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上洛青春物語   作者: 幸京
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2000年春~2001年冬 大学1回生編

「あ、ダメだ、もう終わらん」


独り言を呟き、窓から空を見ればもう真っ暗だ。

2000年4月、大学入学に伴い京都で一人暮らしをすることになったが、荷解きがまったく終わらない。

一人暮らしで荷物の量も大したことないはずだが、引っ越し業者から荷物が届いたのが午後3時、

そして8畳の部屋に荷物が溢れている夜7時。

机、衣類、寝具、食器、電化製品等、荷解きをすればするほど部屋が狭くなる。

明日には大学の入学式を控えている。遅刻は出来ないから、もう疲れたし片付けは今度にして夕食を食べて寝ようかと外出する。

確か歩いて15分くらいの所にコンビニがあったなと、その方角に向かうも15分程で道に迷う。

ここはどこ?、コンビニはどこ?、そもそもアパートはどこ?

もう何なんだよと、誰かに道を聞こうにも閑静な住宅街で誰もいない。ため息をつきながらとりあえず車通りのある方に歩いていくと、通学する大学名が入った紺色のジャージにサンダルを履いた体格のいい男がコンビニのビニール袋を下げて歩いていた。外見からしてこの近くの住人だろうと思い、道を尋ねようと早足で近づき、声をかけようとすると見覚えがある景色とアパートを見つけた。

足音が聞こえたのだろう、アパートの前で男は振り返ると、僕を訝しげに見ながら携帯電話で誰かと話し始めた。

僕は安心してもらうおうと、それとなく部屋の鍵をアピールしながらアパートに入る。

そのまま部屋に戻ると、すぐにアパートの階段を降りる足音がして男同士の会話が聞こえてきた。

「おー、お疲れ、ほな行くか」

「マジビビった、何か変な奴がついてくる思ったら、このアパートの奴やってん」

「アホか、何でお前をつけんねん。タックルかませよ」

「いや、怖かってん。メガネの反射が」

荷解きは終わらず、道に迷い、人を怯えさせ、京都初日は終わるのだ。


「飲み会デビューか」

僕のアパートで、プレイステーションのウイニングイレブンで対戦している島元が、ゲーム画面を見ながら聞いてきた。大学では学年学部が違う5人の友人達と別々につるむことになるが、島元はそのうちの一人だ。

僕は大学入学早々、曜日や時間に関わらず、部室で誰かが用意した映画を見るサークル、そのまんまだが映画鑑賞サークルに入った。映画は好きだったし、知り合いも出来るし、何より勧誘してくれた先輩が驚くほど美人だったのだ。そのサークルで今度、新入生歓迎会が行われることになり、そのことを島元に話したのだ。

「デビュー戦だ、お前はある?」

「あるで。2回だけな」

「サッカー部でか?」

「せやな。飲み過ぎはホンマに命に関わるから、無理したらあかんで」

サークルは良い人達ばかりで酒を飲めないといけない雰囲気ではなく、何も心配する必要はなかったが、当時の僕は酒を飲めないのはかっこ悪いと思っていた。

何より勧誘してくれたあの、あかり先輩に格好良いところを見せたい、その一心で僕は当日飲んだ。自分の限界値も理解していないのに飲んだ。離れた席にいるあかり先輩を横目で追いながら飲んだ。島元が無理をしていけないと教えてくれたのに飲んだ。ビール、酎ハイ、ビール、酎ハイ、ビール、ウーロンハイ。そして店のトイレで吐き、サークルの代表が背中をさすりながら「だせだせ、我慢せずに」と介抱してくれた。ちなみに参加した新入生6人のなか、僕だけが吐いた。

帰宅途中にあかり先輩が買ってきてくれた水を飲み、あかり先輩の「お酒は無理しなくていいからね。また行こう」という言葉に情けなくなり、飲み会デビューは終わるのだ。


「ロン、東北イーペードラ2、満貫」

対面の守城さんが笑顔で僕に言う。

「野上君、ハコリ?」

上家の谷さんは眠そうに僕に聞いてくる。

「いやいや、今、ラス半が始まったんですよ」

半分寝ている僕の代わりにこの一週間、バイトで昼夜逆転している下家の岡崎が元気に答える。

時間は午前6時、昨夜11時から始めた麻雀もラストだ。

他学部2回生の守城さん、同じサークルの2回生の谷さん、住んでいるアパートが近い同級生の岡崎、そして僕。大学生活の麻雀は主にこの3人とやっていたが、4人のレベルはほぼ同じくらいでお金も賭けず、平和な麻雀であった。

