララが近付いてきた。
「ホコネは、家事はあまり得意でない。だから、私が家事をする事が多い。その代わり、仕事は良く出来る。」
と、ウララ。
「得手不得手。と言ったところでしょう。お互い、出来るところ出来ないところがあり、それをカバーしあえるということですね。」
AILが喋ると、ウララはやはり怯える。
台所の小さなテーブルに置いてあるAILは、怯えるウララに、
「貴女と話がしたいです。」
と声をかけながら、画面にキーボードを表示する。
怯えながら居間に行こうとしたウララは立ち止まって、AILに正対する。
だが、キーボード操作の仕方が分からない。
「エレナさん、どうすればいいですか―。」
と、ウララが言う。
洗い物を終えたエレナは、AILに向き合いながら、
「アイル。ウララさんはキーボード操作が出来ない様子だ。音声認識を頼む。」
と言う。
ウララはその時、初めてまともに、そして、はっきりと物を言うエレナの声を聞いた。