表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

魔王討伐編

 今日も空は紫色の雲に覆われて、どんよりと重苦しい。私はそれをぼんやりと見上げながら、ため息をついた。空だけじゃない、私の気分もまるでこの雲のように重く、湿っていて、晴れる気配なんてない。

「はぁ……」

 ぼやきの音は、嫌な空気に吸い込まれていく。今月の学費は来月まで待ってもらえることになったけど、それもただの延命措置だ。来月になってもこのままじゃ、もう在籍すら危ういかもしれない。

「どうしよう、ほんとに……」

 誰にも聞こえない独り言。成績はどう頑張っても特待生になれるほど優秀じゃないし、むしろ、下から数えた方が早いくらい。頭をかきながら、つい自虐的にひとりごちる。

「私、魔術の才能ないのかなぁ……」

 魔術の授業でも、どんなに頑張っても成績は伸びないし、周りの生徒たちはどんどん先に進んでいく。私だけが取り残されて、焦るばかり。なんとかしなくちゃと思っても、できることは限られている。そんな自分が情けなくて、もう笑うしかない。とほほー……。

 ひとりで落ち込んでいても、何も変わらない。でも現実は冷たい。

 私は思わず遠くを見つめる。校庭では他の生徒たちが笑いながら楽しそうに会話しているようだ。彼らとは違う世界にいる気がする私は、その輪に加わることもできない。遠くからただ、彼らの姿を眺めるだけ。

 それでも、魔術を諦めるわけにはいかない。

 私は幼い頃に両親を亡くした。魔族の襲撃で、一夜にして私の世界は変わってしまった。それまで平穏だった日常が、魔族によって壊された。お父さんとお母さんが目の前で命を奪われた光景がいまでも脳裏に焼き付いて離れない。その瞬間、私はひとりきりになった。

「どうして、こんなことに……」

 そのときから、私は生きるために魔術を身につけるしかなかった。魔術が使えなければ、この世界では生き残れない。それは身をもって痛感したことだ。でも、才能なんてものが私にあるのか、正直わからない。いや、むしろ才能がないことに薄々気づき始めている。

 入学費くらいは、両親が残してくれた蓄えでなんとかなった。けど、その蓄えもすぐに尽きた。学校に通うだけじゃ生活は成り立たないから、私は働き始めた。放課後には町のパン屋でアルバイト。少ないお給料でなんとか生活をやりくりしているけど、バイトを始めた分、勉強の時間は減って成績はどんどん下がっていく。

 このままじゃ、卒業まで持たない……。勉強も仕事も、どちらも中途半端になって、どんどん追い詰められていく。どれだけ頑張っても結果は出ないし、焦れば焦るほど空回りしてしまう。そんな私に構ってくれる人なんて、誰もいない。

 最近では、学校の中で私のことがまるで「反面教師」みたいな扱いになっているという噂まで耳にする。『ライラ・ブラウンにならないように』って、授業中に先生が生徒に注意しているのだとか。クラスメイトが笑いながらそんなことを言っていたのを聞いてしまった。いや、正確にはわざと聞こえるように話してたんだろうけど。そのときのことを思い出すと、胸の奥がズキリと痛む。

「なんという絶望……」

 再びため息をつき、頬杖をついて窓の外をぼんやり眺める。誰かが私に気づいてくれたら、手を差し伸べてくれたら、なんて都合のいいことを思うけど、そんなことがあるはずもない。

 でも、こうやってひとりで落ち込んでいるのも疲れてきた。結局、誰も助けてくれないなら、自分でなんとかするしかないんだ。私は立ち上がり、頭を振って気を取り直す。

「よし、もう一度頑張ろう……!」

 顔を上げて、窓の外の紫の雲を見つめる。空はどんよりしているけど、だからこそ自分の心くらいは明るくしておかないと。

 そんな私の唯一の楽しみ――それは、生徒会長であらせられるルシファー・ファウスト様のお姿を眺めること。ルシファー様は、魔術の名門ファウスト家の跡取りで、その名に恥じない稀代の天才と言われている。そしてその上、驚くほどの美形。あまりに完璧な美しさに、私はいつも息をのんでしまう。

 彼の顔立ちはまるで彫刻のよう。いや、むしろ彫刻が彼をモデルにしているんじゃないかとすら思うほどだ。漆黒の髪は、見通せない闇のように深い。あの髪はあらゆる魔術属性が入り混じって、混沌の色を成しているんだとか。けれど、その瞳は怪しげな金色で、まるで夜空に輝く星のよう。鼻筋は高く、唇は薄く、顎も無駄なくすらりとしている。まさに神の造形だ。

 教室の窓から彼の姿を見つけるたびに、私は自然と目で追ってしまう。その姿が校舎を横切るだけで、まるで時が止まったように感じられる。彼の一挙手一投足に引き寄せられ、周りの景色がすべてぼやけてしまうのだ。

「はぁ……今日も完璧だわ……」

 ぼんやりと窓越しに彼を見ながら、心の中でつぶやく。どんなにつらくても、どんなに勉強が難しくても、私がこの学校に頑張って通えている理由の大半は、ルシファー様のお姿を拝めることにあると言っても過言じゃない。いや、私だけじゃなく、きっと女子ならみんなそうだと思う。


 そんなある日、私は驚くべき事態に直面した。なんと私がルシファー様に呼び出されたのだ。生徒会室へ、しかも直接。思い当たる理由なんて何もない。確かに成績は悪いし、学費だって少し滞納しているけれど……その話はもう学校側とついているし、成績が悪いのはいまに始まったことじゃない。だから、ここで呼び出される理由はまったくわからない。

「もしかして……ルシファー様の特別講義……?」

 頭の中で勝手に想像が膨らむ。もしかして、私のあまりの成績の悪さにルシファー様が見かねて、個別に教えてくださるのかもしれない。成績最優秀のルシファー様が、私だけに教鞭を振るってくれるなんて――こんな光栄なことが他にあるだろうか? でも、そんなことになったら、私は彼をまっすぐ見つめられるだろうか。あの完璧な顔が近くにあるだけで、心臓が止まりそうになるのに、マンツーマンでレッスンなんて……。

「集中できる自信、まったくないけど……」

 ふと我に返り、顔を両手で押さえる。こんな妄想してる場合じゃない。いや、むしろ妄想してないとやってられないくらい、緊張している。

 実際、呼び出された理由なんてもっと普通のことだろう。成績が悪いとか、授業態度がどうだとか――現実はそんなに甘くない。けれど、少しでも期待してしまう自分がいるのは否定できない。

「はぁ、どうしよう……」

 どんな理由であれ、ルシファー様に会えるのは喜ばしいこと。でも、それだけじゃなくて、ちょっとだけ恐怖もある。生徒会室に行けば、あの完璧な彼と直面しなければならないのだから。彼の前では、私のすべてが見透かされてしまいそうで怖い。

 生徒会室は校舎の一階。昇降口からも近いから、あっという間にたどり着く。けれど、足取りは重い。扉の前に立つと、心臓の鼓動が一気に早まった。

「ここを開けたら、ルシファー様がいるんだよね……」

 心の準備がまったくできていない。でも、呼ばれた以上は行かないわけにはいかない。私は思い切って、扉をコンコンとノックした。

 すると、すぐに扉の向こうから、彼の低く澄んだ声が響いてきた。

「入りたまえ」

 その一言だけで、胸がドキドキする。あぁ、ルシファー様……声まで美しいなんて、どこまで完璧なんだろう。ため息をつきそうになった瞬間、急いで我に返り、ドアノブに手をかける。

「失礼します……」

 扉を開けると、静寂が部屋を包み込んでいる。生徒会室はいつも人の出入りが多く、忙しそうな雰囲気が漂っている場所だ。でも、今日は違う。広々とした空間に、私と――ルシファー様しかいない。

 心臓が早鐘を打つ。部屋に足を踏み入れた瞬間、その静けさに胸がドキリとした。まるで時間が止まってしまったかのようなこの空間。いつも生徒会の役員たちが忙しそうに仕事をしているのに、いまここにいるのは私たちだけ。部屋が広いようで狭いようで、感覚が狂うのはそのせいだろうか。

 目の前には、彼が座っている。黒く艷やかな髪が淡い光を受けて輝き、整った顔が浮かび上がる。ルシファー様――生徒会長、そしてこの部屋の主が、堂々と会長の席に座っていた。彼の金色の瞳が私を見つめ、まるで宝石のように冷たく、美しい光を放っている。その視線が私を一瞬で釘付けにした。美しすぎて、息をするのも忘れてしまう。

「どうぞ、おかけください」

 ルシファー様の声が静寂を破る。優しいトーンだけど、なぜかそこに恐ろしさもある。言われるままに、私は少しぎこちない動きで応接用のソファーの方に座った。すると、入れ違いのように彼の方が立ち上がり――コツコツと規則正しい靴の音――彼との距離が近づくにつれて、胸の鼓動がますます早くなる。

「キミも日々、苦労しているようじゃないですか?」

 そう言って、彼は私に微笑みかけた。ルシファー様の微笑みは、まさに完璧だ。柔らかい表情が、私の心に少しだけ安堵をもたらした……が、その微笑みの裏に何か含みがあるような。

「い、いえ、このくらい全然平気です!」

 いつもの調子で元気に答えてしまったけど、心の中ではバクバクと心臓が鳴り続けている。何もかもが幻想的で、現実味が薄れていく。ルシファー様が私に何を言いたいのか、その意図を図りかねて不安が募る。

「そうは言っても、先月の試験ではクラス最下位だったとか」

 その言葉が、私の心にぐさりと突き刺さる。私がどれだけ頑張っても、結果がついてこないことはわかっている。けれど、改めて口にされると、ぐうの音も出ない。私は視線を下に落とし、言葉に詰まる。彼の唇の端がわずかに歪んでいるのが見えた。あれは……私を嘲笑っているの?

「私はね、ずっとキミのことを気にかけていたんですよ」

「……え?」

 思わず顔を上げる。彼の言葉に、頭が真っ白になる。嘘でしょ? あの完璧なルシファー様が、私なんかを気にかけていたなんて。そんなはずがない。だけど、彼は真剣な表情で私を見つめている。心臓がさらに激しく鼓動する。

「働きながらも健気に学問に励む……そうできることではありません」

「そ、そんな……光栄です……」

 心の中で警鐘が鳴り響く。これはおかしい。本当にそう思っているのか、それともただの同情か? 生徒会長として、私みたいな苦学生を気遣っているだけなのでは?

「そんなキミが今月、学費を払えなかったと聞いて……私は、いてもたってもいられなくなったんです」

 彼の声が急に低くなった。次の瞬間、ルシファー様が後ろからふっと私の耳元に顔を寄せてきた。心臓が止まりそうになるほどの近さ。彼の息が、私の耳に触れる。熱い――その感覚に、全身が固まる。

「私なら、キミを守ることができます」

「ひ、ひぇっ!?」

 思わず大きな声を上げ、体が勝手に飛びのいた。守るって、何を? 一体、彼は何をしようとしているの?

「そ、それって……どういう……?」

 震える声で問いかけるも、息が浅くてうまく声が出ない。頭の中がパニックでぐちゃぐちゃだ。このままじゃいけない。逃げなくちゃ――でも、足が動かない。

 ルシファー様は微笑んだ。その笑顔は相変わらず完璧で美しい。だけど、なぜかその美しさが恐ろしく感じる。まるで、甘く美しい罠のように。

「けれど、それにはキミの協力も必要なのですよ」

 彼の声が、冷たい闇の中から響いてくるように聞こえた。まるで私を深い穴の中に引きずり込むかのような、不気味な響きだった。

「わ、私に……何を……?」

 声を振り絞って訊いた。だって、どうしようもできない。彼の言葉に抗う術が私にはない。彼の手の中に握られているような感覚に囚われている。

「キミにしかできない……キミだからできることですよ」

「え? え? え?」

 混乱する。彼が何を言っているのか、頭の中で整理がつかない。彼の微笑みの奥に潜む冷たさが、私の体をさらに強張らせる。

「そう……すべて私にゆだねてくれれば……」

 彼の言葉が、まるで甘い毒のように耳に染み渡る。


「イヤっ!」


 その瞬間、私は自分が叫んでいることに気づいた。恐怖が限界に達し、声が勝手に出たのだ。逃げるように立ち上がったものの全身が震え、足元が崩れそうになる。視界が揺れて、目の前に立つルシファー様がかすかに見えた。彼の完璧な美しい顔が一瞬だけ曇った……気がする。まるで私の反応に驚いたかのように。

 でも、その曇りはすぐに消え、彼の冷ややかな微笑みが戻ってくる。

「おやおや、そんなに怖がらなくてもいいではないですか」

 その言葉には、余裕が漂っている。まるで私の恐怖を楽しんでいるかのように。そして、私が怯えていることが彼にとって面白くもなく、少し苛立たしさすら感じているように見える。その冷酷さが、かえって私の恐怖をさらに煽った。

「おっ、お話はそれだけでしょうかっ!? 私、これからお仕事が……ありますので!」

 なんとか声を出して返事をしたけれど、その声は震えていて、自分でも情けなくなる。いますぐにでもここを出て行きたい。心臓が痛いくらいにドキドキして、頭の中は真っ白。とにかく、この場から離れたい一心だ。

 でも、そんな私を遮るように、ルシファー様の声が再び響く。

「わからないコですねぇ。だから、もっと割の良い仕事を紹介してあげようってことじゃないですか」

 彼の顔が冷たく歪み、まるで嘲笑しているかのように見える。あの美しい顔が、まるで別人のようだ。心の底からゾッとする。まるで私を愚か者だと決めつけているかのような、冷たい瞳。

「私、いまのお仕事で満足しております!」

 なんとか絞り出した言葉は、自分でも驚くほど弱々しかった。それでも、ここで折れてはいけない。自分を保つために、必死に耐えようとする。負けてはいけない、でも――恐怖が、どうしようもなく体を縛りつけている。

「学費の支払いも滞っているのに?」

 その一言で、心臓が止まりそうになる。ルシファー様の言葉が胸に突き刺さる。私は息を呑み、必死に反論しようとする。

「そ、それは……来月には必ずお支払いいたします!」

 そう言ったものの、私の言葉がどれほど力なく響いているかは自分が一番よくわかっている。彼の瞳は、そんな私を冷たく見下ろし、まるで嘲笑しているかのようだった。

「ククッ、それは無理でしょうねぇ」

「どういう意味ですか?」

 声が震えながらも、何とか言葉を絞り出す。彼が何を言いたいのか、考えたくもない。でも、聞かずにはいられなかった。

「言葉通りの意味ですけれど?」

 ルシファー様の声は、まるで鋭い刃のように私の心に突き刺さる。その言葉が、私の心の奥底に響き、恐怖が全身に広がっていく。

「やれやれ、いま最も大賢者に近いといわれる稀代の天才が退学寸前の稀代の落第生に声をかけてあげているのに、そんな態度とはつれないですねぇ」

 もう限界だ。このままではいけない。ここから逃げ出さないと――!

