1.地下牢での出会い 始まりの朝
※以前執筆していた作品の1話~2話を一部加筆修正等加えて再投稿しているものです。
こちらのURLが元々の作品となっており、ある程度まで進んでいるので続きが気になる方はこちらもご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n2977fk/
「少しばかり・・・浮かれすぎていましたね・・・。」
誰に言うでもなく呟いた一言は、町の喧騒と風の音にかき消されていった。
何かの祭りなのか、あるいは普段からこの賑やかさなのかは分からないが、初めて訪れた町に屋台が並び、あちらこちらから楽し気な声が聞こえてきてしまっては浮足だつのも仕方がないというものだ。
自身も例にもれず好き勝手に食べ歩きをしていたのだが、姉妹で訪れたこの町で、妹のリリムはいつしか一人で歩いていた。
「姉様のことだ。どこかの屋台に心を惹かれていったに違いない。肉や魚を出している屋台を巡っていけばいいか。」
甘味が好きなリリムに対して、肉や魚が好きな姉のルルを探すには通常であれば魔力検知などの魔法でも使えばいいのだが、姉は普段から完璧な対策をしているため基本的に目視で探す以外ない。
身の危険は特に心配していないが、いかんせんルルは食に対しての財布の紐が緩すぎる。
早く見つけて手綱を引かないと旅の資金まで気にせず使い果たしてしまう。
目指す場所すら分からぬ旅路、強靭な肉体を持っているから、歩いたり飛んだりしながらの旅でも問題ないが、せっかくなら町と町を繋ぐ馬車便や大陸同士を行き来する船などに乗って旅をするためにも、懐事情くらいは余裕を持っておきたい。
首元まで伸びている金色の髪をなびかせながら、リリムは人にぶつからぬよう屋根の上を翔けつつ行方不明のルルを探している。
「ここは・・・どこかしら?」
辺りは暗闇。しかしながら何も見えないというほどではなく、一先ず牢屋らしきところに入れられていること、空気の重さや肌で感じる気配から地下牢のような場所に入れられているのだろう。
両手両足には枷が付けられており、それが鎖と共に石壁へ繋がれている。首元は見えないが、身に着けた覚えのない首輪のようなものが付けられているのを感じる。
妹のリリムと同じく金色の髪は腰まで伸ばしており、宝石のような薄紅色の瞳を宿したルルは誰が見ても貴族の令嬢のようで、当然のごとく人さらいの対象となって捕らえられていた。
「まぁ・・・この程度のことなら全く問題にならないのだけど・・・。それより、あなたも捕まっているのかしら?捕まるような実力の持ち主には見えないけど。」
向かいの壁に寄りかかるように立っている男の足元には、すでに外されている枷が無造作に落ちている。
一人だけならすぐにでも脱出できるのだろうが、こうしてルルが目覚めるまで待っていたようだ。
「それはお互い様じゃないかな。君もかなりの実力者だと思うのだけど。まぁだからこそ、君が攫われそうになったところに、女性に変装して出て行って一緒に捕まったんだけどね。」
本当にただの令嬢であるなら即救出したが、一見して只者ではないと感じ取ったため自身の請け負っている任務のために利用したらしい。
「僕達を攫ったのはドランツという人攫いや人身売買を行っている組織だ。僕はとある方からの命令でこの件を追っていたんだけど、丁度よく潜入出来そうだったから一緒に攫われて奴らの拠点に案内してもらったんだ。」
「女装してという割には普通の男性の恰好ね。幻影術・・・認識阻害・・・けどどちらも触れられたら気づかれる・・・変身の魔法は肉体を変えることは出来ても服装までは変えられない・・・。」
ブツブツと呟きながら答えを探るルルを見て少し引き気味になっているが、その男はあっさりと答えを話す。
「確かに幻影術も認識阻害の魔法も触れられたら気づかれる可能性が高い。けど、攫ったやつらはそもそも僕を女性だと思っていたから、多少背は高くても華奢な体をしている僕に触れたところで気づきはしないさ。ましてや人攫いの実行者になるような下っ端にはね。」
「なるほど・・・そういうものなのね。私にはあなたの体はしっかりと鍛え抜かれた肉体に見えるけど、この辺りではそれが普通なのかしら。」
この国には初めて来たというのと、様々な種族を見てきたルルは逆に一般的な価値観・見識を持ち合わせていない。多少突飛な事や人がいたとしても”そういうこともある”で済ませてしまうため、男の話も軽く受け入れて流してしまう。
「ところで、僕はそろそろこの牢屋を抜け出して上にいる連中を捕まえに行こうと思うのだけど、君はどうする?一応その枷は全部外してあげるけど・・・」
男が質問してきたことで、自分の現状を思い出した。初めて来た町でお祭りのように屋台が並んでいたため、とりあえず片っ端から食べ歩いていたのだが、お酒も大量に飲み気分よくなりながら広場外れで休んでいるうちに眠ってしまい、気が付いたらここへ連れてこられていた。
「そうね・・・あと5分くらい待ったほうがいいと思うわ。今上へ出ていったら巻き込まれるわよ?」
