3.旅の始まり 山で起きた事件
※以前執筆していた作品の7話~8話を一部加筆修正等加えて再投稿しているものです。
「さあ、行きましょうか。グラ、私たちは王都までの道が分からないから、案内してね。」
昨日、事情聴取から姉妹の過去の面白話など、一通りの話を済ませた時には既に日が傾いており、もう一泊してから王都へと向かうことになった。
事件も解決しグラも王都へ戻るということだったので、一緒についていくことにした。通常の道もあるが山中を抜けていく道もあり、危険ではあるが圧倒的に早く王都に着くとのことなので山中を王都へ向けて真っすぐ抜けていくことにした。
グラとしても早く王都に戻ることができるうえに、道中の危険も姉妹がどうにかすると高らかに宣言したため同行を承諾してくれた。年頃の男女が数日とはいえ一緒に旅をするというのはどうなんだろうか?なんてことを聞いてきたので、手を出したくなったら出してもいいけど、その後の命は保証しない。とだけ伝えておいた。
「山の天気は移ろいやすいとは言うけれど、こんな急に雨が降ってくるなんてね・・・。」
山を登り始めてからしばらくの間は天気も良かったのだが、中腹辺りから雲行きが怪しくなり、そこから突然大雨が降りだしたため急遽山中にあった洞穴へ逃げ込んだ。
三人はそれぞれ竹筒に入れた水を飲みながら濡れた体を拭いている。幸いなことに多少濡れた程度だったため持っていた布で軽く拭く程度で済んだ。
「麓では晴れていたし、暖かかったのにねぇ・・・。急に雨が降って来たり気温が下がったりされたら風邪を引いてしまうわね。」
「ん?君たちでも風邪を引くのか?」
昨日の事情聴取の際に不老不死であると聞かされ、どんな傷も即座に治ると聞いていたので病気なども勝手に治癒されるものだと思っていたので、ルルの発言に驚き反射的に質問してしまった。
「風邪といっても少し気怠さを感じる程度だけどね。私たちは普通の人より波は小さいけど、多少は体調の良し悪しが出ることもあるわね。」
「外傷に対してはほぼ完全といえるほどの耐性がありますが、状態異常に関しては毒が効かないのと、火傷や凍傷にならないという程度です。病気が悪化することはありませんが、少しだけ影響を及ぼすことはありますね。」
実際過去には麻痺や睡眠の魔法を食らってしまったことがあるという。その時に色々と試して何が効くのか、無効化できるのかを試したらしい。尤も、その実験の目的はルルがリリムに麻痺などの魔法を掛けて反応を楽しむだけだったとか。
「他には魔封じとかも一応効くわね。呪いは発動するから魔法を封じられても怪我はしないのだけど、麻痺とかは治癒魔法で治せなくなるからちょっと厄介なことになるわ。ただ、逆に言えば魔法さえ使えるなら大抵の状態異常はすぐに治すことができるから、基本的に問題ないのだけれど。」
切り傷などの外傷や、普通の火傷を治すような回復魔法は割と使える人が多い。数百年前に水の竜神が理論を組み立てて、ある程度魔法が使える人なら誰でも使えるようになった。
さすがに腕が切り落とされたのを治すとかは高度な技術が必要なため、ごく一部の人しか治すことはできないのだが、それでも回復魔法が一般化したというのは魔法史に凄まじい進化を与えたと歴史の勉強で習ったことがある。
だが、治癒魔法は基本的な原理こそ近しいものの、より高度で精密な魔法制御能力を求められるため、かなり高位の魔法使いでないと扱えない。
だというのにルルはこともなげに治癒魔法で治すというのだから、たったそれだけでもかなりの実力者であることが伺える。リリムは自分自身になら使用できるが、他人を治癒することができるほど精密には制御できないらしい。
「治癒魔法が使えるというのは羨ましいな。僕なんかは毒消しとかが旅に必須だからね。どうしても荷物が多くなってしまうんだ。」
とはいっても僕は空間収納が付与された魔道具を持っているので、手に持って移動したり鞄に詰めて持ち歩いたりする必要はない。この空間収納魔法も昔開発されたもので、魔法として使えるのはやはり高位の魔法使いだけだが、鞄や袋に空間収納の魔法を付与した魔道具もあるので、それを使っている人も多い。
容量は物によって様々だが、優れたものだと一軒家丸ごと収納しておくことも可能なくらいの容量を誇る。僕が持っているのはそこまでではないが、それでも小さ目の部屋くらいの容量はある。
「私たちは空間に干渉する魔法と相性が悪いのか、あまり多くの荷物を運ぶことができないので、優れた魔道具を持っているほうが羨ましいですね。着替えや食料を少し入れたら容量いっぱいになってしまいますので。」
リリムは二人の服と食料を、ルルは実験器具や調理器具などを少し持ち歩いているらしい。容量としては結構大きめの鞄くらいしかないとのことで、希少金属などをたまたま見つけた時なんかは持ち運びの食料を減らしているとのことだ。
そのせいで細かく町に寄っていかないといけないとのことなのだが、しばらく何も食べなかったとしても空腹は感じるが、呪いのせいで飢餓状態にまではならないそうだ。一方でどれだけ食べても満腹状態にもならないので、食事は量より質が大事らしい。
「まあ、姉様はその辺で売ってる銅貨数枚の串焼きとかでも満足できるくらい単純ですが。」
「まあ、リリムは何でもいいから甘いもの与えておけば満足するくらい単純だけどね。」
2人がお互いにお互いの事を言い、横目で文句を言っているのを見て思わず笑ってしまった。