「失礼します!」

 もう我慢できない。こんなところにいては、自分が壊れてしまう。彼の言葉を遮り、私は避けるように部屋の主のわきを通り抜ける。意外なことに行く手を塞がれたりはしなかった。それは、彼の余裕の現れでもあるのだろう。

「待ちたまえ。話は終わってないですよ」

 ルシファー様の声が背中に刺さる。でも、私はそのまま扉に向かおうとした。その瞬間、手が震え始める。拳をぎゅっと握りしめ、振り返って彼を睨みつける。

「私、急いでますので、手短にお願いします!」

 自分でも信じられないくらい強気な声を出したつもりだったけど、心の中は恐怖でいっぱいだった。彼の冷たい笑顔が、再び私の心を締め付ける。

「そうですか。では端的にお話ししましょう」

 ルシファー様は、少し驚いたように目を細めた後、再び冷たく微笑んだ。

「ミリア・ブラウン。キミを私のプライベートメンバーの末席に加えてあげましょう。光栄に思ってください」

「ぷ……ぷら……?」

 言葉が出ない。プライベートメンバー? それって一体何? 頭が混乱して、考えがまとまらない。

「ですが、そこから先はキミの誠意次第となりますけどね。金もなく、知恵もないキミにできることなど知れているでしょう?」

 彼の言葉が、まるで重く冷たい石のように私の胸にのしかかる。息が詰まるような感覚に襲われ、次第に視界がぼやけていく。

「失礼いたします!」

 もうこれ以上は耐えられない。私は扉に飛びつき、勢いよくそれを開けて外に飛び出した。冷たい廊下の空気が、私の顔に当たる。背後から、ルシファー様の冷たい笑い声が追いかけてくるのが聞こえる。

「ククッ、これは勧誘ではありませんよ。決定事項の通告ですので」

 その声が、まるで私の背中に突き刺さるように響いていた。私は振り返らずに、ただ一心に走り続けた。恐怖から逃れるために。


 ルシファー様……いや、ルシファーが、あんな外道だったなんて……!

 胸の奥がジリジリと痛む。あの完璧な笑顔に憧れていたなんて、私は本当にバカだった。まさか、あの美しい外見の裏にあんな冷酷な一面が隠されていたなど思いもよらなかった。何が『プライベートメンバー』よ! ふざけないで! あの言葉を思い出すたびに、悔しさと怒りが湧き上がってくる。

 お金もない、頭もよくない、そんな私にできることなんてたかが知れている――そんな私でも、私なりに必死に頑張っているのに。

 なのに、それを踏みにじるような言い方をされたことが、何よりも許せない。けれど、心の中で何度も叫んでも、現実は何も変わらない。私の視界がぼやけてくる。涙が溢れそうになるのを必死で堪えたけど、やっぱりダメだった。涙は次々にこぼれ落ちる。けれど、そんな私に気づく人なんて誰もいない。道行く人々は、ただ私のことなんか見向きもしない。

 こんなみすぼらしい私なんて、誰も興味ない。足早に通り過ぎていく人々は、私のことなんて知らないし、気にも留めない。私はこの世界にただひとり、置き去りにされたような気分になる。胸の中がますます重たくなり、孤独感が押し寄せてくる。でも、ここで立ち止まって泣いていても何も変わらない。

 私は生きなくちゃならない。あと“3日”は……。

 その言葉が、頭の中を何度も繰り返す。どんなにつらくても耐えるんだ……! もう一度、頬を手の平で叩いて、気持ちを切り替える。深く息を吸い込んで、私は目の前に立つ『オウル・ベーカリー』の緑の扉を見上げた。

 学業は学業、仕事は仕事。それが私のルール。悔しいことがあっても、仕事はきちんとやらないと。そう自分に言い聞かせ、私は扉を引いた。

「お疲れ様ですっ!」

 元気よく声を出したけれど、入った瞬間、店内の雰囲気がいつもと違うことに気づいた。店長の顔色が、いつもの明るさとはまるで違う。暗い、いや、何かを隠そうとしているような表情だ。私の挨拶にも、返ってきたのはどこか曖昧な狼狽えだった。

「あ、あぁ……ライラちゃん、そうだね、今日シフト入ってたもんね、うん」

 その言い方、そして店長の目の奥に浮かんでいる迷い――嫌な予感が頭をよぎる。胸の奥で何かがざわめいた。さっき、ルシファーに言われた呪いのような言葉が頭にこだましている。

 まさか……まさか、ここでも何か起きるの?

「えーと……実は……んー……ああ、そうだ、私も歳だし、腰も悪くて、ちょっと営業時間を短くしようと考えてるんだ」

 何とか理由をつけようとしている感じが伝わってくる。店長は目をそらしながら言葉を紡いでいる。でも、私はわかってしまった。これは、きっと私が原因。

「ファウスト家ですか?」

 そう尋ねた瞬間、店長の顔色がガラリと変わった。目が一瞬だけ見開かれ、次の瞬間、冷たく険しい表情に変わる。

「わかってるならいいんだよ」

 その言い方は、まるで私が何もかもを理解しているかのようだ。だけど、その背後にあるのは、明らかな嫌悪。店長は、もう私に何も期待していない。いや、もう私を見てすらいない。

「あの一族に逆らうとか、ナニ考えてんの? うちも潰されたくないんでね」

 その言葉に、心が砕けそうになる。店長が渡してきたのは、今日までの給料。薄っぺらい封筒を差し出され、私は震える手でそれを受け取った。本当は、こんなもの突き返してやりたかった。こんな形で仕事を失うなんて、悔しくてたまらない。でも、いまの私はお金がない。どんなに悔しくても、背に腹は変えられないのだ。

「いままでありがとうございました」

 なんとか声を振り絞って言った。でも、その言葉は虚しく響くだけだった。

「礼を言われるようなことじゃないよ」

 店長の声は冷たく、無関心だった。そりゃ、そうだろう。働いた分の対価をもらっただけ、感謝するようなことじゃない。それでも、心の中に押し寄せる虚しさと孤独感に押しつぶされそうになる。

 店を出た後、私は周囲を見回した。さっきまであたりを見回す余裕もなかったけど、改めて見渡してみると、すべての視線が冷たい。道行く人々が、まるで私を避けているように思える。もはや私は街全体の敵になってしまったみたいだ。ここにはもう、私の居場所なんてないのかもしれない。パンを売ってくれるお店すらなさそうだ。

 私の心が冷たくなっていく。ベーカリーを失ったいま、他の仕事なんて見つかる気がしない。誰も、私を雇ってくれるはずがない。この街で生きていくために、少しでも頑張ろうと思っていたのに、その努力すら無駄に思えてくる。

 でも、唯一の救いがあるとすれば、昨日までに私は少し多めにパンを買い置きしておいたことだろうか。これで何とか数日は食べていける。パンがあれば……それだけで、少しは落ち着ける気がする。

 だって、私の“人生最後の日”も近いから。


 あと“2日”――その日を境に、私の人生は一気に地獄へと転落した。

『劣等生のくせに、生徒会長様を袖にしたらしいよ』

 そんな噂が、翌日には学校中に広まっていた。どこを歩いても、皆が私を侮蔑するようにひそひそと話している。廊下ですれ違うたびに、視線が痛い。背中を丸め、できるだけ目立たないように振る舞うけれど、それでもみんなからの冷たい敵意は私を追い詰めてくる。

 荷物は肌身離さず持ち歩く――というより、鞄の中には大事な残りのパンが詰まっているから、それを守るためにも離せなかった。目を離した隙に食べられなくなるようなひどい仕打ちを受けるのは目に見えている。どうしてこんなことになってしまったのか。自分がルシファーに言われたことを思い出すたびに、悔しさがこみ上げてくる。でも、後悔してもいまさらどうにもならない。

 学校を出て、家に帰ってくると、目の前の光景に息を呑んだ。

『学費踏み倒し女の家』――

 その文字がべっとりと塗られていた。踏み倒してないってのーーーッ! と言い返してやりたいが、その気力さえ失せてくる。窓は割られ、家の中に風が吹き込み、雨まで滴り落ちている。私の家が、もう帰る場所じゃなくなっていた。

「こんなの……もう……」

 どうして? 何をしたっていうの? 私がこんな目に遭わなきゃいけない理由なんてないのに。ただ、必死に生きようと頑張っていただけなのに。胸が締め付けられ、涙がこぼれ落ちる。悔しい、悲しい、怖い――すべての感情が入り混じり、涙は止まらなかった。

 だけど、この家にいても、もう安全じゃない。いまは逃げるしかない。学校に行けば、何をされるかわかったものじゃない。家にいても、危険だ。

 私は何も持たず、街の外れにある橋の下まで歩いていく。そして、そこで小さくなって震えていた。

 あと“1日”――ここで、どうにか残りの時間をやり過ごすしかなかった。

「どうして……私が何をしたっていうの……?」

 自分に問いかけても、答えは出ない。誰も教えてくれない。私はただ、泣きながらパンをかじった。ひとりぼっちで、世界に取り残されたみたいな気分だ。けれど、それでも生きなきゃならない。あと1日。神様お願いします。あと1日だけ、私を生き延びさせてください……!


 最後の1日は学校にも行かず、ただただ橋の下で息を潜めていた。まるで、自分が石ころにでもなったように思えてくる。いや、ファウスト家に逆らってしまった私は犯罪者か害獣か。時折、荷馬車が橋の上をゴトゴトと通り過ぎる音が聞こえる。その度に、私は反射的に柱の裏に隠れるようにして身を縮める。まるで虫が這い回るように。誰かに見つかるのが怖い。もし誰かに気づかれたら――そう感じるだけで、心臓がバクバクと鳴り出す。

 泣きすぎて、もう涙も枯れてしまった。空腹に耐えかねてもパンが増えることもない。あと何時間か。あと少しで夜が来る。暗くなれば、人目を気にせずに歩けるはず。どれだけ絶望しても、状況は変わらない。私はその事実に打ちのめされながらも、残りのパンをチビチビと食べ続けた。

 陽が落ち、街が静寂に包まれた頃、私はこっそりと空の下に踏み出した。ひんやりとした夜の空気が肌を刺し、心細さを一層強くする。

 今日は紫の雲は晴れており、頭上には澄み切った星空が広がっている。空を見上げると、竜の軌跡座が南西に向かって輝いているのが見える。この星座が空に描かれる季節……ということは、あと4時間。あと4時間で……すべてが変わる。そう信じて、再び橋の下へと身を隠した。もはや、目に映るものすべてが敵だと思った方がいい。外を出歩くこと自体が、私は怖かった。

 そして、あと1時間を切った頃、私はようやく橋から離れた。そろそろ、あの場所に向かう必要がある。歩き続けるしかないんだ。だけど、心の中にはひとつだけ、不安が募っていた。もし、“あの人”まで敵に回っていたら、私の人生は本当におしまいだ。そんな考えが、頭をよぎる。あの人――私が唯一信頼できる存在。もしその人まで私を拒絶したら、私はもう誰にも頼れない。だけど、浮世離れしたあの人だから……大丈夫であってほしい。私を見捨てないでいてほしい。そう祈りながら、私は一歩一歩、暗い森の中へと進んでいった。

 森は想像以上に暗かった。木々が重なり合い、月明かりすら届かない。手元も見えないほどの暗闇に包まれながら、私は足元を慎重に探りつつ進んだ。もし、ここで道を外れたら、もう戻れない気がする。だから、足を滑らせないように、急ぎたい気持ちを抑えて、一歩ずつ進むしかない。

 背後で何かが動く音が聞こえるたびに、心臓が凍りつく。ファウスト家の人間が追ってきているんじゃないか――そんな恐怖が私を突き動かす。振り返る勇気はない。もし誰かが背後にいたなら、どうしようもない。だから、振り返らずにただ前だけを見て歩く。道がどこに続いているのかも分からないけれど、それでも私は前に進むしかない。

 そして……ついにその瞬間がやってきた。


 ハッピーバースデー! 私ーーーーーーーーっ!!

 祝ってくれる人なんていないんだけどーーーーーーーーっ!!

 っつーか、仙人のお爺ちゃんだって、別に祝ってくれるわけじゃないんだけどーーーーーーーーっ!!!


 やけっぱち気味で自分で自分を祝っていたところ――スー……っと小屋が現れる。どうやら、いろんな次元を旅しているらしいけど、今日この日のため、ここに立ち寄ってくれたのだ。……いろんな次元? 仙人の言うことは、私にはよくわからない。あのお爺ちゃん、ちょっと変わり者だけど、こういうところは頼りになる。

 私は思わず駆け足に。いや、駆け足どころか、もはや全速力で小屋に向かって走っていた。逃げ込むような勢いで――それこそ、まるで誰かに追いかけられているみたいに――小さな小屋の戸を叩く。

 ドンドンドンドン! 心臓がバクバクいっているのが自分でもわかる。焦りと期待、そして安心感が混じり合った奇妙な感覚が全身を包む。どうか、早く開けて……!

