番外編1.或ル少女ノ記憶
※以前執筆していた作品の番外編を一部加筆修正等加えて再投稿しているものです。
「おねーちゃん!わたし大きくなったらおいしゃさんになるの!それで、おねーちゃんのびょーきもなおしてあげる!」
純真無垢な声が部屋に響く。ベッド以外何もないこの部屋に駆け込んできたかと思えば、突然そんなことを言い始めた8歳下の妹に、僅かに脳裏をかすめた苛立ちをかき消し静かに伝える。
「わたしの病気は治らない。でもありがとう。今日は調子がいいから一緒に遊べるわ。」
そう伝えると妹は嬉しそうに部屋を飛び出していった。たぶん自分の部屋から何か遊び道具を持ってくるつもりなのだろう。
出来れば外に出ないで遊べるものだとありがたい。いつもよりかはマシだといっても、日々病魔に蝕まれていくこの体は鍛えることもできず体力も少ない。
だが、どれほど天才と言われていようとまだ6年しか生きていないこの妹に、そんな気遣いなどできるはずもなく、自分の顔よりも一回り大きい鞠を持ってきて嬉しそうに"これで遊ぶ"と言い出した。
「うーん・・・外には出れないからこのお部屋でならいいわよ。」
両親が与えてくれたこの部屋は、私がいるベッド以外は何もない。壊れるものがあるとすればベッドの飾りか窓か・・・あるいは私自身か・・・。
「お二人とも、夕食の時間ですよー。」
部屋の中でただ鞠を投げあったり蹴りあったりするだけだったのに、いつまでも飽きることなく遊び続けていたようで、気がつけば日も暮れ始めていた。
いつの頃からか、普通の民家に住んでいたはずの私たちは大きな家へと引っ越すことになり、この家で暮らし始めてからは使用人も何人か共に住み始めていた。
両親が一体何をしたのかは知らない。ただ、何かを認められて偉い人になったというのはなんとなくだが理解できた。そして、その功績にこの妹も関わっていることも・・・。
妹は希代の魔導士になるだろう。光と闇の魔力反応を見せたという妹は、わずか六歳にしてその力を開花させていただけでなく、魔法を組み立てる基礎まで完璧に理解したらしく両親と共に様々な魔法を開発している。
例えば、魔法は体内の魔力を練り上げて外へ出すというのが普通だったのに、この妹は魔法陣というものを作り出し、大気中の魔力を体外で練り上げ起動させることに成功している。
今はまだ小さな魔法だけだが、これがもし大きな魔法が使えるようになればこの世界の魔法技術は飛躍的な進化を遂げるだろう。
何せ、自身の魔力量に関わらず大型の魔法が使えるとなれば、問われる資質は魔法制御力のみとなる。つまり、後天的な、努力でどうにでもなる技術部分だけになる。
それに、物に魔法を予め付与しておく方法も考案中だそうだ。例えば大きな箱に予め氷魔法を付与しておくことで、魚や野菜などの日持ちしないものをわざわざ凍らせておかなくても保管できるとか・・・正直こちらはあまり魅力的には感じなかったけど・・・すごいことらしい。
どうせなら剣に炎魔法とかを付けたほうがすごいし需要があると思う。或いは服に魔法をかけて自動で洗濯した状態になってくれたりすれば、夜中に汗をかいて着替えたいのに着替えられない時なんかにいいかもしれない。
だが、この妹と両親がどれだけすごかろうと、私の病気は治らない。そもそも何の病気なのかすらわかっていないのだから。
きっとこの先もずっとこのままで、妹は優秀な魔導士として生きて行き、私は何もなく死を迎えるだろう。
それならばそれでいいと思う。両親が忙しくしている我が家では、妹の遊び相手は私しかいない。
だからせめて、その役目だけは・・・妹が大きくなるまでの暇つぶし相手程度はしっかり勤めてから死にたい。
だが、その日が訪れたのが余りにも早すぎた。妹が10歳の誕生日を迎えたその日・・・私は突然倒れ治療院へ搬送された・・・らしい。
らしい・・・というのは、私の記憶にその時のことがないからだ。気がつけば治療院のベッドで寝ており、そばでは医者が目を覚ました私の様子を伺っていた。
医者に話しを聞けばあの日、私が倒れた後、両親すら見捨てたこの体を妹が一人で運び、医者すら匙を投げた私を治したという。運び入れた方法も治した方法も何もわからず、医者に聞いても理解できないとのことだった。
ただ、一つ言えることは、真実を知ってはならないと・・・それだけ言って医者は部屋を出て行った。その真実とやらに、私がすでに気がついているとも知らずに。
「体から魔力を感じる・・・。この魔力反応は覚えがある・・・」
私は、生まれた時から今まで魔力反応を持っていなかった。それが体が弱い原因の一つではないかと調べられたりもした。それなのに今私の体から感じるこの魔力反応は、ずっと・・・今までずっと近くで感じていた魔力反応と同じだった。
「見つけた・・・!ここにいたのね・・・!」
僅かなけだるさすらを感じない体を起こし、必死に病院内を探し回った。この病院内にいるという確証などなかったが、だからといってあの妹が、私がこんな状態なのを放置して家に戻るとも思えなかったから。
