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突き付けられた婚約破棄

「イザベラ!お前との婚約なぞ破棄してくれる!」


 社交シーズン終わりの、王宮主催の大晩餐会とそれに伴う舞踏会。和やかな談笑の雰囲気を切り裂くように響きわたったその言葉は、第三王子が長年の婚約者である伯爵家令嬢に発したものであった。


「あの、殿下、なにを?」


 突然のその宣言に、一体何事かと静まり返る中、名指しされた伯爵家令嬢が驚き戸惑った様子で王子の方へと二、三歩歩み寄る。

 色白で、分厚いレンズの眼鏡をかけ、真っ黒な髪を後頭部で団子状にひとつにまとめて、上質ながらも飾り気のない地味なドレスをまとったその姿は、第三王子の婚約者と言うにはあまりにも野暮ったく冴えない。態度や表情もオドオドしていて、いかにも自信がなさそうに見える。


「ええい、寄るな!」


 王子は婚約者を汚物でも見るかのように睨みつけ、腕を払って遠ざけようとする。風采の上がらぬ婚約者を疎んじているのがその態度からもよく分かる。


「お前が私の婚約者の地位を笠に着て、立場の弱い者たちを虐げていたこと、すでに露見しておる!今さら言い逃れなど出来ぬと思え!」


 憎々しげにそう言い放ち、婚約者を責め始める王子。それに対してイザベラと呼ばれた婚約者は、辛そうに顔をかすかに歪めて俯いただけだ。


「………ふん。言い返すこともできないのか痴れ者め」


 それを見て、彼女が罪を認めたとでも思ったのだろうか。王子が傲然と胸を張り、顔を上げて会場を見渡す。そして隅の壁際に佇んでいたひとりの令嬢を見つけて、進み出るよう目で促した。

 広間の奥、王族専用の一段高く設えられた壇の前まで進み出たのは、ストロベリーブロンドのふわふわした髪が印象的な、華奢でか弱そうな子爵家の令嬢だった。全体的に可愛い系の顔立ちで、だがその割に出るところが出てメリハリの利いた肢体を隠すどころか強調するようなセクシーなドレスを纏っており、その魅力的なボディに会場中の男どもの視線が殺到する。

 向けられる不躾な視線に怯えたのか、令嬢がぶるりと震えて小さくかすかな悲鳴を漏らす。「案ずるでない、こちらへおいで」と優しく声をかけ壇上に招き上げた王子は、だがちゃっかりと彼女の腰に左腕を回す。ついでに視線は盛り上がった胸元へ吸い込まれてゆく。


 数瞬ののち、ハッと気付いた王子は再び婚約者の方へと顔を向ける。


「お前は!この者に見覚えがあるだろう!?」


「い、いいえ……お会いするのは初めてです」


 婚約者の声は小さく、そして震えていた。だが静まり返った会場内には思いのほかよく響いた。

 高い天井、遠い壁と窓。建築技術の粋を凝らして設計された王城の大広間は、他に柱も何もなく、声も視線も遮られることがない。


「嘘をつくな!」


 だから王子のその怒声もよく響いた。それこそ婚約者の呟きの比ではないほどに。


「この者が王城に女官として伺候して以降、お前は数々の嫌がらせを行い、時には直接暴言を吐いたり手を上げたりしたそうではないか!彼女は職務として、私や我が側近たちの世話をしておっただけだというのに!」

「わたくしは……決してそのようなことは……」

「やっておらぬとでも申すのか!?こうして本人が被害を訴え出ておるというのに、その目の前で、貴様は!」


 すっかり怯えて小さく震えるばかりの婚約者。

 対して王子はますます声も態度もでかくなる。ついでに子爵家令嬢の腰を抱き寄せる力も強くなる。子爵家令嬢の方も、抱き寄せられるままに王子にしれっと密着する。


「わ、わたくしは……ただ……」

「ただ、なんだ!?」

「その、婚約者のおられる殿下や側近の皆様へ、あまり馴れ馴れしくすべきでないと……」

「嘘です!わたし、『今度殿下に近付けば容赦しない』って脅されました!」


 婚約者の声をかき消すように、子爵家令嬢が叫んだ。その目に涙まで浮かべて。


「それだけじゃありません!お仕事の邪魔をされて、時には数人で取り囲まれて!『田舎貴族の分際で厚かましい、さっさとお勤めを辞して田舎へ帰れ』って!」


 もしも彼女が訴える話が真実なら、確かに婚約者は地位を笠に着て王宮の女官を虐めていたと言われても仕方がない。たしなめたというレベルではなく脅迫に侮辱、さらには差別発言であり、それだけでも充分に罪に問えるものだ。


「その上でわたしの頬を平手打ちして、『次は手足の二、三本でも覚悟することね』って!」


 暴行に傷害予告。王子の婚約者としてあるまじき所業に、広間のそこかしこからざわめきが起こる。


「そ、そんな……わたくしはそのようなこと……」

「まだシラを切るか!」


 そう怒鳴りつけて王子がサッと右手を上げる。

 それに応えて進み出てきたのは数人の令嬢たち。いずれも王宮で女官として働きつつ、佳い婚約相手を探している下位貴族の令嬢たちだ。


「そなたたち、発言を許す」


「わたし、見ました!彼女を大勢で取り囲んで平手打ちするところを!」


 背の低い、大人しそうな令嬢が意を決した顔で声を上げる。小柄な割に、ずいぶん立派な胸元がよく目立つ。


「わたしは暴言を言われました!」


 痩せぎすの背の高い令嬢もそれに続く。


「わたしは私物を取り上げられました!」


 ややぽっちゃりとした色白の令嬢も続く。


 なんと彼女たちは目撃者だった。のみならず、自らも被害者だと訴えたのだ。

 ここへ来て、会場内の雰囲気も婚約者の伯爵家令嬢に白い目を向け始める。すでに4人もの証言者がいるのだ。おそらくはもっと目撃者あるいは被害者がいることだろう。

 そうしてだんだんと、伯爵家令嬢が罪を犯したのが事実である、という雰囲気になっていく。


 だがその伯爵家令嬢は、俯き黙ってそれに耐えているだけで弁明も潔白の主張もない。もちろん謝罪もなかった。


「この期に及んで、なおだんまり(・・・・)か」


 王子が心底軽蔑するような声を張り上げた。


「まあもうこのような仕儀になっては、貴様を今のまま私の婚約者としておくことはできぬであろう。よって婚約は破棄されると思え!」


 最後通告を突きつけても、彼女は俯き黙って立ち尽くしているだけだ。


「本当に何も言わぬつもりか?」


 さすがに苛ついた様子で王子が婚約者を睨みつける。だがすぐに気を取り直した様子で、彼はひとつ咳払いをした。


「貴様とて言いたいことのひとつやふたつくらいあるだろう?私は寛大だからな、貴様にも弁明の機会をくれてやろう。何でも言っていいぞ、言ってみるがいい」


 そして、ニヤニヤと蔑んだ笑みを浮かべつつ伯爵家令嬢に向かってそう告げたのだった。







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