 すると、すぐに扉が開いて、お爺ちゃんが顔を出した。彼は私を見て、にんまりと笑う。

「ふぁっふぁっ、本当に来よったわ。物好きなお嬢ちゃんが」

 彼のその顔を見て、少しだけ心の緊張がほぐれる。よかった、ちゃんと待っていてくれたんだ。だけど、ここで安心するわけにはいかない。

「もー、誰の目があるかわからないから早く扉閉めてー!」

 小屋の外はまだ不安でいっぱいだ。誰かに見られているかもしれない――そんな考えが頭をよぎり、慌てて扉を閉めてもらう。扉が閉まる音が響くと、ようやくホッとした。あー……2日ぶりのまともな家だー……あったかーい……なんかほんともー涙出るわー……。

 身体中が緩むのを感じる。冷たい森の風にさらされていた私にとって、この小屋の温かさはまるで天国みたいだ。頬を伝う涙を拭いながら、ようやく落ち着くことができた。

 お爺ちゃんはそんな私を見て、嬉しそうに笑う。

「ふぁっ。楽しみにしとったのじゃろう? 今日一日はまさに一日しかない。すぐにでも術式に取り掛かってやるわい」

 彼の言葉に、私の心は再び跳ね上がる。そうだ、今日がすべてをかけた一日なんだ。この瞬間のために、私は必死に生きてきた。過去なんてどうでもいい。今日一日だけ――それだけが、私にとっての希望だった。

 お爺ちゃんはウキウキした様子で、地下階へと降りていく。私も彼についていくと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 地下室はすでに準備万端。広がる空間に敷かれた魔法陣は、緻密な模様が絡み合い、光を放っている。そして、その周りには何やら生臭い生贄のようなものが並べられている。普段ならその光景にゾッとするはずなのに、今日は違った。今日は、これこそが私の救いだと信じていた。

「それではお嬢ちゃん、最終確認じゃが……今日、間違いなく誕生日なのじゃな?」

 お爺ちゃんは真剣な目で私に尋ねる。この術式は、誕生日でなければ発動しない。それはわかっている。

「もちろん! 獅子咆哮の月の19日……でしょ?」

 自信満々に答える私に、お爺ちゃんは「うむ、うむ」ともごもごしながら頷く。その仕草に、少しだけ安心感を覚える。

「この術式はヌシの誕生日にのみ起動し……一度起動すれば、ヌシは念願の大賢者となれる。一日限りな」

 そう、すべての魔術を極めし者――大賢者。その言葉を聞くだけで、心臓が高鳴る。大賢者――それは、私がずっと夢見ていた存在。私がこの日を待ちわびていた理由のすべてだ。

「けれど、これまでの人生のすべてを失う……でしょ?」

 その言葉には、もう何の恐れもなかった。お金もない、成績も悪い、そして、仕事も失い、街中の人たちからの信用もすべて失ってしまった。失うものなんて何もない。むしろ、負債だらけなんだから喜んで捨てたい!

 しがみつきたい人生なんて私にはない。ここからが私の新しい人生――そう、今日一日だけでも、私は大賢者になれるんだ。それだけで十分。

 お爺ちゃんはそんな私の言葉に、ふぁっふぁっ、と笑いながら呪文の準備を進める。私も胸の奥で、わずかながらの不安を押し殺しながら、心の中で祈る。

 私はどうしても、この日を迎えたかった。それが、どんなにつらくても今日まで生きてこれた理由だ。

 この変わり者の魔術師のお爺ちゃん、森の中に住んでいて、仙人ー、なんて呼ばれているけど、変な魔術ばかり扱っている。そんな噂を耳にしたのは、成績が芳しくなく、何か他の道がないかと模索していた頃のことだった。

 変な魔法なら、もしかしてワンチャンあるかも? ――そう思って先月、勇気を振り絞ってここに来たけれど、結局、そっちの方面ではワンチャンどころかゼロチャンスだった。お爺ちゃんは「ワシの力作を見てみたいと!?」と喜々として披露してくれたんだけど……スライスしたハムを元に戻すとか、木目の模様を反転させるとか、何に使うのかよくわからない魔術ばかり。でも、言葉をその土地の方言に訛らせる術なんかは、一度だけ役立ったことがあったとかなかったとか。

 そして、その中でも極めつけの大魔術――それが、今日お願いする『オール・リセット』である。

 これは人生すべてをリセットする代わりに、誕生日の一日だけ大賢者になれるという魔術。開発したはいいけれど、代償が大きすぎて、誰も使おうとはしなかったらしい。それを聞いた瞬間、私は思わず『是非私が!』と立候補していた。失うものなんてとっくになかった。

「大賢者になれるのなら……それだけで十分」

 今日一日だけでも、すべての魔術を自在に操れるなら、それでいい。それが私のすべての希望だった。これまで何度も、何度もくじけそうになった。ここ数日なんて特に、生きることさえ諦めたくなる瞬間が何度あったことか。でも、この日を迎えるためだけに私は歯を食いしばって生きてきたのだ。もし、この後ファウスト家に潰されてしまうのなら、それでもいい。死ぬとしても、今日一日大賢者になってから死にたい。それが、私の切実な願いだった。

「では……ふぁっふぁっふぁ。……ふがふが、ワシの理論は正しいはずじゃ」

 お爺ちゃんの笑い声が、地下室に響く。でも、何かが引っかかる。理論は正しいって……それ、超不安なんだけど。万が一失敗したら……いや、考えないでおこう。

 ここまでずっと朗らかだったお爺ちゃんの表情が、突然真面目な顔つきへと変貌する。そして、深い声で呪文を唱え始めた。

「我が招くは虚無の淵、すべてを飲み込み、天地すら塵と化す。汝が歩みし軌跡も、記憶も、今ここに贄とせよ……」

 その言葉が響くと同時に、魔法陣が淡い光を放ち始める。暗かった地下室が一瞬で神秘的な空間に変わった。床に描かれた複雑な模様が、青白い光を放ち、まるで生きているかのようにうごめいている。光は次第に強くなり、魔法陣がまるで私を中心に渦巻いているようだ。

 これは……すごい……!

 こんな本格的な魔術、学校の先生だって見たことがないだろう。私がずっと夢見ていた『本物の魔術』だ。これが成功すれば、私は大賢者になれる――すべての魔術を操る者。憧れ続けたその称号が、いままさに手に入るかもしれない。

 この雰囲気は……イケるんじゃ……?

 不安もあるけれど、心の奥から湧き上がってくる興奮が、それをかき消していく。光の中心に立つ私は、まるで自分が何か大きな存在になったかのような錯覚に陥る。

 私は……私は……ついに……!

 その瞬間、魔法陣が一際強く光り輝き、空気を震わせるような音が響いた。まるで、この世界が私の意思を感じ取ったかのような感覚が全身を駆け巡る。


 カッ――!!


 目を開けていられないほどの閃光が走り、私の視界は一瞬にして真っ白になった。まばたきさえできず、ただただ光に包まれた感覚に陥る。全身が一瞬で何かに飲み込まれたような、強烈な眩しさでただ立ち尽くすしかなかった。

「……ん……? な、何か変わったのかな?」

 ようやく光が収まり、目をしばたたかせながら周囲を見渡す。あれだけのド派手な魔術だったのに、周りの風景は何も変わっていない。違和感も特にない。何かが……おかしいような、でも、何も変わってないような……?

 ふと、何か妙な感覚が体を駆け抜ける。そう、体が……軽い? そして、肌に風を感じる……え、風?

「え……? ちょっと待って、私、まさか――」

 慌てて自分の体を見下ろしてみると――何も着ていない、全裸だった。

「ぎゃーーーーーーーー!!!!!」

 思わず大声で叫んでしまい、慌てて両手で自分の体を隠す。あっちこっちをぎこちなく押さえながら、その場で小さくうずくまった。恥ずかしさで全身が熱くなる。何なの? どういうこと? なんで私、全裸なの!?

「ナニコレ!? 何のセクハラ魔法よ!」

 私が真っ赤な顔で抗議する中、お爺ちゃんはようやく口を開く。そして、まるで何かに気づいたかのように、顔をほころばせた。

「ヌシ、もしや……」

「もしやじゃないでしょ! 何か失敗したの!?」

 お爺ちゃんはひと呼吸おいてから、神妙な面持ちで答える。


「オール・リセットを施されたな!?」

「いまアンタがやったんでしょーーーーーーッ!!!」


 思わず突っ込みを入れながらも、全身の震えが止まらない。

 お爺ちゃんは私のツッコミにはまったく動じず、むしろ嬉しそうに笑い始めた。

「ふぁっ、ふぁふぁっ、やったぞい! やったぞい! やはりワシの理論は正しかった!」

「やったぞいじゃない! 何なのこれ!?」

 私が怒り心頭で叫んでも、お爺ちゃんは聞いていない。彼は私の顔をじっと見つめて、何かを考え込むようにしている。

 「うむ、うむ……間違いない。ワシは“ヌシのことを何ひとつ覚えとらん”」

「え……?」

 どういうこと? 記憶がないって……。

「オール・リセットとはな、これまでの人生のすべてを失うことで――」

「知ってる! さっき聞いた! というか、先月も聞いた!」

 私はお爺ちゃんの言葉を遮るように叫んだ。さっきから何度も説明してくるけど、そんなのもう十分すぎるほど理解している。いま欲しいのは情報じゃない! 何か羽織るもの、そう、それがいまの私にとって一番大事なものだ。

 しかし、目の前のお爺ちゃんは、まるで何も気にしていない様子でニコニコしている。

「ワシはヌシと何度も会っとるんか! こりゃーすごいわい。ふぁっ」

 楽しそうに笑っているが、私は少しも笑えない。

「喜んでないで、何か羽織るものちょうだい!」

 全裸のままじゃ恥ずかしくて、これ以上話を続けられない。早くなんとかしないと……!

「すべてとは、ヌシの地位、ヌシの財産、ヌシの人脈まですべてを失うということじゃ。当然、ヌシの家や持ち物もすべてな」

 お爺ちゃんは、私の懇願など無視して、説明を続ける。なるほど、そういうことか。服がなくなったのも、私の財産が全部消えたからってことか……。

「って、服貸してよ! こんなカッコじゃ出歩けないでしょ!」

 私の焦りをまったく理解していないお爺ちゃんに、再度お願いする。ここまで無防備な状態で話が続くのは、どう考えても無理だ。

 しかし、その私の焦りをよそに、お爺ちゃんはさらに楽しそうに笑い始める。

「ふぁっふぁ! ヌシはすでに大賢者なのじゃぞ? 服くらい魔力でいくらでも編めようが」

 そう言われ、ハッと気づく。あ、そうだった……。いま、私は大賢者になったんだった。つまり、魔術で何でもできるようになっているはず。

「そうか……そっか……」

 急に冷静さを取り戻した私は、手をかざして試しに魔術を起動してみる。頭の中に術式がすぐに浮かび上がり、思い描くままにエネルギーが流れる。ポンと一瞬で制服が現れ、私の体を包み込んだ。

「すご……!」

 いままでなら、こんな簡単に魔術が使えるなんて考えられなかったのに、いまではただ手をかざすだけでできてしまう。この感覚……言葉にできないくらい嬉しい! もっと試してみたい。

 念じただけで、豪華な貴族のドレスが私を包む。お次は暖かくて柔らかいパジャマ。さらには可愛くてちょっと大胆な下着まで。試しに甲冑を出してみると、軽やかに編まれた魔法装束が体にピタリとフィットする。本物の金属なら重くて動けないはずの鎧が、まるで羽のように軽い。すごい、すごすぎる。私が望むままに、すべてが目の前で形になっていく。信じられない。あのエプロン一枚出すのに必死だった過去の私が、ここにいたら絶対に目を丸くして驚くだろう。次々と生まれる魔法の衣装に、私は魔術の楽しさに夢中になっていた。

「ふふふ……ふふふふ……すご……マジすご……ッ!」

 自然と笑いがこみ上げてくる。これまでずっと苦労してきた魔術の数々が、こんな簡単に、しかも瞬時にできるようになるなんて……!

 魔術の力は私の思い通りに何でも叶えてくれる。これが……大賢者の世界か……!

 けれど――その瞬間、胸の中にぽっかりと穴が空いたような感覚が広がっていく。

「これ、今日一日だけなんだよね……」

 そうだ、この大賢者の力も、今日一日しか続かない。そして、明日が来たら、私は何もかもを失って、ただの自分に戻る。

「次の日になったらどうなっちゃうんだろう……?」

 大賢者の力はすごいけれど、たった一日だけのもの。今日一日が終われば、私には何も残らない。失うものがないとは言ったけど、これほど大きな力を手にした後で、すべてを再び手放すなんて……本当に大丈夫なのかな。

「んむ。日付が変わった瞬間、ヌシの魔力は昨日までの状態に戻るじゃろう」

 お爺ちゃんの言葉に、私は肩を落とした。うわぁ、絶望しかない。せっかく手に入れた大賢者の力も、たった一日で終わってしまうなんて。夢のような力はまさに夢のように消えてしまうのだ。そんなの考えただけでも悲しくなる。

「しかぁし、ワシはそんな悲しい魔術を開発したつもりはないぞい」

「マジで!?」

 お爺ちゃんが、にやりと笑った。その言葉に希望が一瞬灯る。何か、まだ続きがあるの?

 私は顔を上げ、期待に満ちた目でお爺ちゃんを見つめる。

「確かに、オール・リセットは誕生日という特別な日しか発動できん。が、その代わりに……『テンポラリー・リセット』という術式が、ヌシには備わっとるハズじゃ」

 お爺ちゃんの話が進むにつれ、少しずつ胸の中に希望が広がっていく。けど、『テンポラリー・リセット』って一体何? 聞いたこともない術式に興味が湧いてくる。

「テンポラリー……?」

 私は疑問符を浮かべたまま、その言葉を繰り返す。どういう仕組みなんだろう?

