因果応報・呪い
夏のホラー2024 への参加作品です。
「ひ、酷いわ…なぜ、なぜこんな事を!?」
「王妃の座なんて、どうでもいい! …でも、レオナルド様に近づかないで!!」
「……私は、貴女を許さない…、レオナルド様は渡さない!!!」
「…貴女が、私の一番大切な人を奪ったように、私も、奪ってやるわ……。」
血まみれの顔で、不気味な笑みを浮かべながら、私を呪う言葉を吐いた…。
◇◆◇
気が付くと、私の部屋の椅子の上で居眠りをしてしまっていたらしい。冷や汗をかきながら、ため息を吐いた。
「ふぅ、…明日で、丁度1年になるのね。」
大きく膨らんだお腹を擦りながら、私、リリスは思い出していた。1年前、私は王子であるレオナルドの婚約者であった女、アンジェリカを陥れた。理由は、私が未来の王妃になる為だ。地位の為に蹴落としあうなんて、貴族社会じゃ珍しいことではない。でも、私はレオナルドの婚約者の座を奪うためにアンジェリカを死なせた…。
我が家の為、私の王妃になりたいという願望が第一ではあった。しかし、私がアンジェリカを気に入らなかったというのも理由であった。アンジェリカはレオナルドを盲目なまでに愛していた。別にそれは良い、しかし王妃としての責任感が感じられず、レオナルドの事ばかり考えているように思えた。さらに、私が欲している王妃という地位をどうでも良いと平然と宣う姿が癪にさわった。私はアンジェリカに嫌がらせをされていると嘘をつき、アンジェリカの素行は王妃となるに相応しくないと言いふらした。そして、レオナルドに気に入られるような態度を取り続け、アンジェリカよりも私の事を信じさせる事に成功した。レオナルド、並びに王家は、アンジェリカに婚約破棄を言い渡した。そして、レオナルドの希望で私が婚約者となった。
アンジェリカは、婚約破棄された後は悪評と醜聞が付きまとい、誰からも相手にされなくなった。そして、ある日私に会いに来て、何故陥れたのかと問いただしてきた。私への憎しみを募らせた彼女は私に襲い掛かってきたが、足を踏み外して転倒した。その隙に私は悲鳴を上げて人を呼んだ。拘束されたアンジェリカは牢屋に連れていかれ、牢屋の中で自殺をしたとの事だった…。
…アンジェリカが自殺までしてしまうとは予想外ではあったけれど、私に後悔なんてない。アンジェリカの呪いの言葉なんかに悩まされている暇なんてない。王妃という地位を手にした後の事や、今お腹にいる子供の事を考えなくてはならない。医師の話では、何時生まれてもおかしくないのだ。レオナルドも私を心配してくれているが、どうしても外せない用事があり今は城を離れていた。そんな事を考えていると、急に眠気が襲ってきた。
(なんだかとても眠いわ…もう、今日は眠ってしまいましょう。)
使用人に就寝の準備をさせると、私はベッドに横たわった。そして、深夜0時を跨いだころに、突如陣痛に襲われた。長きに渡る痛みと苦しみの末に、私は娘を出産した。
「おめでとうございます、お姫様が誕生されましたよ!」
母親になった実感はまだ湧かなかった。しかし、使用人に抱かれている赤ん坊は私の娘なのだ。何ともいえない気持ちで赤ん坊を受け取って、顔を見た。瞼は閉じたままスヤスヤと眠っている様子だった。
(…私の子供、私の娘。)
思わず笑みを浮かべると、娘の瞼がゆっくりと開いた。
「…………。」
娘は何も言わず、表情も変えずに私を見つめてくる。何故だか分からないが、私の胸に不安が押し寄せてきた…。
「リリス!!」
レオナルドが息を切らせながら部屋に入ってきた。
「…、この子が、俺たちの娘なんだな。」
レオナルドが私の腕の中にいる娘の顔を覗き込んだ、すると、
「……え?」
「おぉ!、今笑ったんじゃないか?」
一瞬だが、娘は微笑んだように見えた。まだ生まれたばかりで、笑顔を作るなんて無理な筈なのに…。不安な気持ちになる私とは裏腹に、レオナルドと周りの使用人たちは楽しそうに話していた…。
◇◆◇
「おとうさま~♪ きょうも一緒にねましょう。」
「おや、ローズは今日も甘えん坊だな。」
娘…ローズが生まれて5年が過ぎた。ローズは俺を見ると、満面の笑みで抱き着いた。そんなローズを可愛いと思いながら、俺はローズの細い腕を擦った。ローズの腕には、うっすらと痣が残っていた。
「…ローズ、まだ腕は痛むかい? お腹は、背中はどうだい?」
「へいきだよ、おとうさまがなでてくれれば痛くないもの!」
愛らしく微笑むローズに、胸が痛んだ。ローズは数日前に、リリスに虐待されていた事が分かった。ローズは腕だけでなく、背中やお腹にも痣があった。ローズの世話をしていた使用人たちに、何故気が付かなかったのか聞いたところ、ローズがリリスを庇っていたからだと分かった。
「おねがい、おかあさまの事、おとうさまにはいわないで…。」
そう言って、涙ぐむローズの言葉を無視できなかったという。しかし、腕の痣を俺が見つけたことで全てが明らかとなった。
「私はローズを虐待なんてしておりません!! そんな証拠がどこにあるのですか? 今すぐ、ローズを呼んでください!!」
「ふざけるな、お前がやっていないなら、誰がローズを傷つけたというのだ?」
「そ、それは…。」
口ごもり、罪を認めようとしないリリスに怒りが収まらない。
「前から思っていたが、お前はローズを愛しているのか?」
リリスはローズにあまり構おうとしなかった。こんなにも愛らしい私たちの娘だというのに…。
「そ、それは…あの子はおかしいのです! 私には笑わないし、それに貴方にはやたらとくっついています!」
「…だから、手をあげたのか?」
「っ、い、いえ。だからといってそのような事は…。」
「…今後について、どうしていくか話し合う必要があるな。しかし、暫くは部屋から出ることを禁ずる。これは命令だ。」
「ちょ、レオナルドっ! ま、待ってください!!」
懐かない娘に嫉妬して、虐待をするなんてありえない話だ。俺はリリスを睨みつけると部屋を後にした。リリスに部屋に居るように命令してから数日が過ぎている。反省をしない彼女とは、もう長くは続かないだろう…。
「おとうさま大好き♪ とってもとっても愛してる!」
「ああ、俺も愛してるよ、ローズ。」
愛しい娘を抱きしめながら、今後について考えた。
◇◆◇
「お嬢様、ここに近寄っていはいけませんよ。」
使用人は、私が行こうとする場所を察して止めてきた。
「…うん、わかったわ。」
私が頷くと安心したように微笑んで、お菓子を用意するといって歩き出した。私はリリスが居る方向に向かって呟いた。
「…言ったでしょ? レオナルド様は渡さないって。
それともう一つ、娘を奪われた気分はどうかしら?」