38.キセ領での攻防
※以前執筆していた作品の57話を一部加筆修正等加えて再投稿しているものです。
「なんか・・・風が変わった・・・?ちょっと注意してねー。」
シールが並走しているスーレ領の騎士たちに声を掛けている。その声はいつものように呑気な声色をしていたが、表情が固くなっているのが見えたためシールと共に馬車の上に乗り周囲を探ってみる。
「・・・正面に誰かいる!あれは・・・女性?」
進行方向の先の方に、一人で佇んでいる女性が見えたのだが、こんな何もない道中に一人でいるというのは少し違和感がある。
そして、シールの注意喚起から進行速度を落としていた騎士たちもその女性が見えた辺りで止まって対応しようとしてしまった。
結果としてこの判断が悪手となり敵らしき気配に囲まれる位置で立ち止まることになってしまった。
だが騎士たちはこの気配に気が付いていないのか、あるいは目の前に現れた女性に見惚れてしまっているのか完全に周囲警戒を忘れ馬から降りている。
馬車の上から軽くみただけでも判るほど美しい女性が、一人こんなところに立っているという異常さに警戒の表情を崩せないが、騎士の一人がフェロン様と声を掛け近づいていくのが見えた。
「突然申し訳ございません。王女様がこちらを通ると伺ったものですから・・・。せめてご挨拶だけでもと思いまして・・・。」
華奢な見た目に儚げな声にすっかり堕とされてしまっている騎士たちは、馬車の中に隠れているレオナに声を掛けてしまった。
だが、レオナ自身もそれほど警戒していないようで、問題ないと言って馬車から降りる。どうやらこのフェロンという女性はキセ領の新領主らしく、以前何度か顔を合わせたことがあるという。
一応念のためシールを抱え込み隠密の姿隠しの魔法を掛ける。この魔法は触れている相手も共に隠すことが出来るため、姿を隠す術を持たないシールに触れフェロンという女性に存在がバレないようにする。
馬車の上で男が二人待機しているだけでも怪しい上、一人が背中から抱きしめているのだから、端から見れば何をしているのかと怪しまざるを得ない状態だが、幸いにして外にいる者たちは一人もこちらの状態に気が付いていなかった。
「フェロン殿!久しぶりだな。いや申し訳ない、少しばかり事件に巻き込まれてしまいまして、急いで王城へと戻らなければならなかったから素通りすることになってしまったんだ。」
「いえこちらこそ、王女様にこのような苦労を掛けてしまい面目ございません。・・・そのままどこかの国へ売り飛ばされてしまえば死なずにすんだのですから・・・。」
そういってフェロンが微笑んだ瞬間、馬や騎士たちの悲鳴が聞こえ、目を向ければ巨大な何かに飲み込まれ姿を消していた。
「なっ!?フェロン殿!?これは一体・・・!?」
「ご安心ください。彼らはスーレ領へと送り返すだけです。彼らは・・・ね。」
驚き固まってしまったレオナに向かって、何者かがものすごい速度で近づいていくのを感じた。そして姿を現しレオナをかみ砕こうとしたそれは、間一髪のところでリリムがレオナを救いだし、元いた場所は地面がえぐりとられていた。
現れたのは白蛇の魔物だろうか?3メートルほどの大きさに鋭い牙を光らせ、その牙から毒のような液体が滴っている。だが、魔物というには様子がおかしい。
「これは・・・蛇・・・?なぜこんな魔物が・・・。フェロン殿!早く逃げてください!」
リリムに抱えられたレオナが叫ぶが、フェロンは怪しく笑うと蛇に近づき体を撫で始めた。
「ご心配なくレオナ様。この蛇たちは私の使い魔ですから、私に害を成すことはありませんわ。それよりお仲間のことを案じたほうがよいかと思いますよ。ほら、馬車が襲われてしまいますわ。」
そう言った瞬間、馬車の真下の地面からさらに大きな黒蛇が襲い掛かってきて、馬車を一噛みし破壊した。シールが咄嗟に空へと逃げだし、それに捕まる形で自分も回避することが出来たが、馬車の中にはまだ四人残っていた。
完全に気配のない一撃であった。周囲の警戒は怠らず、事実周りを囲っているであろう見えない蛇の気配はしっかり掴んでいた。だがそれが囮となっていたのか、この蛇の一撃に気が付くことが出来なかった。
