29.星空の航海
※以前執筆していた作品の45話を一部加筆修正等加えて再投稿しているものです。
「月灯りの下、星空を見上げながらの船旅というのもいいものだな。」
船内からわざわざ椅子を持ってきて、ノエル様が甲板に出てきたノエル様がそう言いながら座る。
暖かい季節になってきたとはいえ、夜は冷え込むこともあるしここは海上だ。できることなら風邪を引く前に中に入って欲しいのだが、それを言ったところで聞くような雰囲気でもない。
船上での見張りは僕とシールが交代交代で行うつもりだったのだが、結局全員が椅子を持って出てきてしまったので毛布を渡して全員座ることにした。
だがシールは持ってきた椅子には座らずに毛布を敷いて寝転がってしまた。本人曰くこの方が楽だということなのだが、何かがおかしい気がする。
毛布は浮いているような気がするし、その高さが丁度リリムの膝の辺りに視線が行くくらいの高さになっている。
リリムはリリムで何故か毛布をシールに掛けてあげており、一人だけ何も掛けずに椅子に座っている。
既にここにいる全員がシールの目的を理解しているが、何故か誰一人として何かを言うこともなく受け入れている。
それもそのはずで、リリムはスカートの中に暗転の魔法を掛けているためどれだけ覗こうとしても何も見えないからだ。
「グラっち~・・・僕に隠密の魔法を教えてくれ~・・・」
「教えてもいいけど、僕が教えた程度じゃ目的は達成できないと思うけどな。」
「ちくしょー!!」
突然騒ぎだして、声とは裏腹に優しい手つきでリリムのスカートをめくりあげて残念そうにしているシールを、残念な子を見るような視線で見ている残りの人たちという不思議な構図になっている。
「・・・ふむ。グラさんはやはり見えているのでしょうか?それともシール君と同じく妄想でもしているとか?」
うっかりシールと同じところに視線を固定しているのがバレてしまい、ノエル様とルルに揶揄われてしまったが、暗転の魔法に興味があるだけといって誤魔化しておいた。
多分誤魔化せたと思う。きっと。
「まあ、グラセナも男の子だからな。興味があるお年頃なのだろう。」
「そうね。興味があるのも頷けるわね。」
あえて何に興味があるのかを名言しないあたり、やっぱりバレているのかもしれないけど、絶対視力のことまでは気づかれていない。
隠密系統の中でも最上級の一種である絶対視力のおかげで、暗転の魔法を無視してちゃんと見えているのだけど、表情にも態度にも出していないので平気なはずだ。
「ふふっ。星の位置からしてもちゃんと東に向かっているし、問題なさそうね。ねぇグラ?」
ルルが神話の地図を広げながらこちらへと椅子を近づけてくる。視線とか話題とかを無理やりずらすために話しかけられたようにも感じるが、気のせいということにしておく。
レゾンの町からまっすぐ東に向かうことでウアル連合国のある大陸へと到達できるため、定期的に位置を確認するようにしている。
海図も羅針盤も無い状態での航海だが、星の位置である程度の方角がわかるとのことで、ルルを頼りに進行方向を決めている。
そして、神話の地図には地図の現在位置を示す点が表示されており、赤い点がしっかりと海上に表示されている。その点が少しずつ東の方向に進んでいるためこちらでも確認することができる。
日中は星が見えないためどうしようかと思っていたが、地図には魔霧海域と呼ばれる魔力濃度が異常に高い海域も表示されているし、何となくどちらの方角が魔霧領域かも感じるため、近づく心配もなさそうだ。
「エリアスが言っていたのだけれど、魔霧領域の辺りには結構大きめの岩礁があるらしいわ。この地図にも映るくらい大きいから、船の一隻や二隻沈められてしまってもおかしくないわね。」
元々ただでさえ霧が深い海域だったのに、そこに大小さまざまな岩礁が生み出すおかしな海流も合わさってとても危険な海域になってしまったようだ。
また、魔力濃度が高いせいで出現する魔物も強い個体が多く、さすがにルルたちにとっては脅威になり得ないらしいが、海の中から奇襲されることもあるので注意が必要とのことだ。
「グラセナ、魔力濃度が高くなった原因は何なのか知っているか?エレナが言うには昔、大量の魔石を積んだ商船があの辺りで大破して海底に影響を与えたらしい。その影響で、海底火山が噴火したのも関係あるらしいがそこまでは調査書に残ってなかったそうだ。」
母上はたまに禁書庫に入って読書をしているらしく、その時に魔霧海域を調査したらしき報告書を見つけたようだ。
「もしかして、あの遺跡を作った人が調査していたんじゃない?」
「時代が違う気がしますけどね。船や航海技術が発達したのはそこまで昔ではないはずですし、魔石が商品として扱われ始めたのも魔道具が普及してからなので、数百年前程度だったと思います。」