三人で雑談しながら雨が止むのを待っているのもいいが、この洞穴が反対側へ通じていれば山頂まで登る必要もなくなるので、この洞穴を調べようと思い奥へ歩き出して少しした辺りで突如甲高い悲鳴のような音が響いてわずかに聞こえてきた。
「今のは・・・子供の悲鳴か!?」
「この洞穴の奥から響いて聞こえてきたようです!響き方からしてかなり奥の方かと・・・」
「急ぎましょう!致命傷さえ負っていなければ救えるかもしれないわ!」
急いで洞穴の奥へと走り出し、悲鳴元を探す。ここは危険な魔物が出てくる山で、子供はもちろん、大人ですら腕に自信のないものは訪れてはいけないとさえ言われている。
だが、子供の無事を祈りつつたどり着いた現場で目にしたものは・・・
涙を流しながら叫んでいる子供と残酷な現実だった。
「父ちゃん・・・!おじちゃん・・・!」
悲痛な子供の声が耳に届く。その視線の先には3メートルほどの熊がおり、異様に発達した右手の爪で2人の男の腹を貫いていた。
一人はまだ体を動かして抵抗しようとしているが、もう一人は腕がだらんと下がっており全く動きがない。
「リリム!熊の腕を切り落として!グラは子供を守って!」
ルルが素早く指示を飛ばすと同時に洞穴が戦闘の影響で崩れ落ちないよう補強の魔法を展開する。既に天井がところどころ崩れている跡も見えており、このまま闘ってしまっては生き埋めになってしまいかねない。
リリムはルルの指示と同時に魔力を右腕に乗せ、鎌鼬の如く魔力の斬撃を飛ばす。飛ばされた斬撃は熊の右腕を切り落とし、もう一度飛ばした斬撃で首を刎ね飛ばした。
ルルが熊へと近づき、本体と切り離された腕が地面に落ちる前に受け止めて素早く爪を腹から引き抜く。そのまま回復魔法を2人纏めて掛けていく。一人は気を失っているものの呼吸もしており問題ないが、もう一人は出血量が多すぎるせいか、助かる見込みがかなり低い。
それでも懸命に治療を続けるルルだが、首を刎ねられ絶命していたはずの熊が残っている左手を振り下ろして襲ってきた。だが、完全に視覚外からの一撃ではあったがその攻撃はリリムによってあっさりと止められていた。
「驚きました。首を刎ねても生きているとは。何者かに操られているのでしょうか。」
振り下ろされる右腕とルルとの間に割って入り、空中で"立ち止まっている"リリムはその一撃を左手で受け止め、同時に右手を振るって魔法陣を展開し始めた。
熊の頭上を覆うように魔法陣が十重二十重に展開され、そこから轟音と共に光が降り注ぎ、光が途切れた時にはすでに熊の姿は跡形も無く消し飛んでいた。
「多少傷つけられた程度なら操ることができても、消し飛ばされてしまえば問題ない・・・ということか。」
「そういうことです。グラさん、子供をこちらへ。」
いつのまにか近くに来ていたリリムに驚きつつ、背中に隠れてしがみついたままの子の方へ顔だけ振り返り確認する。この子も軽傷を負っていたがそれはすでにルルが回復しているので、リリムが回復する必要はない。
だがリリムは子供の額にそっと手を当てると何かの魔法を起動した。
「それは・・・睡眠の魔法か?なるほど、確かにこのまま起きていても心が疲弊していく一方だからね。」
「えぇ。それに、姉様が治療しているどちらが父親なのかは分かりませんが、どちらかを失うことになりそうですので。」
リリムの言葉を聞いてルルの方へ目を向けると、すでに回復の魔法を掛けておらず、地面に布を敷いて二人を寝かせているところだった。
「一人は一名は取り留めたわ。失血が多いから暫くは目を覚まさないだろうけど。もう一人は・・・正直助からないわね・・・。」
襲われた時間差の問題だろうか、あるいはそもそもの生命力の差か。回復魔法もかけすぎてしまうと中毒症状を起こしてしまうので、これ以上は魔法での治療を行うことができないと、俯きながらルルが応えた。
「せめて襲われたのが一人だけだったか、あるいは地面に落ちている血のどれがどっちの血なのか分かれば、まだ手の施しようはあったのだけれどね・・・。」
地面に落ちた血を浄化し、無理やり体内の循環に戻すことで失血を無かったことにする方法もあったらしい。だがそれは、二人の血が混ざってしまっていたり、そもそもどれがどちらの血か分かってなければ不可能なようだ。
「あるいは私たちの誰かが同じ血液因子を持っていれば・・・いえ、仮に持っていたとしても輸血用の器具がありませんね。」
「それに血液因子を調べる方法も分からないわ。」
大半の国ではまだまだ一般的ではないが、他人の血液を他の人へ渡すことで失血死を防ぐ医療方法がある。詳しく知っているわけではないがアガレス王国の王宮医師が輸血に関して学んでおり、器具や輸血用に特殊処理された血液もあると言っていたのを思い出す。
「僕が先攻して王都まで行ってこよう。医者を連れてくれば輸血もできるだろうし、他の治療方法も見つかるかもしれない。」
本来は王族や上位貴族用に用意されているものだろうが、自分ならある程度自由にできると二人に伝えて駆け出そうとした。
だが、すぐにルルに声で制止され、リリムに体を引っ張られて止められてしまった。
「あなた一人で外に出るのは危ないわ。それに、もう・・・」
ルルが静かに首を横に振る。たったそれだけの動作だが、何を伝えたいのかは理解できてしまった。
いいねやレビュー・感想など頂けると非常に励みになります。
一言二言でも頂けるとありがたいので是非ともよろしくお願いいたします。
こちらのURLが元々の作品となっており、ある程度まで進んでいるので続きが気になる方はこちらもご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n2977fk/