「いや、まあ私も気が付かなかったし、仕方ないんじゃないかしら?あの人もこの蛇たちも、かなり上級の相手よ。」
「私もだ。ルルの動きに反射的についていったのが幸いした。」
シールもそれなりに高く飛んでおり、回りの木々などより遥かに高い位置にいたのだが、さらにその上から声を掛けられ驚きのあまり落ちかけてしまう。
どうやら蛇が攻撃を仕掛けてきた瞬間にルルとノエル様が、アルルとセインを抱え外に飛び出し、シールが上へ逃げたのを見て自分たちもそちらへ来たらしい。
現在地上にはレオナとリリムだけ残っており、そしてそれを囲うように無数の蛇が姿を現し、その囲いの外にフェロンと白と黒の蛇がそれぞれ佇んでいた。
「何故・・・何故このようなことを・・・」
「何故?そうですね・・・。あえてこの感情を言うならば嫉妬でしょうか?ふふ・・・不思議なことでもないでしょう。王子の婚約者になりたい女性なんて星の数ほどいるのですから。そして私もその一人というだけのことです。本当なら、あなたはせいぜいどこかの貴族の慰み者になる程度だったのですが、どうやって助かったのやら今こうして王城へ戻ろうとしてしまっているのですから。」
だから、あなたを殺すだけと告げ、蛇たちが一斉に襲いかかる。だがどれほど上級と言ってもリリムの足元にも及ばない。襲い掛かる蛇を光の魔法で一掃した後白蛇へと襲い掛かる。
魔力を乗せて放たれた左足の斬撃は、防御どころか反応する隙すら与えず白蛇の首を刎ね飛ばした。同時にルルの放った炎弾が黒蛇の方にも襲い掛かっており、炎の柱となって黒蛇を業火で焼き尽くしていた。
使い魔は絶命した際にその姿を消失させる特徴があるらしく、黒蛇も白蛇も一瞬で姿を消すことになった。
「これは・・・これほどの護衛がいるというのは計算外でしたわ。あわよくばここで終わらせようと思っていたのですが、まさか一瞬で負けるとは・・・。ですがまあいいでしょう。"あなたたちの力、頂きましたわ"」
リリムの方を向き怪しげな笑みを零し、上空にいるこちらへ向かって何かを呟いた後フェロンも姿を消した。リリムが倒したわけではないのでおそらく元から幻影の類だったのだろう。念のため気配を追跡してみたが途中で巻かれてしまった。
「レオナ様!ご無事ですか!?」
アルルとセインが地上へ降りた後すぐさまレオナに駆け付けて声を掛けている。外傷は特に負っていないが多少なりと友好的な関係を築けていた相手に命を狙われたという事実が、未だに彼女を混乱させているようだった。
「キセ領が敵だとわかった以上、ここに長居は出来ないわね。進むにしても戻るにしても同じくらいの距離だし、無理やり駆け抜けたほうがいいわね。」
地図を見ながらそう判断するルルの言葉を聞き、以前スフラへ向かった時のようにルルとリリムが残りの人を抱えて一気に王城を目指すことになる。だがその言葉を聞いてアルルとセインが立ち上がった。
「それなら、私たちにお任せください!私たちが変身して皆さんをお運びします!」
そう言ってセインが天馬の姿に、アルルが大型犬の姿へと変身した。背中に乗って空を翔けていくとのことだが、天馬はもちろん、空を飛べる犬など聞いたことが無いし、そんな目立つことをして平気なのだろうか?
「私は空を飛ぶ魔法だけは使えるんです!セインと追っかけっこするために覚えたんだけど、こんなこと役に立つとは思ってなかったです。それに王都の人たちなら私たちのことを知ってる人も多いですし、多分大丈夫です!」
「問題は、私が三人、アルルが二人までなら運べるのですが・・・ただ、あの・・・一人だけ・・・その・・・。」
「ん?あぁ、僕は大丈夫だよ。自分で飛べるし、セインの負担を減らすためにもリリムは僕が運んであげるよ!」
そう言ってリリムの胸を鷲掴み持ちあげようとしたところでリリム渾身の拳骨が入り、結局はセインの背にレオナとルルが、アルルの背中にノエル様とリリムが乗り、僕がシールに抱えられながら王城を目指すことになった。
なんか・・・僕だけ怖い抱えられ方をしているんだが?シールの両腕は僕の腰回りを支えるには少し短く、安定しているはずなのに心理的にとても不安定に感じていた。
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