「お姉ちゃん・・・元気になったんだね。よかったぁ・・・。」
「私に何をした!!」
安堵の声を上げる妹に余計な怒りが沸き上がってきた。そして、その怒りはそのまま外へと出てきてしまった。
今言うべきことはお礼であるべきはずなのに、目の前で、今までの私のようなボロボロの状態になりながらなお私の心配をする妹に怒りが止められない。
「なんで私を助けた!誰が助けてくれなんて言った!父さんも母さんも見捨てた私を!なんで・・・助けた・・・!どうして・・・!」
どうして、こんな体になってまで私を助けたのか・・・問う声は音にならず、静かな個室に響くのは私の嗚咽だけだった。
「ずっと助けたかったの。お姉ちゃんと遊びたかったから。私と遊んでくれるのはお姉ちゃんだけだったから。お姉ちゃんだけが、私を私として見てくれてたから・・・。だから、これは私のわがまま。私、決めたの。十歳になったら、自分の好きなように生きていくって。これがその初めの一歩。」
物心ついた時からずっと大人に囲まれて生きてきた妹は、私以外に自分の意思を示したことはなかった。
そこにどんな気持ちがあったのかは知らないけど、いつまでも純真無垢だと思っていた妹は、気が付けば私よりもよっぽど大人に見えて・・・でも言っていることは子供のわがままそのもので・・・
「それで、結局何をしたの・・・?私の体に・・・。」
一呼吸して落ち着いてから、再度妹に尋ねる。今私の中にある魔力反応は妹が先日まで持っていたものであるし、逆に今妹からは何一つとして魔力反応を感じない。
「私の魔力回路をお姉ちゃんと交換したの。ずっとね、考えてたんだ。お姉ちゃんの病気の・・・体が弱い理由を。お姉ちゃんが寝た後とかにこっそりと調べたりもしてみて、わかったことがあったの。」
それが、私の魔力回路の不具合・・・人によっては魔力回路とは生命の根幹でもあると考える人がいるくらい、生きとし生ける者にとって大切なものだ。その人の魂そのものだと言っている宗教すらある。それが壊れてしまっていたがために魔力を持たず、体の弱い私が生まれてきてしまった。
「ん・・・?待って・・・交換したって言ったよね?じゃあ今あなたの体には・・・。」
「うん・・・お姉ちゃんが持ってた魔力回路があるよ。あ、でも大丈夫だよ。魔法は魔法陣から起動できるし、これを治すための研究所も買ったから。まだ全然研究は出来てないけど、私の体に取り込んだことで、治験もしやすくなったし。」
それが本当に大丈夫なのかは妹にしかわからない。だからこそ、大丈夫じゃなかったらすぐに言ってほしい。私はそれが出来ずに倒れてしまったのだから・・・。
結局、妹がこの魔力回路を治すことが出来たのはこの12年後・・・妹は22歳になり私は・・・
「・・・あら、起こしてしまったからしら?」
「・・・姉様?寝ていないのですか?」
アガレス王国への入国を明日に控えて宿で休んでいるというのに、どういう訳か姉様は眠っていなかったようで、机の上にはいくつもの書籍が積み重ねられていた。
「ん~・・・アガレス王国って自然豊かな国らしいし、そういう所は得てして料理がおいしいのよね。・・・楽しみで寝れなくなっちゃった。」
「子供ですか・・・。」
あぁそうだ。この人は昔から純真無垢なままで、いつまでたっても子供っぽさを残したままなんだ。それが危なっかしくもあるし、愛おしく感じることもある。
けれども、せめてちゃんと睡眠はとってほしい。本当に子どものように動き続けたかと思えば突然倒れるように眠り始めることだって何度もあったのだから。
「大丈夫よ・・・たぶん。ま、まあ予め言っておくわ。明日はたぶん迷惑をかけるわ、ごめんなさいね。」
自覚があるのなら事前に対処できるだろうに、何故そうしないのかと・・・。
「そ、そんなことより、リリムは寝なくていいの?まだ夜明けまで時間があるわよ。」
「えぇ・・・姉様が寝ないというのなら、付き合います。本も全て読み終わっているようですし話し相手くらいにはなりますよ。あぁ、そういえば、久しぶりに夢を見ました。姉様に、少しだけ憤りを抱いていた頃の・・・。」
「い、いつ頃のことかしら・・・?心当たりが多すぎて検討がつかないわ・・・。」
人のお菓子を盗み食いしたり、突然爆発した地面に巻き込まれたりと色々とあったどれかを思い浮かべているのかもしれない。まさか遥か昔にそんな感情を抱いていたなんて思いもよらないだろう。
「さて、いつのことでしょうね。案外昨日のことかもしれませんよ?夢で見る程根に持っているかもしれませんね。」
甘さ控えめだからといって、甘味好きの私が食べないわけじゃない。むしろ控えめな中にある確かな甘さを探す楽しみだってあるのだから、昨日の夕食時にそれを奪ったことは許さないと、笑いあいながら話す。
遥か昔の記憶など、片隅にすら残っていない。それでも、この人と過ごした幼少時代は決して忘れない。
あの時の鞠とともにしっかりと仕舞っておく。
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