 お爺ちゃんは、胸の前でバッバッと両手で四種類の印を切る。それ自体はそんなに難しくない。

「――こうしてから、オール・リセットを施されたヌシの魔力を流すことで起動され……すると、一時的にヌシの人生が再びリセットされる。そして、一時的に大賢者となるじゃろう」

 お爺ちゃんが説明してくれると、その内容が少しずつ頭に入ってきた。一時的にリセットされる、つまり、短い時間なら大賢者の力がまた使えるってこと?

「一時的にー……」

 口の中で反芻してみるが、その効果がどの程度のものなのか、まだイメージがつかない。短時間でも、また大賢者になれるなら、悪くはない。でも、どうやって使えばいいの?

「このとき、何かの魔術を起動すれば、リセット状態は解除されるから、まあ、安心して良いぞ」

 お爺ちゃんはあくまで落ち着いて説明を続ける。何かの魔術を使えば元に戻る……ということは、好きなときに大賢者になって、その後すぐに普通に戻るってことか。

「ふーん……」

 私はまだ半信半疑で、頷きながら考え込む。それって本当に便利なのか、逆に面倒くさいだけなのか、いまひとつ実感が湧かない。でも、確かに『一日限り』よりはマシかも。

「だからといって、考え無しに使うんじゃないぞい? リセット状態を甘く見てはならん」

 お爺ちゃんが真面目な声で忠告してくる。確かに、簡単にリセットできるとはいえ、毎回それを使うのはリスクがありそうだ。大賢者の力には責任が伴う。

「……てか、リセット状態ってさっきのアレでしょ!? 毎回スッポンポンになる術式なんて考え無しに使えるわけないでしょ!」

 私はお爺ちゃんに食ってかかる。だって、あんな裸になる魔術、誰が気軽に使えるっていうの!? それを考えると、リセット状態はかなり厄介だ。どこか人目のある場所で発動したら、多分死ぬ。社会的に、9割方死ぬ。

 お爺ちゃんは「ふぁっふぁっ」と笑いながらも、私の言うことに反論はしない。

「まぁ、身に余る力を持つとき、何かしらの制約があるのが魔術原則じゃ」

 そう言われると、確かに納得せざるを得ない。でも……全裸っていうのは、さすがに厳しすぎない!?

 私はため息をつきながら、改めてこの魔術の恐ろしさを実感する。今後、この『テンポラリー・リセット』を使うかどうかは、慎重に考えないといけない。

 ともあれ、それは明日からの話だ。今日はとりあえず、大賢者としての力を楽しむ日。

「お爺ちゃんありがとねー」

 私は礼を言って下りてきた階段へと向かう。お爺ちゃんには本当に感謝している。これからどうなるかはわからないけど、少なくとも今日は思い切り力を使って楽しもう!

「ふぁっふぁ。ワシももう思い残すことはないわい」

 お爺ちゃんは楽しそうに笑っている。彼の研究が無事に成功したことが、よほど嬉しかったのだろう。

「いやいや、長生きしてよね。ひとりの若者の人生を変えてくれたんだから!」

 私は軽く手を振ってお爺ちゃんに別れを告げた。彼のおかげで、私の人生は大きく変わった。それがどういう結末を迎えるのかは、これから次第だけど。


 外に出ると、真っ暗な夜空にひとつだけぽつりと光る星が見える。それを見上げながら、私は森の中をゆっくりと歩き出した。夜明けまではまだ時間がある。森も街も眠っているこの時間、静けさが妙に心地よい。昨日までの地獄のような日々から解放されたばかりだというのに、なんだか不思議な気分。

 突然、私のお腹がクゥっと鳴った。あー……そういえば、昨日からほとんど何も食べてなかったんだっけ。空腹を思い出した瞬間、現実に引き戻される。いまは大賢者の力を手に入れたけど、食べ物がなければただの腹ペコ。どんなに強大な魔力を持っていても、お腹が空いたままじゃ集中できない。

「我はすべてを見通す者、混沌の霧を払い真実を顕せ!」

 私はすぐに識別の術式を発動させた。実はこれ、いわゆる私の得意技なんだよねー。いつも使ってるからさ……食べられる野草とかを探すのに。昔からお金があまりなかったから、こういう術ばっかり得意になっちゃったわけだけど、いまはひと味違う! 大賢者の力を持つ私なら――

「お、お……見える……!」

 いつもの私なら目の前だけなのに、今日は森の中の食べられる木の実やキノコが光を放って見える! やっぱり、大賢者ってすごい! これまで見つけるのに苦労してた食べ物たちが、いまは手に取るようにわかるようだ。

 風の魔術を使って、森中の食べ物をビューンと飛び回りながら手当たり次第に集めていく。地上のキノコから木の上の果物まで。おおお、ポコット茸もあった! これ、いいダシが出るんだよねー。森の素材だけで作った鍋でも、これならちゃんと美味しくできる!

 あぁ、鍋を作るのも魔力でパパッと生成できちゃうんだから、大賢者の力ってやっぱりすごい。水もすいっと操って汲んできて……それを鍋にかける……おお、いい匂い!

 出来上がった鍋をふうふうと冷ましながら一口。

「うん! 美味しい!」

 こんな贅沢な気分、久しぶりだなぁ。

 さて、お腹を満たすと、自然と疲れが出てくる。昨日までの生活の疲れがどっと押し寄せてきた。あぁ、野外で地べた寝生活はツラかった。そこで私は再び術式を発動させる。魔術でテントを編んで……ベッドと布団も! ゴソッと入って……あー……幸せ……♪

 ふわふわのベッドに体を沈めると、全身の力が抜けていく。こんなに快適な布団に寝られるなんて……やっぱり、魔術って便利だなぁ。体が自然とリラックスしていくのを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。

「おやすみー……」

 ――って、ナニやってんの自分! ここ数日があまりにも酷すぎたからか、危うく怠惰な惰眠を貪るところだったわ! せっかく大賢者の力を手に入れたのに、時間を無駄に使ってしまうなんて……。

「もっと有効に使わなきゃ!」

 テントから外に出ると、夜風が冷たく肌を撫でる。まずは街に戻ろう、と思い、私は飛翔の術式を唱えた。勢いよく風を巻き上げ、夜空を切り裂くように空を飛び、数秒で自宅――いや、かつて自宅だった場所に辿り着いた。着地してみると、そこに広がっていたのは――

「なるほどねぇ……」

 ぼんやりとした月明かりの中、私はその変化を呆然と見つめた。ボロボロになった掘っ立て小屋がなくなり、代わりに緑が生い茂っている。確かに、私の存在自体が“オール・リセット”によって消え去っていた。まるで最初から、私はここに住んでいなかったかのように。なんだか虚しいような、妙にさっぱりした気持ちも混ざっていた。

「……わりと助かったかも」

 この空き地を見ながら、小さくつぶやく。だって、もし何らかの痕跡が残っていたら、またルシファーに追い詰められてたかもしれない。私の人生は地獄だったけど、こうして一切合切なくなってしまったことで、むしろ心の重荷が消えたような気がした。

 それにしても……メルエール・マジックアカデミーでの私の籍もなくなってるんだろうな、と考えた瞬間、ふと笑いがこみ上げてくる。あんなに必死になってしがみついていたのに、一瞬で手放せるなんて。自分の存在が跡形もなく消えるって、意外と悪くないかもしれない。

 まぁ、あればあったでルシファーをボコボコにしてやってもよかったけど、そんなことに時間を割くのもくだらない。一日しかない大賢者の力を、そんな仕返しに使っている場合じゃない。あんなクズの相手なんて私の時間を無駄にするだけ。私はもっと、大きなことを成し遂げるんだから。

「よし、もっと良い学校に君臨してやる!」

 私は深呼吸をし、空を見上げる。澄んだ夜空には無数の星が輝いている。私の未来も、こんなふうにキラキラと輝いているはず。これからもっと強く、もっと自由に――大賢者としての名を刻んでやる。

 さて、行くべき場所は決まっている。いまは深夜。街は眠っているが、全寮制の学校なら生徒たちがまだ起きているかもしれない。となると、選択肢はひとつ――ヴァルヴァディア魔術学園。そこしかない!

「よし、行こう!」

 知っている魔術なら、何でも使い放題。これが、大賢者の特権。私はヴァルヴァディアの場所を記憶していたから、飛翔の術式を再び発動。ビューンと空を切り、あっという間に学園の正門へと到着した。

 正門前には、魔術で強化された鉄格子がそびえ立っている。ちょっとやそっとの力じゃビクともしない結界に守られているらしい。普通の人なら途方に暮れるところだけど、大賢者の私にとっては、こんな結界なんて朝飯前だ。

「叡智により閉ざされし結界よ、新たな主の命によりその封印を解き放て!」

 私が呪文を唱えると、目の前の鉄格子が光を放ち、静かに音を立てて開いていく。わー、すごい。大賢者って泥棒し放題じゃん! いや、そういう次元の話じゃないけど……でも、これはこれでちょっと楽しい。

 そして、静かに開いた門を抜けて、ヴァルヴァディア魔術学園の中へ一歩を踏み出した。が、その一歩で警報が鳴り響く。まあ、結界を破ったわけだしね。そんなに大きな騒ぎ起こすつもりなかったんだけど……まあ、大賢者だし、仕方ないか。私が歩いただけでこんなに騒がれるんだから。まさに大物感、ってやつ? うん、悪くないかも。

 悪びれもなく広い校庭を堂々と突っ切っていると、警備員たちが四方から集まってきた。彼らの真剣な表情を見てると、ちょっと罪悪感が芽生えてくる。ちょっと悪いことしちゃったかなぁ。

「そこの侵入者! 両手を挙げて地に伏せなさい!」

 警備員さんたちはめっちゃ真剣に叫んでる。けど、大賢者たるもの、そんな無様な要求には屈しない。

「さもなくば――」

 さもなくば、何? その言葉が終わるか終わらないかのうちに――侵入者に従う様子なし、と見做され、一斉に魔術を放ってきた。火属性、水属性、何だかわからない無属性まで――いろんな色と形のエネルギーが宙を舞う。まるで夜空のマジック・ショーみたい。これ、普通だったら超ビビる状況なんだろうけど、いまの私は大賢者。ちょっと、いや、かなり余裕。

「ふぅ……これくらい、楽勝ね」

 私は軽く息を吐いて、カウンタ・マジックを発動。本当なら即座に相手の魔術に合わせてこっちも術式を編まなきゃいけないところだけど、私はそんな面倒なことはしない。ただ、圧倒的な魔力でゴリ押し。だって、大賢者だもん。力技でも余裕だし、むしろその方がカッコいいかも?

 魔術の攻撃はすべて私に届くことなく、本人に向かって華麗に跳ね返っていく。あっちからも、こっちからも、爆音とともに悲鳴が上がり、煙が立ち上る。わー、楽ちん♪

 内心、思わず笑いがこみ上げてくる。正直、これまで魔術を使うときって、いろいろ考えて慎重に行動しなきゃいけなかったけど、いまの私は違う。大賢者の超魔力で理論をぶん殴っていく感じ。これぞ、究極の魔術師の余裕。

 すると――ここからが本番ってところかな。ぽんぽんぽん、と軽やかな音と共に地面に光の輪が描かれ、その中から魔術師が出現する。そんな様子を眺めていると、なんだか劇場の主役にでもなった気分だ。

 私は目の前に現れた三人の魔術師たちをじっと見つめる。特に真ん中の男――彼は一見、ただ普通の中年男性なんだけど、その佇まいがどこか違う。背が高くて細身で、まるで風のようにしなやかな動きが印象的だった。特に、彼の髪は若草のような美しい緑色で、夜風に吹かれるたびにふわりと揺れ、その姿は、どこか幻想的ですらある。空色の瞳は冷静で落ち着いていて、私に向けられても何の敵意も感じられない。

 その歩みは自信に満ちていて、彼がただの魔術師ではないことを物語っている。

「お初にお目にかかります。私はこの学園で教師を務めております、ウィンドマンと申します」

 彼が名乗った瞬間、私の胸は高鳴った。ウィンドマン先生! 街でも名の知れた風魔法の使い手で、特に天候を操る術式は尋常じゃない。その魔力によって農村一個集落まとめて救ったことで英雄的な存在になっている。でも、天候をいじることは広域に亘って危険を伴うから、あまり大々的には使わないとも聞いてるけど。そんなすごい人が、目の前にいるだなんて――!

「えーと、入学希望なんですけどー……」

 興奮してつい口走ってしまった。なんて情けない言い方だ。もっと堂々と言えばいいのに、私の声は妙に力がなくなっていた。

「一日だけでいいんです! 一日だけここで過ごさせていただければ……いや、きっとすごいもの見せられますよ? えへへ」

 少し強引に付け加えてみたものの、私の言葉はなんだか軽く響いてしまった。怪しげな商人のような笑いまで漏れてしまい、これはもうダメかもしれない。だって、いきなりそんなこと言われたら誰だって困るに決まっている。案の定、ウィンドマン先生も困った表情を浮かべていた。

「そう言われましても……現在体験入学は募集しておりませんし……」

 と、彼は少し考え込むように言った。どうしよう、何か説得の材料はないか――と焦っていると、隣にいた若い先生たちがヒソヒソと話し始めた。

「ウィンドマン先生、例の来客と引き合わせてみるというのは如何でしょう?」

 片方の先生が提案した。もうひとりも頷いている。

「実力は確かなようですし」

 そう言われて、ウィンドマン先生は少し考え込んでいるようだ。

 むむむ? 一体何を企んでるんだろう。なんか怪しい。これ、もしかして私を試すために変な魔術を使うつもりじゃないよね? 私は尋問の魔術でも使って嘘を暴こうかと考えたけれど――でも、ウィンドマン先生の振る舞いは信じたくなるような誠実さがある。疑っていいものかどうか迷ってしまった。

 すると、そんな私からの嫌疑を気にすることなく。

「……こちら、ウィンドマンです。……はい……はい……きっとお眼鏡に適うかと」

 先生が耳に手を当てて、誰かと会話をしている。風の魔術を使っているのだろう。風の流れを使って遠距離通信なんて、さすがだなぁ、と感心しつつも、誰と話しているのか気になってしまう。

「では……」

 ウィンドマン先生が軽く指をパッチンと鳴らすと、校庭の一角にもうひとつ光の輪が現れた。そこに立っていたのは――!