石壁を魔法でくり抜き手足が自由になった所で順番に枷を外していくルルを、男は怪訝な目で見つめていたが、丁度すべての枷を外し終えた時にそこそこ大きな振動と爆発音、男女混じった幾人かの悲鳴が聞こえてきた。
「姉様、助けに参りました。出口はこちらです。」
牢屋を出ようとした時に丁度よく妹のリリムが地下牢へ入ってきており、見張りを蹴散らしながら牢屋を片っ端から切り裂いてきた。
他にも何人か捕まっていた人がいたようで、凡その事情を把握したリリムは一応救出する意志はあるということを見せるために、手刀で鉄格子を切り裂いて逃げ出すことが出来る状態にしていた。
リリムの案内で地下牢から上がるとすでに夕日が沈みかけていた。
「暗闇に慣れてしまっていたから夕日が眩しいわね。それとリリム。私は何とかって組織に捕まって地下牢に入れられていたのだけど・・・ここは地上から直接入る地下牢だったのかしら?」
町外れの”広場”は辺りが焦げ付いていたり、木の破片や鉄の破片が少し散らばっているが、自分たちが出てきた出入口以外は特に何もなかった。
「いいえ。先ほどまでは2階建ての屋敷がありました。姉様が地下にいることは目撃者の証言や気配で分かったのですが、地下への入り口がどこにあるのか分からず、探すのも手間だったので消し飛ばしました。」
淡々と答えるリリムと欠伸をしながら聞いているルルの後ろで、ともに地下牢から出てきた男は茫然としていた。
「おかしいな・・・なんというか・・・どこから突っ込めばいいんだろうか・・・」
男は少なくない死線を幾度も超えてきており、若輩ながらにそこそこ経験豊富だと自負していたが、目の前の惨劇を理解し受け入れることを脳が拒んでいるように感じた。
「とりあえず・・・この屋敷にいた人たちはどうなったか教えてほしいんだけど・・・」
自身と同じくらいの身長をした、共に捕まっていた女性と瓜二つな女性に声をかけ、少しでも現状を把握しようと試みる。今回請け負った任務は人攫い組織の調査、首謀者の捕縛と被害者の保護。地下牢に捕まっていた被害者は全員枷を外してあげて一緒に地上へ上がってきたが、屋敷内でも捕まった人が奴隷のように働かされていると調査で分かっている。組織の人間は最悪殲滅しましたで問題ないが、被害者の方まで消し飛びましたでは洒落にならない。
「屋敷内にいた人たちは全員警備所へ運びました。私に対して敵意を見せてきた者は全員気絶させて捕縛し、そうでない人はそのまま運び入れてあります。容態が芳しくない方も数名いたので、あちらで休んでいただいています。」
そういって木の陰になっている方へ目を向けると、確かに5人ほど休んでいるようにも見える。どうやら先ほどの悲鳴は彼らのものだったのだろう。
「あー・・・とりあえず、彼らの回復を行わないとな・・・。すまないが君たちにも話を聞きたいから少しばかり待って・・・」
男が木の陰に隠れている人たちに回復魔法を掛けつつ話しかけていたが、既に姉妹はこの場から去っていた。
翌日
「昨日捕まっていた所の人たちは、ずいぶんと悪名高い人たちだったみたいね。」
リリムが朝食を持ってくるのを待っている間、宿においてあった瓦版を流し見しながらグランツファミリーの悪事を確認していく。
以前から悪事を働いていたこの組織は、下っ端を捕らえる事はあれど幹部やグランツ本人を捕らえたり、拠点を掴むことは出来なかったらしい。
それでも昨日一緒に捕まっていた男が来てからは、ものの数日で逮捕まで行った。この町の騎士や警備の者たちが無能かは分からないが、あの男-瓦版には王都の騎士と書かれている-は結構優秀なのだろう。
瓦版にはグランツファミリーの屋敷が突然消し飛んだとだけ書かれている。さすがにアレがたった一人の女性が引き起こした現象だとは分からなかったようだ。
捕まっていた人や組織の人たちへの事情聴取でも、気が付いたら"静かな轟音"と共に屋敷が消えていたとしか答えを拾えていないらしい。
他にもいくつか記事はあったが、それらを確認する前にリリムが朝食を持って戻ってきたので瓦版を元の場所に戻して朝食を受け取る。
「お待たせいたしました。こちらが姉様の分です。それと先ほどグラという男性が訪ねてきました。昨日姉様と共にいた方です。朝食後で構わないので後ほど警騎士所へ来てほしいとのことです。」
「まぁ、そうよね。あれだけのことをしたのだから、説明というか、多少の質問に答えるくらいのことはしてあげたほうがいいわね。」
一応私は被害者ではあるけど、特に体に異常があるわけでもなかったので、あの後気にせず帰ってしまったのだが、冷静に考えてみたらあれほどの事は一般的な現象とは言えないんじゃないかと思っていたので、むしろ向こうから声をかけてくれたのはありがたいのかもしれない。
この町には王都へ行く前に腹ごしらえ程度の気持ちで立ち寄っただけで、特別急ぎの旅というわけでもないので彼の呼び出しに応えることにした。
いいねやレビュー・感想など頂けると非常に励みになります。
一言二言でも頂けるとありがたいので是非ともよろしくお願いいたします。




