26.砂糖の町より甘い夜
※以前執筆していた作品の42話を一部加筆修正等加えて再投稿しているものです。
「女三人寄ればなんとなら・・・お隣は楽しそうですなぁグラっち。」
リュフカの町で一泊するために三人部屋を二つ用意してもらい、僕とシール、ノエル様とルルとリリムの男女で分かれて部屋で休んでいる。
隣の部屋からは特に声は聞こえてこないが、盗聴防止の魔法を展開しているというわけではなく単に壁が厚いのと大声で話していないだけだろう。
「向こうに混ざりたいなら挑戦してみたらどうだ?色々と保証はしないけど。」
「ん~・・・別にグラっちが嫌って訳でもないしこのままでもいいんだけど、同じ部屋に女の子がいたら・・・ドキドキするじゃん?」
気持ちは分からなくもないし、正直向こうの三人は気にしなさそうではある。だからと言って僕は余計なことをして無駄に怪我をしたくないので行くなら一人で行って欲しい。
「枯れてるなぁグラっち。女の子と二人きりで同じ部屋で寝るのは男の夢じゃん?・・・いや待てよ・・・グラっちが女装してくれれば実質夢が叶う・・・?」
「おやすみ。」
「あぁ~ん、冷たい~。」
体をくねらせながら気色悪い声を出してくるシールには、とてもじゃないが付き合ってられないのでさっさと眠りにつくことにする。
レゾンの町で何も起こってなければ良いのだが、何か事件が起きていれば結婚式に向かうどころの話じゃなくなる。
「そんな張りつめても予定を変えることができない以上どうしようもないんじゃない?とりあえずルル姉とリリムにお願いすれば大抵なんとかなるし、肩の力を抜いたほうがいいと思うよ。僕も頑張るし。」
年長者たちに任せなさいと言ってベッドに潜るシールは、見た目的にはどうみても年下にしか見えないが、僕の十倍以上は軽く生きているというのだから不思議な光景だ。
「まぁ・・・シールのいう通りだな。今ここであれこれ考えても仕方ないし、明日の夜無事に出航できることを祈るか。」
「古今東西女三人集まれば恋話をするものだとエレナに聞いたことがある。というわけでルル。グラセナとの子はいつ産む予定だ?」
「ぶふぅっ!?」
ノエルの突飛な発言におもわず飲んでいた蜂蜜牛乳を噴き出してしまった。こういう場でする恋話にしては議題が重すぎないだろうか?
私も詳しいわけではないから何とも言えないけど、普通は誰が好きとか、こういう人と恋人になりたい、みたいな話をするものだと思う。
「グラには確かに好意を抱いているけれど・・・ノエルが期待しているような感情は私には無いし、グラも抱いてないと思うわ。それに、この呪いは体の異変を修正するものだから・・・たぶん、そういった行為をしたとしても子を成すことは無いと思う。」
こればっかりは私もリリムも経験が無いし、気軽に試す気にもならなかったのでわからないことだらけだ。案外その辺は融通が利くのかもしれないし、そうではないかもしれない。
「そうか。だが子はともかく、恋人になりたいとかは無いのか?」
「私はグラに対して恋心を抱いているわけでは・・・無いと思う。見た目は確かに爽やかで、どこか少し影があって、細見の割にしっかりと鍛え抜かれた体は頼りがいがありそうだし、王族としての責任感も高いし、一緒に旅をしていて心地よくは感じるけど・・・どこまでいっても彼への好意には理屈が並んでしまうわ。恋というのは、そういった理屈で決めるようなものではないと思うわ。」
正直、見た目も性格も確かに好みではある。エレナが私の記憶を盗った時に私の好みを知って、わざとこうなるように育てたかと疑いたくなるくらいに。
だけど私は人であって人でない。自分が何者なのかも分かっていないのに気軽に他人の人生を背負うことなんてできるわけがない。
「そうか・・・。私としては、あれほど他人に対して砕けているグラセナを見るのは初めてだったからな。・・・ずっと辛い思いをさせてしまっていたようだし、可能な限り幸せになって欲しいんだ。グラセナは私にとっても大切な息子だからな。」
直接的な血のつながりは無くとも、幼い頃がずっと一緒に育ててきたから、アルマもグラも、二人ともノエルとエレナの息子だという。