「おーおー、嬢ちゃんか! 凄腕の魔術師ってのは!」


 その姿を見た瞬間、私は目を疑った。まるで山から降りてきた野生の男のような風貌だ。髪はボサボサ、ヒゲはボーボー、眉毛も野暮ったく、せっかくいい色した金髪が台無し。

 そんな見た目とは裏腹に、声は低く透き通っていて美しい。その響きには不思議な力があり、私の胸の奥まで届いてくる。乱暴な印象とは裏腹に、深い優しさを感じさせる眼差しが彼の印象を少し変える。まるで海のように深い青い瞳。荒々しい言動と違い、その目には優しさがあった。

 しかし。

「オレの名は勇者・ルーク!」

 あー……そういえば、男子の間で話題になってたっけ。ルークって勇者が世界を渡り歩いて魔物退治をしているとか。けど、いくらみんなから勇者と呼ばれてるからって、自分で自分を『勇者』と自称するなんて、正直どうかしてる。普通の人はそんな風に言わないはずだ。

「彼は旅の剣豪です。パートナーの魔術師を探して、我が校を頼られました」

 そこはかとなく頭悪い感じのルークさんに対して、ウィンドマン先生はにこやかに、そして淡々と説明する。

「ここは数々の大賢者を生み出した名門だって聞いたのに、誰も手伝ってくんねェんだよ! まったく、情けない!」

 ルークさんの言葉に、ウィンドマン先生は苦笑を浮かべた。

「我が校は学生が主体ですので、危険な依頼は難しいのです」

 それを聞いた私は、心の中でニヤリとした。これは、悪いけど、大賢者くらいになれば魔物退治なんてお手の物だ。

「ということで、ルークさんと共に魔王を討伐していただければ、我が校への入門を認めましょう」

「はい! わかりました!」

 ウィンドマン先生の提案に対して、私は元気よく即答。

「よっしゃ、決まりだ!」

 ルークさんはそう叫ぶと、外に待たせているという馬車へ向かって歩き出した。

 後を追いかけながら、私はちょっとした確認をする。

「で、今回の相手は誰でしたっけ」

 大賢者であっても知らないものは知らない。ま、誰が相手だろうと大賢者の敵じゃないけど。

「だから、魔王だよ、魔王。魔王っていったら魔王・フォグジストに決まってんだろ」

 ……は? 馬車の前で、私の足がピタリと止まる。本物の魔王、フォグジストだ。あの紫の雲の下にいるという恐怖の存在。血の気が一気に引いていく。

 ルークさんはよいしょと固まったままの私身体を抱きかかえ、石像のように馬車の御者台に乗せた。私を気遣うことなく、彼もまた御者台に乗り込むと馬を歩かせ始める。ゴトゴトと揺れる硬い座席から、私は恐る恐る尋ねた。

「えーと、フォグジストって、あの……紫の雲のところにいる……?」

「ああ。奴はあの毒の雲で地表を覆い尽くして、人間を滅ぼそうとしてるらしいからな」

 彼はそれを当然のように言う。私の頭の中は真っ白になりかけていた。

「何故……そんな危険なことを……?」

 ルークさんは満面の笑みを浮かべ、

「そりゃ、オレが勇者だからだよ!」

 と自信満々に答えた。その笑顔は無邪気すぎて、私にはとてもついていけない。

 だが、彼の次の言葉に、私はもっと驚くことになる。

「キミは……人生に絶望してるだろ」

「えっ?」

 私は突然の指摘に動揺した。彼は、私の目をじっと見ている。

「ヴァルヴァディアの推薦する魔術師ってことは相当な実力者なんだろうけど……なのに、いつ死んでもいいって顔してるぜ」

 ドキリと胸が鳴る。図星だった。大賢者としての時間はもうすぐ終わる。明日には劣等生に戻り、古巣の学校にはもう私の居場所はない。彼の言葉に、私は何も言い返すことができなかった。

「だからさ」とルークさんは続ける。「その絶望を、あの魔王に叩きつけてやろうぜ!」

「八つ当たりかーーーッ!!」

 私は思わず叫んでしまったが、彼の提案には一理ある。絶望している私だからこそ、最後にやれることがあるかもしれない。

「ルークさん」

「ルークでいい。戦場でさん付けは呼びづらいからな。で、キミの名は?」

「ライラ・ブラウン」

「へぇ、あの街のモンか?」

 一瞬「そうだ」答えようとしたが、私は口をつぐむ。もうあの街で私のことを覚えている人はもういない。

「いえ、旅の大賢者よ」

 と私は笑ってみせた。

「ははっ、自分で大賢者を名乗る奴なんて見たことないぜ」とルークは笑う。

「それを言うなら、自称勇者もね」

 ふたりの間に一瞬、笑いが広がる。

「よし、旅のモン同士、サクッと魔王を倒しに行こうぜ!」

 この人、決して悪い人じゃない。それに……顔は好みじゃないけど、性格的には嫌いじゃないし。これでヴァルヴァディアに入学できるんならしめたものだ。

「それじゃ、すぐに戦闘の準備をしてくれる?」

 私はルークに声をかける。彼の表情は一瞬驚きを見せたものの、すぐに興味深そうな笑みを浮かべた。

「どういうことだい?」

「生憎だけど、私には時間がないの。魔王の城は、あの紫の雲の下でしょう?」

 と、私は遠くに見える紫色の雲を指差した。星空の中に、ぽっかりと空いたような暗黒を。

 ルークは一瞬だけ目を細め、私の言葉を確認するように雲を見上げる。

「お、もしかして……」

 彼の目が期待に輝いた。

「飛翔の魔術で一気に飛ぶわ」

 私は胸を張って言う。何のための大賢者だと思っているの?

「そりゃあいいな! ちょっと待ってろ。必要なモンまとめるわ」

 彼はすぐに行動に移った。荷台の方でゴソゴソと鎧をまとい始める姿に、思わず目を細める。

「馬車馬を危険な旅路に巻き込むのも忍びなかったしなぁ」

 彼は独り言のように言うが、その言葉には少しの優しさが込められていた。意外と動物に優しいのね。

 少しして、彼の準備が整ったらしい。ルークは肩に麻袋ひとつをかけて振り向いた。

「一応、三日分くらいの用意はあるが……」

 これに、私は自信を持って答える。

「いいえ、今日一日で決着をつけるわ!」

 その言葉と同時に、私は紫の雲に思念を合わせた。そして、ルークの手を握る。

「おっおっ、なんだ!?」

 女子に手を握られただけで狼狽えるなんて見掛け倒しだなぁ。こんなの、ルークも魔術対象に含むための作法にすぎないのに。

「手を放したらルークだけ真っ逆さまだから気をつけてね」

「そっ、そうか。なら仕方ないな」

 なーんか調子狂うなぁ。とか頭を軽くポリポリしたところで魔術起動! ルークと一緒に雲めがけて一気に飛び立つ。

 風が肌を撫で、あらゆる景色が高速で流れていく。空に出たところで、突然、静かな闇に包まれる感覚が私たちを包んだ。心の中に静寂が広がるが、それは次に訪れる危機の前兆でもあった。

 そして、私たちは紫の雲の下へと到達した。

「おっ、おいおい! こんなとこで……ッ!?」

 ルークが叫ぶ。空中でグンッと静止したまま、彼は動揺した顔で私を見つめている。彼も予想していなかったのだろう、こんな形で放り出されるとは。

「さすがに、ターゲットが紫の雲の中心あたり、じゃ正確に魔王の城には行けないよ」

 けれど、ここまで近づけば魔王の城がはっきりと見える。漆黒の塔が紫の雲の中心にそびえ立っているのが。

「大丈夫。ここからさらに飛翔の術式で――」

 と、私が言いかけたそのとき、ルークが叫ぶ。

「マズイ! スカイドラゴンの群れが……!」

 えっ!? こんなとこに魔物いるの!? そりゃいるか! ここは魔王の本拠地だし! 私の心臓は一気にドクドクと速く鼓動し始める。空飛ぶ竜なんて人里には現れないけど、ここは別だ。

「一か八か……突撃する!」

 と私は決心する。

「よし行け!」

 とルークも叫び、私の決断を信じているのがわかる。

 飛翔の術式は、基本的に障害物がない経路を導き出して飛んでくれるものだ。しかし、こんな魔物の群れの中で使ったことなんてない。前後左右に加えて上下まで逃げ道がない状況……もう、自由落下するしかないのか? それとも。

「魔王城に向けて飛翔の術式を起動するわ!」

 自分を奮い立たせるように叫ぶ。私たちの身体は暗黒城に吸い寄せられるように空中から発射される。

 しかし。

「ぐおおおおおっ!?」とルークの叫び声が聞こえた次の瞬間、飛竜と何体かぶつかったのがわかる。そこで術式の効果が切れたらしい。

「やばい!」

 私たちはまっすぐに森に向かって墜落していく。

「我が命ずるは墜天の狂嵐、空を裂き大地に力を示せ――!」

 私は必死に風の魔術を唱え、地面に向けて風の塊を叩きつける。それで概ね勢いは弱まったものの――ぎゃぎゃぎゃっ! 木の枝にぶつかり、体が絡まり、そして――

 ドスン、と私たちは暗い森の中に打ち付けられた。痛みを感じる余裕はある。少なくとも、無事だ。

「は……ははは……死ぬかと思ったが……」

 ルークが荒い息を吐きながら言った。私はなんとか呼吸を整え、

「生きてるわよ」

 と答える。

 ルークは顔を上げ、少し笑みを浮かべながら前方を見つめる。

「それに、魔王の城はもう目前だ」

 私は辺りを見回す。

「ごめんなさい、ここからじゃ城が見えない……あ、木に登って……」

 と周囲を見回すと――ナニコレ!? 幹が絶えずグネグネ動いてて気持ち悪い……。ここは紫の雲の下で、魔性の紫の雨が降る。その影響で植物もこんなことになってしまっているのだろう。とてもじゃないけど登れそうにない。いや、私ひとりなら魔術で飛べるけど、ルークを連れて空中でアレコレするのも難しい。

 けれども、それ以前の問題で。

「やめとけ。さっきの連中見ただろ。身体張ってオレたちの進撃を止めやがった。木の上なんて目立つところ、ヤツら、死ぬ気で襲いかかってくるぞ」

 彼は冷静に言う。私はようやく理解した。さっきぶつかった飛竜たちは、単なる攻撃ではなく、魔王への忠誠心から命を懸けて突っ込んできたのだ。

「ここからは地に足をつけて進んだ方が確実だろう」

 と彼は静かに言う。しかし、今度は私を軽く挑発するように笑いかけた。

「よもや、魔術に頼りすぎて足腰が弱ってる、とは言うまい?」

 これに私も笑みで返す。

「甘く見ないで」

 魔術を使ってふわりと宙に浮いてやった。

「大賢者くらいになれば、歩く必要もないのよ」

「そいつは楽ちんだなぁ、オイ」

 ルークは屈託なく笑う。その笑顔に、少しだけ気が緩むのを感じられた。

 けれど、この恐ろしい森で、油断はできない。

「……どうするの?」

 私の声はさすがに少し震えていた。この状況下では無理もない。森の中には魔物の気配が漂っている。私たちの周りには、敵意と殺意が渦巻いているのが、肌に触れるようにわかるのだ。

 ルークはそんな私の問いに、肩をすくめながら軽く答える。

「当然、進むしかねェだろうよ」

 まるで、ただの山道を歩くかのように、あっけらかんとしている。私の焦りが馬鹿みたいに思えるほどの冷静さだった。しかし、私はそれを信じて歩き続けるしかない。ここで立ち止まっても、疲弊するだけだ。動かないことが、むしろ死に近づくことになる。だから、一歩でも前に進むしかない。でも、心の中はぐちゃぐちゃだった。

 しかし――進めば進むほど、悩んでいる余裕すらなくなってくる。

「よう相棒! 調子はどうだい?」

 勇者様の無邪気な問いかけに、私の苛立ちは増すばかり。

「……サイアク」

 と、私は血飛沫を浴びながら投げやりに答えた。本音だった。

 何なんだろう、この戦い。私が求めていたのは、こんな血みどろの戦いじゃない。もっと華々しい勝利を手に入れるはずだった。大賢者として君臨し、先生も生徒も私に跪く……そんな光景を夢見ていたはず。私はその力であらゆる問題を解決し、街の英雄として称えられるはずだった。

 でも、現実は違った。いま私の前に立ちはだかるのは、名誉や尊敬ではなく、ただただ醜い敵意の塊。さっきのドラゴンなんて、まだマシだった。いまは目玉が飛び出した魔物や、大きな牙を持つ異形の悪魔たちが、次から次へと現れている。どこにも羨望の眼差しなんてない。ただ、私を殺そうとする視線だけが、周囲に充満している。

「倒しても倒しても……これじゃ、まるで害虫駆除だわ……」

 私は、自分に言い聞かせるように呟いた。振り返ると、私の後ろには肉片となった死骸が山のように積み重なっている。

 どうしてこんなことになったんだろう……。

 戦いは、終わりが見えない。あれだけ夢見ていた栄光なんて、遠のく一方。現実はただ、終わらない血の匂いと、骨の砕ける音で彩られている。

「コイツで……最後にして!」

 私は手をかざし、炎を呼び起こす。手の平から渦巻く炎が、一瞬で二足歩行のイノシシに向かって放たれる。イノシシは奇声を上げて焼け焦げた。

 その煙が鼻を突く。嫌な臭い……もう本当に、やってられない。こんな戦い、私には向いてない。私はただの劣等生だったはずなのに、どうしてこんなことに巻き込まれているんだろう?

