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彼女の声は小さかった

作者: 鷹弘

 我々は今、テレビで、ラジオで、その会場で、スマートフォンで、ネット配信で。ありとあらゆる手段を用いて、半年に一度開かれる国際会議を目撃していた。

 国際会議では、日々移ろいゆく世界をより良くする目的で年に二回だけ行われる。世界各地から国のトップや、資産家、王族、所謂「国の偉い人」が一堂に会して議論を行う。しかし実際に行われるのは、議論とは程遠い言い争い。皆が皆一様に、自身の利益になる言葉ばかりを零し、ぶつけ、投げ、殴る。

 その様子は、不正を防ぐべく各種媒体を通じて世界中に配信される。誰であっても視聴することは可能だ。だが、そのような不毛な争いを誰が望むというのか。視聴率はいつもいつも無いに等しい。自分達に関する事だと言うのに、人は枠組みが大きければ大きい程、他人事として認識してしまうのだ。

 ……だがこの日。とあるゲストを招くという、普段と一風違う幕開けをした国際会議の視聴率は、過去最高を更新することとなる。自ら立候補をした少女を会議に招くかどうか決める会議を、するかどうかの会議を経て実現した。

 これまで他人事と思っていた人々だったが、東の果てにある小さな島国の、たった十年と少ししか生きていない少女の語りに、大なり小なり興味を抱いた。

 我々は知らない。この小さな唇から発せられる言葉を。登壇することしか知らない我々は、さてどのようなお涙頂戴話をするのか、はたまたいかような腹の捩れる漫談をするのか。期待と、好奇心と、嘲りと、奢りを胸に、幕開けを見届けた。


           ✻


『初めまして。私は、ここから遠く東の国からやって来ました。今日、私がお話するのは私の友人について……。私の友人が何故死ななければいけなかったのか、皆さんのような偉い人に教えて欲しいからです』


『私の友人は、去年の冬に死にました。丁度一年前、去年のこの時期です。寒い寒い湖に、たった一人で、独りで、浮かんでいました。

 ぷかぷか

 あの子は、所謂、普通の恋愛ができない子でした。同性が好きで、同性と幸せな未来を築きたい人でした』


『あの子は、学校でそのことを隠しませんでした。隠せませんでした。親が学校に来て言ったんです、

 __うちの子は同じ性別の子が好きだなんて、変な子だけどよくしてやってください__

 って。入学した次の日に。それ以来、学校ではいじめの対象になりました』


『……私はもしかしたら、前の命、前世は男の子だったかもしれません。女の子だったかもしれません、動物や植物だったかもしれません。そして、同じ性別の人が好きだったり、違う性別の人が魅力的に見えたり、誰も彼もが友達にしか思えなかったかもしれません。もしかすると、私は身体はこっちだけど、心は別の性別に憧れていたかもしれません』


『今の私は、自分は女の子で、男の子が好きです。けど遠い過去、もしくは未来の私は違ったかもしれない。もっと言えば、私はそもそも今、女の子が好きなのかもしれない。だって、まだ十年とちょっとしか生きてません。凄く凄く私にとって、魅力的な女の子が目の前に現れて、その子と未来を歩みたいと思うかもしれない』


『……今目の前にいる皆さんは、私とは肌の色が似ていたり、違っていたりします。考え方も違うでしょう。私は宗教とかよくわからないけど、皆さんの心の中にはたった一つ、変わらない神様が居るかもしれません』


『けれど、みんな同じ人間です』


『……私が皆さんに聞きたいのは、たった一つです。

 凄く偉い皆さんですら、お互いに違うものが沢山あって、確実にそうだと言いきれないことがあって……。なのに、どうしてあの子は今ここに居ないんですか。どうして同じ人間で、ただ人間を好きになっただけのあの子が、死ななければいけなかったんですか』


『……ごめんなさい。自分でもわからないことを、不安を、皆さんに押し付けたかったんです。けど。でも、もし。もし……誰かがこの答えを見つけたなら……真っ先に私に教えて欲しい。お願いします、私はあの子を助けられなかった。だからこそ、次の誰かの命を救いたいんです』


           ✻


「__……ありがとう、ございました。」

 ズズッと、鼻をすする音が汚らしく会場に響き渡る。会場内は、布の擦れる音すら聞こえない。ただ、静寂だけがそこを我が物顔で闊歩する。


 僅か十分にも満たないそのスピーチは、何も力を持っていなかった。マイクを通して伝わる声はか細く、小さく。途中、涙を交え始めれば振動さえ帯びていく。聞きづらく、聞き苦しい、こんなスピーチは後にも先にも無いだろう。

 今並べられたこの言葉たちは、世界を変える力なんて持っていない。彼女がどれだけ訴えようと、叫ぼうと、泣き伝えようと、世界から争いは消えない。誰かの言葉が誰かを傷つけ、それを見た人は嘲り、同情し、無視をする。……それでも。それでも確かに、たった一瞬。瞬きよりも短い刹那__。


 世界から争いが消えたのを、我々は目撃した。


           ✻


 スピーチを終えれば、世界配信されたそれに賛否両論の意見が飛び交った。

 彼女の涙を美しいと言う者もいれば、偽善で鼻につくという声もある。



 だが、そんなエゴに塗れた言葉に埋められる中で、彼女の言葉は確かに誰かの心を救っていた。



「ありがとう。私の小さな代弁者」

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