39.魅了使い
※以前執筆していた作品の58話を一部加筆修正等加えて再投稿しているものです。
「嫉妬・・・か・・・。それだけのためにキセ領を捨ててまで私を殺そうとしたのか・・・。」
移動中もレオナの表情は暗いままだった。長い付き合いではないが自分と同じく上に立つ女性として、少なからず肩入れはあったようだ。
だがフェロンという女性から受けた印象は、嫉妬だけで殺しにくるほどにも思えなかった。何かもっと大きな理由があるように感じる。
「キセ領を捨てたと考えるのは早計だと思うわ。予測でしかないけど・・・この国にはあなたの味方より彼女の味方のほうが多いと思うわ。」
ルルがそういうとレオナは顔を上げ不思議そうにルルの方へ顔を向けた。王子の婚約者を殺そうとした者など、彼女の証言一つで斬首は免れないはずなのに、そんな人の味方がそれほど多いなどと信じられるものでもない。
「あのフェロンって人は魅了使いだね。男女問わず人を虜にする危険な力を持っているんだ。僕やルル姉やリリムは耐性を持っているし対抗策もいくつか知っているから平気だけど・・・あの兵士たちを見たでしょ?あんな感じで、あの人を盲信しちゃってる人が何人も・・・いや、下手したら何百何千何万といるかもしれない。」
魅了使い・・・手段はさまざまで目を合わせるだけで虜にするものもいれば一夜を共にしないと掛からない者までいるらしいが、効果は単純にして凶悪。群衆を思い通りに動かすことが出来るのならば、世論操作はもちろん、戦争を仕掛けることすら容易に出来てしまう。
それだけの力を持った者の狙いが王子の婚約者というだけならまだマシなのかもしれない。国家転覆、世界征服だって不可能な話じゃないというのだから。
「で、でも私たちは何も知らなかったけど、なんともないですよ?」
「私も、フェロン様・・・フェロンとは何度か会ったことがありますが魅了されたことはない・・・はずです。」
アルルとセインがそれぞれ抱いた疑問を話す。彼女たちはレオナの従者として何度かフェロンとも会ったことがあると言う。だがそれでも一切魅了された様子はなく、治癒をしたり対抗策を知っている訳でもないらしい。
ついでに言えば僕も先ほどの戦いで何度か目が合っているが何も変化は起きていたようには感じなかった。
「魅了は精神汚染の一種。レオナも含めてあなたたちはその抵抗力が元々高いのよ。それに王子様に近しい存在であるあなたたちの様子がおかしくなったら、そこから足が付くかもしれないし、そこまでの危険を冒してまで欲しい戦力だと思われなかったんじゃないかしら?」
さらっと言ってのけるルルだが、それはつまり彼女たちが弱いからいらない子だと言っているのと同じで、アルルとセインはしょんぼりとしてしまった。
「まあ仕方ないだろう。二人ともまともに魔法を使えるようになったのはついさっきなんだからな。これから強くなって私のことを守ってくれ。」
セインの首を撫でながらそういうレオナは少しだけ表情も戻っていたようで、従者の二人も安心して笑っているようだった。いや、あれは苦笑いだろうか?
「私は彼女と対面した時から抵抗魔法を展開していたのですが、正直少しばかり危うかったですね。ただグラさんの場合はわからないですね。人間がそれほど高い抵抗力を持っているとは聞いたことが無いですし、あなたも相手に気が付いて策を打っていた訳ではないのでしょう?」
リリムの言葉に肯定の返事を返す。魅了使いなんて存在はせいぜいおとぎ話で似たような登場人物がいるのを呼んだことがある程度で、実在するとは少しも思っていなかった。
「魅了というのが精神汚染の一種であるというのなら、グラセナは王族だからある程度抵抗力があったのだろう。」
英雄アガレスの血を引く者は昔から病魔や精神汚染といった類に対して強い抵抗力を持っている。だがあれほどの実力を持つ相手に対してその程度の抵抗で防ぎきれるものなのだろうか。
「えっ!?グラさんってアガレス様の血を引いているんですか!?」
ノエル様の発言にアルルが反応を示しているが、確かスーレ領の屋敷を発つ前に第二王子であることは話した気がする。
「アルル。お前は耳が四つもあるんだから、どれか一つくらいちゃんと人の話を聞いてろといつも言ってるだろ。それと、やはりあなたはノエル先生でしたか。」
昔、まだ僕が生まれたばかりくらいの頃にノエル様はウアル連合国に一度行っており、その際に戦技教導を行っていたという話は知っている。
どうやらレオナはその時の生徒の一人だったらしく、召使として付いてきている人物が何となくノエル様じゃないかと思っていたらしい。
「色々と事情があってこんな格好をしている。私のことは暫くはノルンと呼んでくれ。」
詳しい事情は後でゆっくり話すので、今は必要最低限の言葉だけ交わすのみにしたようだ。レオナの方も理解したのかそれ以上言及することはなかった。
「ねぇねぇグラっち。誰か惚れ込んでいる人がいるから、愛の力で効かなかったって説・・・どう?」
シールが耳元でこっそりと話てきたが、そんな人に心当たりなどある訳もなく原因は分からない。
「グラも一瞬だけど掛かっていたのよ。私がすぐ治癒したから何ともないでしょうけど、放っておけばシール君に攻撃を仕掛けて・・・反撃で殺されていたかもしれないわね。」
笑いながらそう伝えるルルだったが、その発言には肝を冷やした。自分ではまったく気が付かなかったし、ルルが気づいていなければ今頃自分は仲間に殺されていたというのだから。
「あ、そうか。忘れてたけど僕グラっちには勝てるんだよなぁ・・・。本気でやればたぶん一撃で・・・あ、大丈夫だよ。グラっちは友達だからね。殺さないよ。・・・たぶん。」
そういって体を少しばかり揺すってくるシールに文句を言いたかったが、今この状況でシールの機嫌を損ねてしまったら、馬より速い速度で空を飛んでいる勢いのまま、地面に叩きつけられかねない。
結局苦笑いで誤魔化すしかなかった。
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