 そのとき、不意にルークがわざとらしい大声を上げた。

「あーっ、疲れたなーっ!」

 彼は何事もなかったかのように、私の横でストレッチを始める。

「ちょっとここらで休憩しようぜ。ホーリィ・コテージあるからよ」

「休憩?」

 私の思考は一瞬止まった。

「休んでいる暇なんて――」

 と言いかけたが、ルークは勝手にテントを広げ始めた。それはホーリィ・コテージという特別な魔具。地面に張ると、魔族を避ける結界を展開できる。お爺ちゃんの家を出るときに私が使った魔術を、魔術の心得がない人でも使えるように作られた代物だ。一度開いたら、畳むことはできないし、動かせない。使えるのは一日限り。でも、それでも数日分の備えがあると言っていた。いまこそその使いどころだと言わんばかりに、ルークは手際よくコテージを展開している。

「ほいほい、休憩休憩ー」

 ルークは軽やかに言う。私の意見なんて、まるで聞こえていないかのようだ。

「ひとりで休めば……ってぇ!」

 宙に浮いていた私を、ルークが強引に腰を抱えて引き寄せ、テントの中に引っ張り込んだのだ。

「ちょっと! 私には休んでる暇なんてないのに……」

 私はイライラして、彼に文句を言った。でも、ルークはそんな私を慰めるように、優しく労う。

「……大変だったな」

「ええ、いきなり魔王討伐なんかに巻き込まれちゃって」

 私はつい、八つ当たりしてしまった。自分で決めたことなのに、こんなに苛立つなんて。

 でも、ルークは穏やかなまま言葉を続ける。

「いや……お前、昨日からろくに寝てないだろ」

「え?」

 私は驚いた。そういえば、一昨日は家をボロボロにされて、昨日一日野宿を余儀なくされた。ほとんど眠れていなかったことに気づく。

「ここまで旅を続けてきて、ようやく安住の地を定めようと思ったところにオレが現れた……ってところか?」

「いっ、いえ、そういうわけじゃ……」

 私は焦って言い返そうとしたが、言葉が詰まる。本当はもっとカッコ悪い理由だ。街の権力者に目をつけられて、爪弾きにされて逃げ回っていただけ。そんな恥ずかしい現実は言いたくない。

 でも、いまの方がまだマシだ。栄光に向かって、一歩ずつでも進んでいる気がするから。

「ごめん、ルーク。私、もう大丈夫だから」

 私は何とか笑顔を作って、立ち上がろうとした。

 でも、ルークは私をコロンと床に転がす。

「いーや、休んどけ」

 彼の腕の力は凄まじい。剣豪と呼ばれるだけあって、思いの外力強い。

「太陽が出る時間になれば、魔族の動きも鈍くなるだろ。それまでちょっとでも寝とけ」

 とルークは私を優しく促す。

「……うん」

 と私は寝たまま頷く。すると、急に眠気が襲ってきた。何もかも見透かされているようで、少し悔しい気もするけれど……勇者って自称、少しは認めてもいいかな、なんて思いながら、私は目を閉じた。


 爆睡したらどうしよう、なんてちょっと心配していたけれど、結界内とはいえ、やっぱり敵地である。ルークの一声ですぐに目覚めた。けれど、頭の中はすっきりしている。

 コテージからでてみると――もう陽は昇っている時間のはずなのに、森の中はまるで永遠に夜が続くかのように暗かった。木々が重なり合い、昼間でも光を遮るその様子は、まるで魔王の支配する世界そのものを象徴しているかのようだ。夜の戦いで襲いかかってきた無数の魔物たちを思い出すと、自然と身が引き締まるが、いまは昼間。魔物の数も確かに少なくなっている。そんな状況だからか、少しだけ気持ちに余裕が生まれてきた。

「ねぇ、ルークはなんでこんなことしてるの?」

 歩きながら、私はふと尋ねた。自ら危険な戦いに身を投じ、魔王を討とうとするルークの姿勢が理解できなかったからだ。

「こんなことって?」

 ルークは少し考え込むように眉を上げ、肩をすくめる。

「勇者だなんて言って、自ら危ないことに首を突っ込んでるじゃない」

 私がそう言うと、ルークはおどけたようにウィンクを飛ばす。

「それはもちろん、真実の愛を探すためさ!」

 その茶化したような返答に、私は思わず軽く笑ってしまった。

「それって、私のこと?」

 冗談で返したつもりだったけど、ルークも冗談を通り越してさらに乗ってきた。

「もちろん。だけどキミだけじゃないんだ」

 その一言に、私は一瞬戸惑う。どういう意味?

「魔王によって、多くの人が苦しんでいる。オレが出会ったことも、話したこともない人たちだ。その人たちも愛しているんだ。だからオレは剣を振るう。オレにはその力がある。これがオレの愛の形なんだよ」

 ルークはそう言って、穏やかな笑顔を浮かべたが、その言葉はどこか悲しげでもあった。愛というより、まるで自己犠牲を語っているかのように思える。こんなに大きな愛を持つ人が、もしひとりの女性に全力で愛情を注いだら、その人はどうなるんだろう……。私は他人事ながら、少し心配になった。

「ルークって、本当に不思議な人ね」

「よく言われるよ」

 彼は軽く笑みを作るだけで、それ以上深く語ろうとはしなかった。

 でも――ルークの言葉に感化されたわけじゃないけど、その力があるからこそ振るう、という彼の理屈には少し納得してしまった。私も、今日の私が大賢者としての力を持っている以上、それを使うことに意義があると思っている。だから、魔王を倒して伝説を作る――それがいまの私にできる最高の成果なんじゃないか。……まあ、どうせ明日にはこの力もなくなるんだし、それなら伝説になるほどのことをして消え去るのも悪くないかもね。

 そんな決意を胸に秘めると、ルークは何かを感じ取ったのか、少し目を細めて私を見つめた。でも、彼は何も言わなかった。


 そのまま進んでいくと、森がようやく開けた。目の前には巨大な城がそびえ立っている。噂によれば、かつてこの場所にはひとつの国があったらしい。この山岳地帯を支配していたその国は、魔王が現れたことで滅び、いまでは魔王の根城となっているという。

「……リハウスされた魔族の城か。考えただけで気が滅入るわね」

 私はため息をつきながらつぶやいた。荒れ果てた城の姿を見ていると、どんなに強大な力があっても、無慈悲な破壊の前には人間なんて無力なんだなと思えてくる。

「ところでさ、この城ごと壊しちゃえば魔王も出てくるんじゃない?」

 そう思いついたようにルークに提案してみた。どうせもう人間は住んでいないし、これを一気に崩せば出てくるかもしれない――そう考えたからだ。

「やめた方がいいな。どんなトラップが仕掛けられてるかわからないだろ」

「どんなトラップだって、大賢者たる私の魔術にかかれば――」

「だから危ねぇんだよ」

 ルークは少し考え込んでから、突然私に提案してきた。

「ライラ、ちょっとオレに攻撃魔法をぶつけてみろ」

「なんでよ?」

 私は怪訝そうに彼を見た。いきなり攻撃魔法なんて、何を考えているんだろう?

「いいから。ただし、あんまり強いのはやめとけよ。キミが疲れるからな」

 ルークがそう言うので、仕方なく私は指先を掲げ、頭上に火の玉を作り出した。それは、ちょうどそこにある城の門と同じくらいの大きさの。ちなみに、門はドラゴンでもまたげないくらいの高さはある。

 それでもルークには焦る様子もないので、そのまま火の玉を彼に向かって落としてみる。すると――驚いたことに、ルークはそのまま平然と火の玉の中に立っていた。

「とまあ、こんなもんだ」

 彼の顔には何の変化もなく、火の玉も効いている様子はない。

「なんで……?」

 私は驚きを隠せない。

「大賢者ってのは基本の四大属性を極めた者のことだろう。だが、世の中には規格外の属性ってのもあるんだ」

「もちろん知ってるわよ!」

 私はそう返したが、正直なところ、そこまで意識していなかった。学校で習っただけで、実際にそれに遭遇したことはなかったからだ。

「もしこの城に同じ効果を持つトラップが仕掛けられていたらどうする? もし大賢者様から魔力が失われたら――」

 それを想像して――私は冷や汗一滴落とす。が、ルークはニカっと笑って、

「キミは、自分の足で歩かなきゃならなくなる」

「そんくらい歩けるわよ!」

 私は釣られてツッコんだが、内心では彼の言葉の重さを理解していた。魔術に頼りすぎてしまうことのリスクを感じさせられたのだ。

「ともかく、ここまで無事に来れたのは幸運だが……」

 ルークは少し照れたように視線をそらした。

「もしオレが治癒魔法を必要とすることになったら、かけるときは先に言ってくれよ。それも無効化されるからな」

「え? それ先に言ってよ!」

 もしこの道中で彼が大怪我をしていたらどうするつもりだったのか! 私は呆れて、思わずため息をついた。

 そんな重要な情報をいまさら聞かされたところで――私たちは城の中へと足を踏み入れた。

 魔王の城――その名を聞いた瞬間、私は無意識に迷宮のような複雑な造りを思い浮かべていた。恐ろしいトラップがひしめき、怪しげな魔物が徘徊する、そんなイメージを。しかし、実際に目の前に立っているのは――人間の城。ただし、朽ち果て、長い間手入れされていない廃墟だ。

「意外と、普通の城ね」

 私はため息混じりに呟いた。

「魔王の城だって元々は人間が作ったものだ。魔族が現れて乗っ取っただけだろ」

 とルークが答える。彼の落ち着いた声に少し安心しながらも、私は周囲を警戒する。

 けれど、何かがおかしい。

「ねぇ、この城、魔物の気配が一切ないんだけど」

 私は不安を隠せずに問いかける。魔王の城と言えば、魔物たちが常に警戒している場所のはず。それなのに、ここにはその気配がまったくない。まるで、生命が完全に消え去った場所に立っているような、そんな不気味さだ。

 ルークは腕を組んで周りを見渡しながら、静かに言った。

「油断するなよ」

「油断なんてできるわけないでしょ」

 私は真顔で返す。だって、ところどころに転がっているのは白骨化した死体。魔物がいるわけでもないのに、こんなに死人が出ているのは明らかにおかしい。それこそ、どこかにトラップが仕掛けられていて、一歩でも間違えたら即死してしまうような――そんな危険な場所に違いないのだ。

 けれども、私は違和感を拭えなかった。

「おかしいね。落とし穴のひとつやふたつ、あるかと思っていたのに」と私は呟く。魔王の城なら、もっと巧妙な罠があってもおかしくないのに、本当に何もない。ただの廃墟だ。

「本当に何もない……」

 私は魔術的な結界を探るために集中する。大賢者である私なら、何かしらの異常に気づくはず。けれど、何もないのだ。何の結界も、罠も、魔物も。

「どういうこと……?」

 思わず呟く。これほどの城で、本当に何もないなんて、そんなはずがない。玉座も確認してみたけど、そこに魔王は座ってなかった。

「場内は一通り見終わったし、今度は建物の外を探してみるか」

 ルークが言った。彼は冷静だが、その裏には常に警戒心が漂っている。

「それしかないね……」

 私はため息をつきながら、無造作に広がる庭を見つめた。庭師が手入れしないとこんなにも荒廃するのか――という見本のような庭だった。木々が伸び放題で、もはや城壁の外に広がる森と区別がつかない。

 それでも不安は募る。どこかから、いつ魔物が襲ってくるかわからない恐怖に、緊張が解けない。

 ――案の定、そのときがやってきた。

 突然、猿のような悪魔が飛びかかってくる。鋭い爪が空を切るが、ルークは華麗にその攻撃をかわした。だが、その爪が地面をかすめただけで、硬い土をえぐり取っていく。もしまともにくらったら、多分……死ぬ。

「危ないっ!」

 私は瞬時に身構えるが、ルークはすでに動いていた。彼の剣が閃き、猿のような悪魔を一刀両断。あまりにも鮮やかな動きに、私はつい見惚れてしまって……ま、まあ、私でも一撃で消し飛ばせるけどっ? なんて、つい対抗意識を燃やしてしまう。けれど、ルークが真剣な表情をしていたので――私も気を引き締め直した。戦いはまだ終わっていない。

「嫌な予感がする」

 そう呟くルークの不安が私にも伝わってくるようだ。

「ねぇ、ルーク……ッ!」

 私は大きな目玉の悪魔をふっ飛ばしながら、焦燥感を押し隠して言った。

「一旦城内に戻らない?」

 とりあえず、あそこなら魔物は出ないはずだし、少しは休める。

 しかし、ルークの返答は予想外だった。

「そうしようと……してんだよッ!」

 彼の剣捌きは確かだが、その声には焦りがにじんでいた。

「この庭……どう考えても“広すぎる”」

「!」

 私はその言葉にハッとした。確かに、ずっと庭を進んでいるはずなのに、出口が見えない。いや、それどころか、ずっと同じ景色が続いているような気がする。

「これは……時空属性の魔術トラップ?」

 私は自分の言葉に自信が持てなかった。もし、そうだとしたら――私が気づかないはずがない。

「ともかく……一旦休憩だ。ホーリィ・コテージ張るぞ」

 ルークの提案に、私は少しホッとした。三日分の備えがあるし、どうせ私の魔力は今日限り。魔王を倒すために命を賭けてここまで来たけれど、劣等生に戻ってしまえば、どう足掻いても私は死ぬ。大賢者の助けなしに、ルークだってひとりでどこまで戦えるかわからない。だったら物資を惜しむ理由なんてない。

 でも……なんだかルークの様子がおかしい。いつもの余裕がなく、真っ青になっている。

「ど、どうしたの……?」

 不安が胸に広がる。もしかして、私たちにとんでもないことが起きたんじゃ……。

「ホーリィ・コテージが……3つあるんだよ……」

 ルークの声が震えている。

「三日分?」

 私は少し混乱する。その事実を直視したくなくて。

「さっき使ったはずなのに……3つ全部あるんだ……!」

 その言葉に私はゾッとした。まるで背筋に氷を押し当てられたような寒気が全身を走る。

「な……なにそれこわい……」

 私は思わずつぶやいた。これって、どういうこと? 使った分が復活してお得ー! なんて笑っていられる状況じゃない。そんなはずがないし、そんな不気味なことがここで起きているのだとしたら……。

