6.アガレスの魔法神
※以前執筆していた作品の13話~14話を一部加筆修正等加えて再投稿しているものです。
「リリム様ぁ~!!お懐かしゅうございますぅ~!!」
ここは王宮内の離れに位置する場所。極少数の召使と離宮の主以外に誰かが訪れることは少ない。だからこそ、この離宮の主にしてグラの母親でもあるエレナ・シエントス・アガレスはその立場に全くそぐわぬ甲高い声を、もはや悲鳴に近いような声を上げることができているのだろう。
そして名前を呼ばれたリリムはというと、今まで見せたことがないような、ひどくげんなりとした表情を浮かべている。この表情はもしかしたら希少なのではないだろうか。映像を絵として残すことができる魔道具が手元にあったならこの表情を撮影し姉に売りつけることができそうなほどに。
「何故・・・何故あなたがここにいるのですか・・・エレナ!」
語気を強め、敵意こそ感じ取れないがかなりの殺意を込めたような言葉と表情に、給仕をしていた召使がビクッと体を震わせている。この離宮に勤めている者は全員かなりの手練れなのだが、その彼女らが恐怖で動けなくなるほどに、リリムは怒りを露わにしている。
だが、その殺気を向けられたはずの張本人はというと、素知らぬ顔でリリムに近づき抱き着こうとして躱されていた。
「母君に報告・・・ですか?」
王宮へとたどり着き先の事件のことや魔女の件などを報告するために執務室だかに向かうものだと思っていたが、グラさんは王宮の本殿へは向かわずに真っすぐ離れの方向へと歩きだしている。
一体どこへ向かうのかと尋ねてみれば、今回の任務は国王からの指令ではなく母親からの依頼だったらしい。グラさんの任務自体にはそれほど興味もないので深くは追及しないが、先ほど確認したことが正しいのであればグラさんの母とは王妃ということになるのではないだろうか。それなのに何故離宮のほうへと歩みを進めているのだろうか。
「確かに僕はアガレス王国の王族だし、間違いなく現国王陛下の血を引いている。だけど母は王妃ではなくて妾なんだ。第一王子として、未来のアガレスを担うのは兄上になるだろう。だから僕は影として生きている。」
聞いてしまえば特別不思議な話でもない。跡継ぎが、勇者の血が途絶えぬように子孫を多く残すためにも、妾の一人や二人を囲っているのは何も今に始まったことではない。昔、約30年ほど前だろうか。この国の現国王の姿、当時はまだ王子だっただろう彼を、ちらっとだけ見かけたことがあるが、ずいぶんと豪胆な人だと思ったものだ。そんな彼に付き従う女性というのは少しばかり興味があった。
そう・・・興味を抱いてしまった・・・。それが間違いだったと、あるいは身分でもなんでも言い訳にして、さっさと姉様を探しに行けばよかったと・・・。
後悔するようなことは、いつだって先に察知することができない。
「えっと・・・母上は彼女と・・・リリムと面識があったのですか?」
「えぇ!リリム様は私の敬愛すべきお師匠様なのよ!」
「あなたを弟子と認めた覚えはありません!」
普段はお淑やかな母上の狂乱っぷりに思わずたじろいでしまう。母上は類まれなる魔法の才を買われ騎士となり、アガレスの魔法神なんて二つ名で呼ばれるほどの活躍をした後妾となった。当時、男爵家の者が妾となることに多少のいざこざはあったらしいが、その美貌と魔法で黙らせてきたらしい。
魔法神と呼ばれるようになった所以は当時14歳だった母上が、海沿いの町へ現れた魔物の群れを、数だけならば小国の軍隊にも匹敵するほどの群れをたった一人で追い払った事件があったからだ。
その話を初めて聞いたときは事実に色が付いたものだろうと思っていたが、リリムの弟子だというのならその程度のことも容易いのかもしれない。
「ルル様とリリム様にご教授頂いた魔法のおかげで、ここまで強くなれましたの。いつかお二人に会うことができたらお礼を言おうと思っていましたの。さぁ、どうぞお掛けになってくださいまし。」
母上が丸いテーブルの反対側に椅子を作り出し、その椅子を召使が軽く引いて客人に座ってもらうよう促す。何度か見たことのある光景ではあるのだが、すまし顔をしている召使の足が震えているのはちょっと可哀そうだなと思う。
そしてリリムはというと椅子に座るどころか近づきもせずに、部屋から出ていこうとしていた。
「グラさん。申し訳ありませんが私は姉様を探しに行ってまいります。それでは失礼いたしっ!?」
言い切る前に部屋から出ようと扉に手を掛けた瞬間、グンッ!とリリムの体が引っ張られたかのように跳んでくると、あっという間に召使が引いている椅子のところまでたどり着いていた。
まるで扉に吹き飛ばされたかのように戻ってきたリリムは未だ床に転げたままで、こちらから表情は見えないが、とんでもない殺気を孕んだ眼をしているのは、母上の後ろに控えている召使の表情などから十分に察することができた。
「くっ・・・重力魔法魔法ですか・・・。しかも横向きに・・・私だけに影響が出るような範囲で・・・!」