光と影のように、表と裏のように、アルマが第一王子として、将来国を背負う者として教育されてきた中で、グラは一部の貴族にだけだが予備として扱われてきたらしい。
ただでさえ適正が裏で生きる者のようだというのに、幼い頃から心無い大人にそのように扱われてしまったら、ノエルたちが一生懸命愛を伝えてもどこか歪な心に育ってしまったのだろう。
「まぁその辺りは本人の問題だから、味方にはなるが余計な口出しはしないつもりだ。それより、リリムはどうなんだ?」
「あっ・・・それは・・・」
しまった。私への質問が終わったら当然次はリリムにいくに決まっているのに、何故私はこの話題を強制終了させなかったのだろうかと後悔する。
「大丈夫ですよ姉様。さすがに、もう大丈夫です。」
そういって笑うリリムが一度深く呼吸をし、ゆっくりと話し出す。リリムの心がまだ"人"であった時代の話を。
「別に、大した話ではないのです。ずっと昔、私はとある殿方に恋慕の思いを抱いていました。ですが、この身のせいで失恋したというだけのことです。」
そんな簡単な説明で終わるような話ではない。深く愛していた男が、リリムの体のことを知った途端に魔女だ悪魔だと騒ぎだし、集落を追い出され討伐部隊まで組まれて命を狙われ続けた。
そうして愛していた男に、信じていた村人に裏切られ、絶望し・・・リリムは壊れた。
「あの時代に私に近づく者は、私の命を狙う者だけでしたからね。姉様にも迷惑を掛けました。」
人に絶望し、厄災の如く死を振りまいてしまっていたリリムは、一時期賞金首として高額な懸賞金を掛けられるほどだった。
私は当時研究室に引きこもっておりリリムとは離れて暮らしていたせいで、気が付くのが遅れてしまった。
あの時何故近くにいてあげることをしなかったのか、どうしてもっと外の情勢に耳を傾けなかったのか・・・何度でも救い守ると誓ったのにそれができなかったことが、私の人生の中で一番の後悔だ。
「それは・・・すまない。気軽に聞いていい話ではなかったな。」
「構いません。もう・・・千年以上前の話ですから。」
あの時、どうにかリリムを救うことはできたけど、心が治ってから私も含めてあらゆる人と一定の距離を保つようになってしまった。同じ過ちを繰り返さないために、二度と災厄とならないように、言葉遣いも変えて厳しく己を律するようになった。
だが同時に、離別に対して誰よりも恐怖を抱くようになってしまったようにも見える。大切な人を失うことを、一人になってしまうことを極端に嫌うようになり、常に誰かと一緒にいようとするようになった。
それなのに心を開くことができず、自分からは近づくことも離れることもできずにただ手を伸ばして待つことしかできないようになってしまい、その手は誰にも繋がらず、ただひたすら虚空を掴んでいた。
「エレナが・・・私に対して極端に近い距離にいようとするのは、姉様の記憶を転写した際にその辺りの事情を概ね把握したからでしょう。それに、シール君も私の過去をしっているので、近づいてきてくれるのだと思います。」
正直な所、エレナやシール君の存在はリリムにとってもの凄く良い影響を与えてくれている。数百年前にシール君に出会って以来、リリムは少しずつ昔のように戻ってきているし、一人で買い物に行ったりすることなんて絶対に出来なかったのに、今では砂糖畑の前で一日中惚けていられるほど心に余裕ができている。
「あの二人の距離感は、そういった過去など関係なく苦手ではありますが、それでも感謝しています。今はまだシール君の私に対する感情は、強者への憧れが強いと思いますが、もし彼が本気で私を求めてきたり、あるいは私よりも強くなったのなら・・・この身を捧げたいと思うほどには・・・」
仮にシール君が別の人と結ばれるようになったら、それならそれで構わないと、純粋に彼の幸せを願うだけだと、言い切るリリムは確かに以前のような心の弱さは見えない。
「まぁ、暫くはいたいけな少年を弄んで楽しむつもりなので、グラさんもシール君も揶揄って遊びますけどね。」
ニヤリと笑って悪い事を言い出すリリムを見て、ノエルも緊張を解き溜息をつきながら苦笑いしている。
「シール殿は分からんが、グラセナはあれで結構スケベだからな。揶揄いすぎると逆襲されるぞ。さて、そろそろ寝るとするか。」