 頭の中で色々な可能性が巡る。そして、一番有力な仮説に辿り着くと、私は思わず息を飲んだ。

「もしかして……私たち、コテージを使う前に……戻されたってこと?」

 私は恐る恐る問いかける。それに、ルークは無言で頷く。やっぱり、そういうことなのだ――私たちは時間のループの中にいる。どれだけ進んでも、同じ場所に戻されているのだ。

 確かめなければ。

「ちょっと飛んでくる!」

 私は焦りを隠しきれず、飛翔の魔術を使ってまっすぐ上空へ飛び上がった。木々を越えて、遠くの景色を確認する。視界が一気に開け、見渡せる範囲が広がった。そして、目に映ったのは……。

「……右前の方に……城がある」

 そう、私たちは確かに城の庭を探索していたはずだった。それなのに、いまはその城からずっと離れた場所にいる。

「戻されたんだ……」

 私は呆然としながら、地上に戻った。その表情で、ルークもすべてを理解したようだ。


 そこからはもう、死に物狂いで。空はすっかり暗くなり、いつの間にか夜になっていたけれど、太陽が沈んだのか、それとも日の出前に戻されたのか、それすらわからない。魔族の時間が始まったせいか、彼らが活発に動き回り、私たちは次々と襲いかかってくる魔物を相手に戦い続けた。

 でも、足を止めるわけにはいかなかった。立ち止まれば、再び同じループに陥るかもしれない。だから、私たちはとにかく前に進み、魔物の猛攻をかわしながら城まで戻ることに成功した。

「……途中、何度か見た景色があった。特徴的な枝の木とかさ……」

 ルークがぼそりと言った。

 私はその意味がすぐには理解できなかったけれど、彼が確信を深めているのは明らかだった。ルークは常に冷静で、観察力が鋭い。彼が言うのなら、間違いないのだろう。

「何が起きてるのか、さっぱりわからない……」

 私は少し苛立ちながら、周囲を見回した。夜の城は、昼間以上に気味が悪い。相変わらず、門は開いていて、まるで私たちを招き入れているかのように感じる。燭台の火が勝手に灯り、廊下を照らしているのも気味が悪い。

「まるで待ち構えていたみたいね……」

 私は自嘲気味に呟いた。

「ただ歓迎されているのか、それとも……罠なのか」

 ルークの言葉が耳に届いた。彼の言葉から強い警戒がにじみ出ている。

 ふたりで歩いていると、寝室を見つけた。だけど、当然のようにベッドはボロボロで、使い物にならない。

「休める場所がないわね……」

「そうだな……」

 ルークも同意して、私たちは玉座の間に向かうことにした。あそこなら少しは安全だろうし、いまは一息つく必要がある。

 玉座の間に着いたけれど、そこに漂う重苦しい空気がふたりの会話を奪った。お互いに、何を話していいのかわからない。ただ、緊張したまま、黙って座り込む。

 しばらくの沈黙の後、ふいにルークがぽつりと「すまなかった」と謝った。

「何が?」

 私は淡々と聞き返す。

「こんなことに巻き込んじまって……」

 彼の声は、深い後悔に満ちていた。いまさら何を言っているのやら、と思っていたのだけれど、彼の表情は思いの外真剣で驚く。

「私は、私の意思でここに来たんだよ。謝られるようなことなんてない」

 私は優しく笑って、彼を慰める。

「だが、軽率だった。もっと考えて行動すべきだったんだ」

 彼は自分を責め続ける。

「軽率なのは私の方だよ。もっと注意深く行動していれば、時空結界にも気づいていたはずなのに……」

 私は言葉を吐き出しながら、自分の焦りがすべてを招いたことを認める。自分は大賢者だという自信に満ちていた。飛翔の魔術で一気に突っ切ってしまえば、すぐに魔王の城に辿り着けると思い込んでいた。慎重に進んでいれば、周囲の異変にもっと早く気づけたはずなのに。

 だが、ルークもまた自分を責める。

「キミには油断するなと言っておきながら、当の僕が……物理的な罠なら勘が働くし、魔術は効かない。誰よりも油断していたのは、他ならない僕自身だった……」

 ルークは俯きながら、苦しそうに言った。彼の表情は、普段の軽快で飄々としたものではなく、どこか深い懺悔のような罪深さを感じさせる。彼の言葉に心が揺れる。だが、ルークの失敗ではない。どちらかといえば、この異常な状況に対して誰もが無力なのだ。

「時空結界は対界に作用するから……仕方ないよ」

 これに、ルークからの言葉はない。その沈痛な表情が、彼の中にある罪悪感を物語っていた。

「そもそも、魔王討伐のために、こんな女のコを連れて……もっとちゃんと考えていれば……」

 その言葉にカチンと来て、私はルークと向かい合う。

「バカにしないで」

 私は勢いよく言い返し、彼の頬を軽く叩いた。

 その瞬間、私の言葉に驚いたように彼が顔を上げる。私は彼に冷静さを取り戻してほしくて、あえて強く言い放った。

「魔術の世界に男も女もないわ」

 私は真剣な面持ちで続ける。

 彼の言葉が私の中に残るルシファーとの苦い記憶を呼び起こす。あの男は、私が女であるという理由だけで私を見下していた。魔術を使う者としてではなく、ただの女としてしか評価していなかった。その偏見がいまでも胸に刺さる。そして、ルークにまで同じことを言われるのは我慢ならなかった。

「時間が戻るのなら、むしろ好都合じゃない。シラミ潰しに探索してやろうじゃないの!」

 私は明るく笑い飛ばす。

「……はは、勇者より勇敢なお嬢さんよ、勇者の名はオレよりキミに相応しい」

 ルークは微笑んだ。少しだけ力を取り戻したようだ。

「謹んで返上するわ、勇者・ルーク。私は、大賢者の肩書きひとつで十分だから」

 その言葉を告げたとき、私の心は不思議と落ち着いていた。目の前の状況は絶望的で、まるで無限に続く迷宮に迷い込んだかのような気持ちにさせられる。それでも、私は諦めることはできない。そう、私はこのまま死ぬつもりなんてない。

 ふと、私たちが歩いてきた道のりを思い返す。あの道端に転がっていた白骨死体。あれは、何度も同じ時間を繰り返し、最終的に絶望して命を絶った者たちの残骸だったのだろう。無限のループの中で希望を見失った者たちの末路。

 だが、私は違う。どんなに過酷な状況でも、絶望に負けるわけにはいかない。私は大賢者なのだから、必ずこのループから抜け出す方法を見つけ出す。そして、ルークも私と一緒に生き延びるだろう。彼には、私が必要なのだから。彼にとって、少なくともいまの状況でひとりでいるよりは、私が側にいる方がまだマシだろう。

 私は決意を新たにし、ルークと共に再び立ち上がる。

「行こう、ルーク。私たちにはまだやるべきことがたくさんある」

 私は彼に向かって言った。ルークは私の言葉に頷き、剣を手にして前を向く。

「もちろんだ、ライラ。キミとなら、何度でもやり直せるさ」

 と、せっかくいい雰囲気だったのに――

「おっと、こいつは驚いた」

 いまのいままで玉座の間にいたはずなのに、私たちは突然“森の中に立たされていた”。

「これが結界による時間遡行ってこと……厄介ね」

 中庭で歩き回っている最中に発生するならともかく、休憩中に飛ばされると心臓に悪い。

「さて、敵さんを蹴散らしながら城に戻ろうぜ。きっと鍵はそこにある」

 私は頷き、彼に続いた。その背中は一回り大きくなったような気がする。


 その日から私たちは、何もかもを調べ尽くすように城を隅々まで探索し始めた。しかし、どこにいてもあるタイミングになると私たちは森の中に突如放り出される。まるで、断ち切った時間と時間を強引につなげるように。かといって、この結界から外への脱出を試みても、結局同じようにその時点に戻されてしまう。

 こうして、何の進展もなく、時だけが過ぎていく。本当は一日も経っていないのに、私たちは何日も、何ヶ月も同じ時間の中で囚われているかのような錯覚に陥っていた。

 そんな無限ループのような日々の中で、私は少しずつこの状況に居心地の良さを感じるようになっていることを自覚する。……違う。むしろ終わってほしくない、と心のどこかで願っていた。もし、謎を解いてしまったら、ルークと離れ離れになってしまう。だったら、いっそのこと……このままでいたい、なんて考えてしまっていた。

 けれどもルークはどこまでも真面目で。

「とっとと魔王なんて倒してやろうな。キミも早くヴァルヴァディアに入学したいだろうし」

 ルークは、私のために一生懸命この謎を解こうと頑張ってくれている。その言葉を聞くたびに、私は彼に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。私のためにこんなに頑張ってくれているのに、私は何もできていない。むしろ、自分の中でルークとのこの不思議な時間が永遠に続いてほしいとすら思っている。それに気づいたとき、私は自分自身に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 あるとき、私はふと目を向けたルークの姿に驚いた。普段は絶対に私の前で居眠りなんてしない彼が、床に座り込んで、静かに寝息を立てている。戦いの中であんなに頼りがいがあり、勇敢な彼が、いまだけはまるで少年のように穏やかな顔をしている。

「…………」

 その無防備な姿に、私は思わず微笑んでしまう。ルークの寝顔は、本当に可愛くて、何だかずっと見ていても飽きない。戦っているときの凛々しい表情とはまた違った、素の彼の一面に、私は心を奪われた。

「可愛い……」

 ついそんな言葉が口から漏れてしまった。じっと顔を覗き込んでいると、心臓の鼓動ががバクバクと音を立てて激しくなっていくのがわかる。どうしよう……こんなにドキドキして、こんな傍に……ルークの唇がこんなにも触れ合いそうなところに……。

 近づいてくる戦いの終わりと、戦いの中で積み重ねてきた絆――そして、またとない機会――それらが複雑に絡み合って――ごめんルーク、どうしても我慢できない!

 思わず目を閉じ、彼の唇にそっと自分の唇を……ちゅ。


 や……


 やっちゃった……!


 その瞬間、私の頭の中は真っ白になった。わわわ……どうしよう、ホントにどうしよう! 私、ルークの寝顔に……キスしちゃった!? これ、どうやって弁解すればいいの!? ごめん、ホントにごめん! ほんの出来心だったの! ごめんなさいごめんなさい、これからは真面目に頑張りますからーーー!

 私は焦ってその場で拝み倒す勢いで土下座を繰り返す。どうしよう、これがバレたら絶対に引かれちゃう……!

「ん、ん……床に何かあったのか?」

「えっ?」

 ルークが寝ぼけながら目をこすって起き上がった。そりゃ、こんなに大騒ぎしてたら起きるよね……。私は慌てて顔を上げ、何とかごまかそうとする。

「あ、えーと……ちょ、ちょっとぶつけちゃってさ。けど、大丈夫だから!」

 私は必死に笑顔を作り、早口で言い訳を並べた。ルークは腑に落ちないような怪訝な顔をしていたけれど……ば、バレてないよね? なんとかごまかせたよね?

 彼はしばらく私の顔をじっと見つめていたが、結局何も言わずに立ち上がる。

「……そうだな」

 私はほっと胸を撫で下ろした。どうにかバレずに済んだみたいだ。けれど、奥底で打ちつける鼓動は止まらない。ルークの寝顔にキスしてしまったこと、その秘密が私だけのものになってしまったことが、私の心をさらに熱くさせた。

「そろそろ時間が戻る頃だろう。いつ森に入ってもいいよう構えとけ」

「うん! どんな魔物が来たって蹴散らしてやるんだから!」

「……ど、どうした? そんなに意気込まなくても……」

 つい、私は張り切ってしまっている。そのやる気は……ルークからもらったものだなんて言えようもない。あれじゃ、もらったというより強引に奪ったって感じだし。

 これからも、彼と一緒にこの謎を解くために過ごす時間が続く。それは私にとって、幸せでもあり、罪悪感でもあるんだろうな……。


 数え切れないほどの時間を、この城と森の間で過ごしてきた。終わりのないループの中で、私たちは同じ場所を行き来し、何度も同じ景色を繰り返し見ている。けれども、その中で、どうしても気になることがひとつあった。何度も目にしているのに、ずっと無視していたもの――城に眠っている死者たちのことだ。

「……ねぇ、このお城に眠ってる人たちのお墓を作ってあげない?」

 私の唐突な提案に、ルークは眉をひそめる。

「どうした、急に?」

「ずっと気になってたの。放っておかれてるのが、可哀想だなって……」

 城のあちこちに散らばっている白骨たちは、かつてこの城に挑んだ冒険者だったに違いない。無残に放置され、誰にも見向きもされずに、時の流れに取り残されている。私はその光景を見るたびに、胸が痛んでいた。彼らがどんな経緯で死んだのかはわからないけれど、せめて墓くらい作ってあげたい――そう思ってしまう。

 しかし、ルークは冷静に反論する。

「けど、時間が戻ったら元通りだぞ」

 それは私も理解している。実際に、城の一部に傷をつけて時間を巻き戻したとき、傷も何もかも元通りになっていた。この場所では、どんな行為も無駄になってしまう。作った墓も、結局は消えてしまうのだ。

「でも……」

 無駄だとわかっていても、それでも私はやりたいと思った。形だけでもいい、彼らに安らかな場所を与えたい。そんな私の心情を察したのか、ルークはため息をついて「やれやれ」と呟く。

「まあ、いいさ。思いつくことはもうやり尽くしたしな」

 彼の了承を得た私は、早速行動に移した。白骨は六人分。長いことここで暮らしていたせいか、もう恐怖や嫌悪感はない。むしろ、共通の難問に立ち向かっていた同志とすら感じている。