通常は上から下へと押さえつけたりするだけの魔法なのだが、横向きに発動させることでリリムの体を引っ張ったらしい。しかも、入り口のそばに置いてある花瓶などには一切影響が出ず、本当にリリムにしか影響が出ないように精密に制御されている。
僕自身も重力魔法自体は使えるが、適当な範囲を押さえつける程度のことしかできない。ここまで精密に制御できるのは母上か、この姉妹くらいなものだろう。
「私もリリム様を超えるため、日々努力していますの。さぁ、お掛けになって。」
「魔法技術に関してだけは一流ですね・・・。」
何かを諦めたかのように軽く息を吐き、椅子に座って紅茶を飲み始める。熊との闘いなどを見てリリムはとんでもない超人だと思っていたのだが、そのリリムをこうも容易く従わせるあたり、母上もまた人の枠組みの外側にいるのだと改めて認識させられた。
「うふふ。さて、何からお話しましょうか。話したい事が沢山あって決められないわね。あ、そうだわ。グラ、あなたも聞きたいことがありそうな顔をしていますし、あなたの疑問に答える形で話をしてみましょう。」
「それなら、二人の師弟関係について・・・」
「師弟ではありません。」
突然話を振られたので、パッと思いついた質問をしてみたのだが、言い切る前にリリムに遮られてしまった。
「エレナは、グラさんにどこまで伝えているのですか?」
「特には。何も伝えていませんわ。」
この二人の、あるいはルルを入れて三人の関係性を話すうえで何か重要な情報があるらしく、それをどこまで知っているのかという確認から始まった。
「エレナは、魔力量も魔法技術も当然優秀なのですが、どちらも後天的な、彼女自身の努力によって得た能力です。エレナの最も異端な力は"記憶の転写"ができるというところです。」
魔法神と呼ばれるくらいなのだから、努力で得た力に関しては理解できるし、僕も母上の"教育"を長年受けてきたので何をしていたのかもわかる。だが、記憶の転写というのは聞いたことが無い。
「私もそんな力を持っているなんて子供の頃は知らなかったのだけれどもね。今から28年前、当時9歳だった私は、交換留学生として海外へ短期留学をしていたのよ。たまたまその時行った国にいたルル様とリリム様に出会って、そこで、お二人にこの力を覚醒させてもらったの。」
「触れた相手の記憶を知ることができる力。それは相手の知識であったり、秘密であったりを知ることができる力・・・。当時姉様と私は、仕事で訪れた所でたまたま出会った少女に何か秘められてた力があることに気が付き、興味本位ではありましたがそれを覚醒させました。そしてその少女は覚醒した力で姉様の記憶を転写し・・・。その場に倒れ込み血を吐き高熱にうなされて7日間ほど生死の境をさ迷っていました。今にして思えばそのまま倒れたままにしておけばよかったのですが、当時の私たちはこんな厄介な育ち方をするなんて思っていませんでしたから・・・。無事助かってしまったその少女は、姉様の記憶・知識を利用し様々な力を身に着けていったという次第です。」
言葉の節々から毒を感じさせながら話すリリムに対して、変わらず素知らぬ顔をしながら話を続ける。
「数秒触れただけで何百年分もの知識が一気に入ってきたのだもの。大変だったわ。それでも、それだけの知識をわずか9歳の時点で知ることができたのよ。さすがに、戦闘になったらルル様はもちろん、リリム様の足元にも及ばないのだけれどもね。」
そんなわけで、ルルとリリムは私の師匠なのだと叫ぶ母上とそれを否定するリリムの応酬は、気が付けば給仕をしていた召使は全員部屋から逃げ出しており僕だけが聞いている状態になっていた。
それはさておき、母上がそんな力を持っていたことなど知らなかったが、どうやら陛下や宰相など、ごく一部の人間は軽く話してあるらしい。そして、母上がこの離宮から殆ど外出をせず、極少数の召使しかいないというのも理解できた。触れただけで相手の記憶を知ることができるなんて、そんな力を持っていたら誰にどう利用されるか分からない。
母上自身もそういったことにひどく抵抗があるのだろう。出陣の際も常に単騎だったというのもその力のせいなのかもしれない。想像もできないくらいの苦痛と苦悩を抱えているのに、これほど優雅に、穏やかに生きている母上の強さは見習いたい。
話す力に勢いがついたのか、その後も二人は日を跨ぐまでしゃべり続けていたが僕はさすがに付き合いきれなかったので途中で部屋を抜け出した。
余談ではあるが、リリムが母上のことをこれほどまでに嫌悪している風な態度をとるのは、母上が留学中に、ルルにベタベタしていたことに対する嫉妬らしい。何だかんだで面倒見がいいルルは様々なことを母上に伝えたらしいが、その中にはリリムも知らなかったことがそれなりに含まれており、それもまた嫉妬心を煽る要因となっていたそうだ。
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