「そういや、あかりちゃんが今日デートで、映画の60セカンズ観に行く言うてたな」

徹マンも終わりに近づき、谷さんが眠そうに理解不能なことを言う。

「・・・え~?あかり先輩~、デート何ですか~?」

僕は谷さんの言葉に眠気が一気に吹っ飛んだが、必死に取り繕い眠そうに聞く。

「ああ、嬉しそうにしとったで。あの2人はホンマに美男美女カップルやよな」

谷さんは変わらず眠そうに言い、守城さんはあの娘はホンマに器量がな~とドラをアンカンして、この4人の中で唯一彼女がいる岡崎は、女も男もここですよここと右拳を自分の左胸におく。そして僕はーーー。

寝起きの夕方、ヤケ気味にバイト代をパチンコにつぎ込んで、失恋した日が終わるのだ。


「では今年の映画鑑賞数を発表します。105本でした。ありがとうございました」

と居酒屋で代表が発表してお辞儀すると拍手がおきる。

12月の中旬、4回生お疲れさま会が開催されるのだが、この時にサークルノートに記載されたこの一年の鑑賞映画を数えて代表から発表される。

「105本か~、去年は120本やったか?」

「大脱走を初めて見たけど、面白かったわ」

「グリーンマイルはいまいちだったな」

「キッズリターンは熱いです」

「ラピュタは何回見ても良いな」

映画好きばかりだから、飲み会の話題は当然ほぼ映画だった。ただ映画に関わらず自分の好きなものを否定されれば、誰でも面白くはない。それはもちろん皆が分かっているのだが、お酒が入るせいかちょっとした揉め事も起こる。

「ケイゾクはいまいちでしたよ。ドラマが良かっただけに」

「いや、理解できへんかっただけやろ?」

「出来ましたけど。それでもいまいちでした」

「いや、あれが面白くないなら、それは理解出来てないねん」

「・・・、中村さん。そういう自分の考えを押し付けるの、止めた方が良いですよ」

「お前に言われたないねん。お前もいまいち言うて押し付けてるやん」

「はっ?、俺は押し付けてませんよ!、中村さんに内定出ない理由がよく分かりましたよ!」

一瞬にして場の空気が凍った。

平成大不況のさなか、サークルの4回生8名で内定が出ていないのが中村さんだけだった。

ただ中村さんは就職出来ればどこでも良いとは考えておらず(もちろんどこでも良いという考えが悪いという意味ではない)、映画関係一本での就職活動していたためか、なかなか内定が出なかった。

中村さんは隣にいた三木さんと数秒にらみ合いながら、

「せやな、内定出るように頑張るわ。今日はありがとう」と言い残して、飲み会の途中で帰って行った。

場には他のお客や従業員の声、食器の音だけが響き、三木さんはただ俯いていた。

「三木君、言いすぎ」

静寂を破ったのはあかり先輩だった。

「まぁ、とりあえず、皆は飲んでて。俺、ちょっと中村さんと電話してくるわ。三木君も来て」

と代表と三木さんが席から離れると、それとなく皆が飲み食べだした。

「びっくりしたわ」と僕の隣にいた谷さんが話しかけてきた。

「はい、僕も。三木さんとは2人で飲みに行ったこともあるけど、あんなに怒るの初めて見ました」

「俺も。タメやけど、怒るとこなんて初めて見た。しかしあかりちゃんは凄いな」

「はい、流石です」

「彼氏と別れて元気なかったけど、回復したみたいやな」

思わぬ谷さんの言葉に、笑いを必死に堪えながら、僕は平静を保ち聞く。

「別れたんですか?あんなイケメン、もったいない」

「イケメンの浮気が原因みたいやで。男はもういいって、笑っとった」

そんな時、代表と三木さんが戻ってきた。代表が、中村さんからは場の空気を悪くしたことの謝罪と、4年間、皆と映画を楽しく見れたことのお礼があったことが告げられた。そして三木さんと和解したことも。

その三木さんは泣きながら皆に謝罪すると拍手が起きた。

僕も拍手した。もちろん、拍手した。

拍手しながら、何かに期待しながら、僕の一年が終わるのだ。


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