「おや?まだ話は終わっていませんよ。次はあなたの番ですよノエル。」
グラが結構スケベだという話も気になるが、それは追々確かめるとして、一人だけ何も話さずに逃げようとするノエルを捕まえて椅子に戻させる。
私も彼女たちのことには興味がある。どれほど長く生きていても、いつの時代も他人の惚気話は聞いていてとても楽しいからだ。
「私とエレナと陛下・・・グラッセオは元々幼馴染でな。体も弱く、"神官"でもあるグラッセオのことを、私とエレナで守ってやるんだとよく話をしていた。恋をして結ばれたというより、元々ずっと三人で生きていこうという感じでな。グラッセオが王位を継いだ時に一緒に結ばれた。」
「ん?待って・・・神官?神官というと神に仕えているという、教会でお祈りを捧げているような人たちのこと?」
観念して話し出すノエルの話を聞いて、面白そうな話が沢山聞けると思ったのだが、それ以上に聞き流せない言葉があったので一度中断させてしまった。
アガレス国王とはまだ数回しか会っていないが、その見た目は歴戦の戦士という雰囲気を醸し出していたはずだし、神官というのはどちらかと言えばエレナのほうが雰囲気は近いかもしれない。
「あぁそうだ。とても神官には見えないだろう?まぁ正確には神官見習いといったところだけどな。この国は王族だろうと貴族だろうと、王位や家を継ぐまでは別の職に就いて、一人のアガレスの民として働く風習があるんだ。大抵は騎士や文官になるんだけどな。」
アガレス国王は子供心ながら女性二人に守られているような状態で国王になどなれるはずがないと、体を鍛え続けたらしい。
子供の頃のまま大きくなったら今のグラから筋肉を取り外したような、儚げな男性になっただろうと言われて驚愕した。
「グラッセオは回復魔法の適正があってな。体を鍛えては回復魔法で自己治癒をして、鍛えては自己治癒をして・・・と繰り返した結果、気が付いたらとんでもなく猛々しい男になっていたんだ。」
そして、最年少で騎士軍将となっていたノエルと、若くして魔法神と呼ばれていたエレナと結ばれたのだが、どちらが王妃になるかで揉めたらしく、結局じゃんけんで負けたノエルが王妃に、エレナが妾という立場に納まったらしい。
「私と少しでも長い時間一緒にいたいからという理由で、私を宰相にまでしてきたり、いつでもエレナに会いたいからという理由で転移魔法も覚えて自室と離宮を自由に行き来できるようになったりと、猛々しい見た目の割に女々しいが、女々しいわりにやりたい放題やっているよあいつは。」
そんな仲良しな間柄ならもっと子供がいてもおかしくないような気がするが、聞いてみたところどうやら二人ほぼ同時期に子を成した結果、一年近く我慢しなければならなかったのが辛くかったらしい。
そのためエレナが避妊の魔法を開発し、以来憂いることなく楽しんでいるのだとか。多少の疲労も魔法で回復できてしまうため業務にも支障はなく、日々活力に満ちた姿は多くの者から絶大な支持を得ているらしい。
「私たちはずっと三人で生きてきたからな。そしてこれからも三人で生きていく。その気持ちに嘘偽りなどないから、色々と納まるところに納まってしまえば、後は気楽ではあったな。」
その後も調子づいてきたノエルは、次々に壮絶な話を長々とし始めた。どういう腰使いをすれば気持ちいいだとか、どこを舐めれば興奮するだとか、・・・こういった話をする辺りは、ノエルもアガレス王国の王族なんだなと感じる。
酷い偏見かもしれないし偶々この世代がそうというだけかもしれないが、知り合いの王族だとかは大抵似たような変人ばかりなので、何となく受け入れてしまう。
グラだけはどうかこんな人たちに染まることなくいて欲しい・・・というより、グラが過少評価しているのは自分が常識人であるが故に王族らしくないと感じているからではないだろうか・・・?
なお、ノエルとエレナだけで致したこともあるらしく、その話はリリムが興味深そうに聞き入っており、時々こちらを見て何かを試そうかという目をギラギラとさせていた。
・・・今日から違うベッドで寝ようかしら。
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