 ルークと一緒に骨を集め、魔術で庭に大きな穴を開けた。そこにそっと骨を埋め、私は祈りを捧げる。

「この呪いは、私たちが必ず解くから……少しの間、休んでいてくださいね」

 それは、決意とも誓いとも言える言葉だった。私はこの場所で何かを解決しなければならない。それが私に課せられた運命のような気がしていた。

 ふと、ルークが私を不思議そうに見つめる。

「ところで……なんでこの人たちは白骨化したんだ?」

「え? それは……」

 死んだからじゃない? 生物から魂が抜けて物質化することによって、魔術の作用が変わるのはよくあることだ。

 けれど、ルークは納得できない――いや、何かが引っかかっているらしい。

「もし、何らかの方法で時間遡行から逃れられるとしたら……いや、むしろ……」

 この魔術結界に対して、私は知りうる限りの可能性を考えてみた。けれど、未だ答えには至ってない。ならむしろ、“魔術以外”の可能性――そういうことなら、ルークの方が冴えているかもしれない。

 そして、彼はある仮定を導き出す。

「ちょっと試してみたいことがあるんだ」

 そう言って、中庭の森を見る。鬱蒼と茂ったそこは、私たちが最初に時間遡行を確認した場所でもある。

 そこに入る前に――

「ルーク、ナニしてるの?」

「無駄遣い」

 ルークは楽しそうに、こんなところでホーリィ・コテージを広げる。そんなもの使わなくても、城に魔物はやってこないのに。

 そして、私たちは再び中庭の森に入った。正直、何度も調べているので見慣れているけれど、何度見てもうねる木々は気持ちが悪い。

「……で、そろそろ、だったよな」

「うん」

 時間遡行の条件はふたつ。ある地点に踏み込むか、一定時間経過するか。遡行ポイントの正確なラインは大賢者である私にも把握できない。多分これは、紫の雲の範囲全体を結界として、その中で偶発的に発生した現象として存在しているのだと思う。それは、塗り潰された魔力の中のちょっとした“ムラ”のように。だから、大賢者である私でさえ識別できない。

 それでも、どうにか何かヒントがないか、私は常に魔力を尖らせてきた。しかし、今日のルークは地面に切っ先を尖らせている。むき出しの剣を引きずるように。

「何してるの?」

「まあ、ちょっとした目印だよ」

 そんなことしても、時間が戻ってしまったらすべて消えてしまうのに。

 ルークの奇行を尻目に、私は時間遡行に備える。何度繰り返そうが、次の瞬間、魔物の巣窟に放り出されるのである。緊張感は拭えない。

 そして――

 うねる森だけに、注意深く観察していなければ気づかなかったかもしれない。実際、初めてのときは、ちょっとした違和感だけで気づかなかった。けれど、こうも確信的に観察しながら一歩一歩踏み出していればさすがに気づく。いま――時間が戻った。

 ここからは魔物が現れる城外の森――私は周囲に向けて気を引き締める。が、ルークは麻袋をあさり始めた。

「何を探してるの?」

 ルークに背中を預けながら私は尋ねる。すると、彼は嬉しそうに言った。

「……ふたつに減ったままだ。コテージが」

「へ?」

 あまりのことに、つい気の抜けた声が出た。当然のことではある。さっき使ったばかりなのだから。けれど、当然のことではない。時間が戻っているはずなのだから。

 状況の整理がつかない私に、ルークはこんなことを依頼する。

「試しに……時間遡行と並行して、“空間転移が別途発生している”という仮定で考えてみてくれないか」


 ……ん? ……え?


 ああああああああ!?


“別途”と強調されたことで私の中でも理解できた。まさか……まさか……ッ!?

 驚愕する私の表情で、ルークも意図が伝わったと察してくれる。

「すぐ城に戻るぞ! “時間遡行が起こらないうち”に!」

「うん!」

 やられた! 魔物の群れを蹴散らしながら、私はチープな仕掛けに引っかかっていたことを悔やむ。最初の時間遡行があまりにショッキングだったんで、その可能性にすっかり気付けなかった。

 つまり――森から森に飛んでいたのは、ただの空間転移だったのである。それが、時限式で起こる時間遡行と重なって発生したので、森に戻される度に時間遡行と勘違いしていたのだ。……いや、そう思わせることが狙いで、一発目は重ねて発動するようになってたのかも。せめて、そうであってほしい。

 私たちが城に戻ると……ある! まだコテージが立っている! そして――ルークが地面に線を引いていた理由もわかった。これまで曖昧だった転移ポイントが、線の切れ目ではっきりわかる。

「一気にキメるぞ」

「ええ、こんな下らないトラップ、すぐに暴いてやる!」

 とりあえず、転移の発動条件を確認する作業。こういうのって普通はその空間に侵入を確認したら、なのだけど、意外なことに手を差し出したり足を伸ばしたり――片足を踏み込んだだけなら発動しない。手足をニョキニョキトラップの方へ出したり引いたりするルークは、奇妙なダンスを踊っているようでちょっと面白かったのは秘密だ。

 けれど、その分効果範囲は広いようで、ルークの全身がすっぽり入った時点で、私まで巻き込んで飛ばされてしまった。多分、時間ごと戻ったように錯覚させるためだと思う。集団行動中にひとりだけいなくなったらすぐにバレるから。

 ならば、とルークの腰にロープを括り付けて、その反対側に私を結びつけて――私は森の外で待機していたけれど、突然ロープが消えてしまった。効果範囲外の私を置いて、転移の発生したルークだけ飛ばされたらしい。ロープの所有者がルークであると認識されていたから、ロープの方がルークと一緒に飛んでいったんだと思う。魔術における所有者の概念、重要です。でないと、服だけ残して全裸で飛ばされるから。こんなところで全裸は死ねる。

 ルークひとりを森の中に残していけないので、私もすぐに転移で追って――そろそろ最終手段。私が先頭に立ち、後ろからルークに手を握ってもらっている。こうしてルークの温もり、ルークの力強さを感じているだけで、今度こそうまくいくような気がしてくる。

 剣によって引かれた線の途切れるところが転移ポイントである。ここに全身が含まれると、周囲の生物を巻き込んで森の中のあの場所に戻されてしまう。

 慎重に、慎重に――一歩ずつ――ルークは、意図せず森の中に戻されてしまうから、自然と魔物たちは城に近づかなくなったのでは、と推測していた。魔物たちには、こうやって手を繋いだり、一歩ずつ確かめるような歩き方はしないから。

 そして――私は驚いてルークの方へ振り返る。私の全身が入ったにも関わらず、空間転移が発生していない。おそらく、生体の身体と身体を密着させたことで、ひとつの個体という魔術解釈になっているからだと思う。飛翔の魔術の効果範囲と一緒だ。

 これで、もう少し先まで踏み込める。ルークの全身が入るまでは。

 ――そのとき。

「!」

 私は見逃してはいけない小さな魔力の存在を感じ取る。その微弱な力――私は冷静に、遠くから狙撃するような精密さで標準を合わせた。……これで……! 心の中で呟きながら、私は最大限の魔力を込めた攻撃を放つ。

 幹と幹の隙間を狙って、炎が葉を焼き、枝を払い、音が森に響く。そして、再び静寂が戻ってきたとき、私は勝利を確信した。

 ルークも何かを察したのだろう。ふと枝葉の屋根を見上げて、

「月が……出てる……」

 木の葉の隙間から光が漏れているような気がする。いや、それより――木々のうねりが止まっている。それこそ、紫の雲が晴れた証拠だ。ルークと私は、言葉を交わすことなく、ただその瞬間を共有していた。

 少しして――庭を抜けると、その空もやっと開ける。紫の雲が消え、月がはっきりと見えた。長い戦いの末、私たちは魔王の恐怖から人々を救った。その達成感は確かにあるけれど、それと同時に心にぽっかりとした空虚感も広がっていた。

 結界も消えたし、帰ろうと思えばすぐにでもヴァルヴァディア学園に向かうことができる。私はその場所をしっかりと把握しているし、飛翔の術式を使えば帰還は容易だ。しかし、いまはまだ――。

「あー……」

 思わず曖昧な声が漏れる。どう言葉にすればいいのか分からないが、ふたりとも同じ気持ちなのだろう。

「えーと……」

 ルークも曖昧に言葉をつなぐ。

 帰ることができるのに、もう少しだけここにふたりきりでいたい。そんな共通の思いが、私たちの間に静かに漂っている。

「ね、ねぇ……ずっと気になってたんだけど、そのヒゲ……」

 私は意を決して、ルークに話しかけた。

「ワイルドだろう?」

 ルークは得意げに言い、少し冗談交じりに決め顔を作る。しかし私は微笑みながら、正直に伝える。

「全然似合ってないよ……」

 その言葉に、ルークの表情が一瞬硬直したのが分かった。少なからずショックを受けているらしい。やっぱり……自分ではいいと思ってたんだなぁ……。

「戻る前に剃っておいたら? 水場もあるし、鏡もちゃんとあるよ」

「やれやれ。凱旋した勇者がみっともないんじゃカッコつかないもんな」

 ルークは苦笑しながら言ったが、その目には少しの迷いが見えた。これがただの時間稼ぎだということに、彼も気づいているのだろう。

 ルークが髭を剃っている間、私は廊下で待っていた。月の光が優しく差し込む静かな空間で、心の中にある一抹の不安と焦りがこみ上げてくる。

「ねぇ……これからどうするの?」

 私はルークに問いかけた。返事は少し遅れて返ってきたが、その真剣な口調が、私の心を揺さぶる。

「もちろん、また旅に出るよ。勇者の力を必要としている人はまだまだいるからな」

「……だよね」

 その言葉を聞いて、私の目に思わず涙が滲む。ルークが救うべき人は他にもたくさんいる。それは、私も知っているし理解している。だけど、私はここにいる。私だって――ルークを必要としているひとりなのに。

 そして、ふいにルークの決意を感じた。

「ライラ」

「……はい」

 突然、ルークが私の名前を呼ぶ。彼の声はいつもの軽いトーンとは違って、深く真剣な響きがあった。

「僕と一緒に来てくれないか?」

 その瞬間、私は胸が高鳴った。彼の言葉は、私がずっと望んでいたものだった。私はルークの側にいたい。この冒険を、これからの未来を、彼と一緒に歩んでいきたい――!

「……はい!」

 心の底から、そう思えたのに――!

「はは、冗談だよ」

 ルークは笑い、誤魔化すようにそう言った。

 冗談だなんて嘘! 絶対に本気だった! ずっと聞いてきた彼の声だからこそわかる。それは真剣で――偽らざる本心だった。それなのに、どうして冗談なんて言うの?

「キミはヴァルヴァディア学園に入るためにこんな危険な旅に付き合ってくれたんだろ」

 確かに、それが本来の目的だった。だけど、私はこの旅を通して、ルークと共にいることの意味が変わってしまっている。無理にでも引き止めてほしいのに、ルークはそれをしない。彼の優しさが逆に私の心をかき乱す。

 そして、彼の準備も整ったらしい。

「待たせたな。生まれ変わったオレに惚れるなよ?」

 やっぱりルークはルークだ。キザにキメようとしたり、荒っぽく装おうとしたり――けど、どれも全然似合ってなくて。私は、素のルークが好きなのに。こうして、気取って声をかけられてしまったら――真面目な話はもうおしまい――そういうことなのだろう。

 けど、惚れるなよ、なんて言われても、もう遅いんだけど。私はとっく、ルークのこと――

 水場を覗き込んだ瞬間、私の中の意識が真っ白になった。まさに、ルーク以外のすべてが見えなくなるような錯覚。彼の顔は、驚くほどすっきりとしていた。満月の淡い光に照らされた彼の顔は、これまでの印象とはまるで違う。薄い唇から品格が感じられ、鼻筋もはっきりと通っている。髭ひとつでここまで変わるなんて――。

 唐突な彼の変化に、気持ちがますます傾いてしまう。私の中でルークの存在が大きくなっていくのが、どうしようもなくわかる。

 ふと、体が勝手に動いてしまう。思わず両腕を広げてしまった。『抱いてほしい……いますぐ……』と心が訴えていた。でも、そんな思いを彼が察してくれるわけない。ルークはそういうタイプじゃないよね、と苦笑して自分を戒める。

 けれど、その瞬間、彼の目が私に釘付けになっていることに気づいた。え? なんでそんなふうに私を見ているの? 私、何も変わっていないのに――。

「!」

 突然、全身が熱くなった。心臓が早鐘を打ち、動揺が全身を駆け巡る。あれ? 何で……何で私、何も着ていないの!? 驚愕の事実に気づき、声も出ない。

「ライラ! 僕は……!」

 ルークの声が切羽詰まったものに変わった。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!」

 抱きしめてほしいと思ったけど、こんな形でじゃない! いや、じゃないこともないんだけど、心の準備が……急すぎて気持ちの整理がついてないのに! というか、諦めた矢先に……こんなことってある!?

 混乱する頭の中で、ルシファーの顔がちらついた。あのとき、彼に迫られたときは恐怖に震えた。それなのに、いまのルークはどうだろう。何故かいまの彼は苦しんでいるように見える。その姿は哀しそうで、愛おしい。悩んで、葛藤して、それでも私に触れたいと願ってやまない――そう感じる。

 逃げるならいましかない。彼が迷っている隙に、私は簡単に逃げ出せる。それなのに、私はなぜか――ルークの胸に手を伸ばしてしまっていた。彼を助けたい、彼を抱きしめてあげたい――そんな衝動が私を突き動かした。

 次の瞬間、ルークの両腕が私を強く抱きしめ、そのまま私の唇を塞いだ。思わず息が詰まりそうになったが、驚いたのはそのキスの優しさだ。彼の腕は力強く、少し乱暴で、私を逃がす気はまるでない。なのに、その唇は反対に、とても優しく、まるで壊れやすいものに触れるかのように私を慈しんでいた。

 ずるいよ……心の中でそう呟く。私をこうして縛っておきながら、こんなに優しく触れるなんて、どうしようもなく心が揺れてしまう。

 このまま流されてしまっていいのだろうか――迷いが、私の胸をかき乱す。けれど――これは仕方のないこと――だって、私にはもう大賢者の力もない。抵抗したってルークから逃れられるわけがないのだし――それに――それに――ええと――こうして、言い訳ばかりを探している時点で、私はとっくに負けていたのだろう。

 ルークにすべてを委ねてしまったいま、このまま彼と一緒にどこまでも行きたい、そんな思いが私を支配していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