「魔霧海域となる前から何かがあった可能性はあるわね。それを調べていたのだとしたら、もしかしたら神話の遺跡でもあるかもしれないわ。」
もし本当に神話の遺跡があるのなら何とか調査をして危険性だけでも調べておきたいが、残念ながらアガレス王国にそこまでできるほどの技術は無い。
「まあアガレス王国としては別に調査する必要もないからな。スフラの町の漁師たちに被害が出ているわけでも無いから、わざわざ危険を冒す理由もない。」
ウアル連合国の商船は技術が発達していることもあり、魔霧領域を通ること自体は可能であるためスフラの町に真っすぐくることができる。
頑丈な船に海流を全く気にせず進むことができるほど優秀な推進器を乗せているため、無理やり進んでくることができる。
問題があるとすれば慣れてない人が乗っていた場合、魔力酔いを起こしたりして体調不良に陥るという程度だ。
「ちゃんと魔霧海域の北側を大きく離れて進めてるし、今回は気にしなくていいだろうね。それより、向こうに着いてからそれなりに自由にできる時間があるけど、三人はどこか行きたいところはあるかい?」
僕やノエル様はさすがに出歩けないが、護衛として雇っている三人は王城まで乗る様を送り届けた後は帰りの時まで自由にできる。
「私としては、ウアル連合国のアカーシャ領へと訪れたいですね。」
真っ先に行きたい場所を宣言したリリムの方を見ると、いつもより目が輝いていた。
アカーシャ領は蜂蜜が名産の土地として世界的にも有名だから、甘いものに目が無いリリムとしては是が非でも訪れたいのだろう。
「うーん・・・アカーシャ領はウアル連合国の中でもかなり東端の方だから難しいかもなぁ・・・。」
「終わりです。グラさんは持ち上げて落とす天才でした。いえ、護衛はシール君一人いれば問題ないでしょうから、私は姉様と共に・・・」
「私は霧の里に行きたいわね。かなり南側のほうだし、アカーシャ領に行く暇は無いわね。」
ルルにも見放されてリリムが残念そうに落ち込んでいるが、別に行きたいのであれば行ってもいいと思う。
だがリリムはリリムで義理堅いというか、真面目というか、しっかり帰りも護衛することを考えているらしい。
「霧の里っていうと、霧の竜神所縁の里だよね?グラっちにとっても良さげだし行けたら行きたいね。」
相変わらずシールは視線を一か所に固定してはいるがちゃんと全員の話を聞いているようで、霧の里に行くことは賛成らしい。
霧の竜神とは隠密系の魔法を極めた竜神で、歴史上でも殆どいない隠密魔法を極めた存在であるため興味はあるが、国情を考えれば少し訪れる程度ならまだしも、修行をしたりする余裕はないだろう。
それにシトリ教国のことも気がかりだ。建築技術がそこまで優れているわけでもないシトリ教国が、あれだけの砦を建てるにはかなりの時間が必要なはずだ。
つまり、ずっと前からあの砦を建てる計画を立てていたということにもなるし、その目的も不穏であるため早めに調べておきたい。
「国へ戻ったら一度アルマを視察に向かわせる。下手に探るよりかは正面から堂々と向かわせた方が刺激せずに済むだろうからな。」
確かに兄上が勉学のために視察に向かうと言えば、一応敵対もしていないシトリ教国としては断り辛いだろう。それでも断られそうな気もするが。
「そういうわけだから、グラセナはすぐに戻る必要なないぞ。お前はお前のやりたいことをやればいい。」
「僕のやりたい事・・・」
僕は何がしたいのだろうか。ルルたちについていって勉強したいという気持ちもあるし、国が危うい状況だから早めに戻りたいという気持ちもある。
「悩める若者に一つだけいいこと伝えてあげようじゃないか。僕はグラっちの味方するからね。それなりに頼っていいよ。」
何をするにしても必ず助けになると宣言してくれたシールの方を見ると、今度はリリムの上着を脱がそうとしており発言と行動が全く別すぎて最早恐怖すら感じる。
リリムはリリムで全く気にした様子もなくシールに服を脱がされているのだが、ちゃんと暗転の魔法を掛けているので結局シールには何も見えないようだ。
「・・・何故リリムはシール殿の成すがままにやられているんだ?」
「それはもちろんシール君を揶揄うためですね。まあ一応私からの報酬ということにしてます。シール君が頑張ってくれないとこの船は動きませんから。」
「そう、これは報酬なのだ!そして紳士である僕はちゃんとリリムの体に触れないように服を脱がすという技術を身に着けているのだ!」
本当に紳士ならそもそも人の服を脱がすなんてことしないと思うけど、まあ僕がそれを指摘することは少なくともこの場ではないだろう。
「やっぱりグラ見えてるでしょ・・・?」
ルルの疑問は取り合えず無視しておいた。
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