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 残る二人のうち一人はその時点の彼女、井坂さんで、あの事件の翌日には早々に治療済み。もう一人もすんなり見つかり、全員の治療が終わって二週間の待機の後、もう感染者はいないと判定された、らしい。

 街に平和が戻ってきた。

 もちろん、街に、学校の中に吸血ウイルスが広がっていたことは、ごく数人を除いて知らない。


 その後、ご褒美のおねだりはなく、先の約束のことなどすっかり忘れているようだ。

 新しい彼女はいないようだったけれど、熱い視線を送っている人はまだまだいる。乙女の勇気ある告白に甘い笑みは浮かべても、「お試し」でのお付き合いは控えているらしい。

 血は足りてるんだろうか。私が心配することじゃないけど。


 期末試験が終わった日、帰りに虎倉君に呼び出された。

 とうとうお礼兼ご褒美の請求かな、と思い、呼び出されるままついて行くと、ぶらぶらと街を歩き、人気のおいしいケーキをおごってもらい、軽くお店を回ったりして過ごしただけだった。

 その間、昔のように手を握られていた。

 もしや、これがお礼とご褒美なのか?

 世間で言うところの、このデート的な今日の散歩でお礼と言ってもらえるなら、過分な評価だろう。こっちがおごってもらってるし。向こうの気が済むなら、それはそれでお礼になるかもしれないけど。


 街を一巡りして、デパートの屋上にある空中庭園で、遠く沈もうとする夕日を眺めた。

 伝説と違って、目の前の吸血族は太陽の光の下でも灰にならない。一緒に太陽を見ることができる。牙もない。ごく普通の男の子だ。

「小さい頃、俺が手を握ると、自然と相手の血を吸い取ってしまっていて、妹が母のおなかに宿ってからは母の手を握ることを禁止されたんだ」

 手を繋いだまま、虎倉君は昔の話を始めた。

「別に血が欲しかったわけじゃないんだ。自分でもそんなことをしているつもりはなかった。でも手を繋ぐなと言われたのがなんだか寂しくて、いつも誰かの手を求めていた」

 そっか。いつも手を握りたがっていたのは、そんな理由があったんだ。全然知らなかった。

「ぴかりんがいつも手を握っていてくれたのが、そばにいてくれたのが嬉しかったんだ。…血をもらうまで、何で忘れていたんだろう…。俺にとってあんなに大事な人だったのに」

 ぴかりんと呼ばれ、大事な人と言われてちょっとドキンとした。懐かしい呼び名だった。もう自分さえ忘れていた、思い出されることのない筈の。

「あの時、知らない間に、俺はおまえの血を吸っていた。…ごめんな」

 ずいぶんとつらそうな顔で謝られた。

 でも、遠い昔のことだ。ゆっくりと首を振って、謝罪はいらないことを示した。

 小さい時は手のぬくもりと一緒に、知らず知らずのうちに血も抜かれていて、だから私は貧血少女だったんだ。引っ越してから、貧血はなくなったから、言うとおりなんだろう。

「今はちゃんと制御できる。手を握ったくらいで血を吸い取ることはないよ。そもそも手は結構皮が厚くなって、あんまり吸えなくなったし…。この前はうっかりもらい過ぎてしまったから、不安がらせてしまっただろうけど、父だって母以外の人から血をもらわなくても、ちゃんと母の健康を維持できているんだ」

「そうなんだ…」

 りゅーくんのお母さんのことは、あまりはっきりとは覚えていないけれど、定期的に血を与えながらも元気なら、何よりだ。


「じゃあ、お礼とご褒美を兼ねて、ちょっとした実験をするから協力して」

 にやっと笑うその目は、吸血鬼だ。赤くない、でもいつもの黒でもなく、深い青に輝く、妖しいモンスターの目。

 返事を待つことなく、迷うことなく重ねられた唇に、目を見開いたまま、息をするのも忘れて硬直してしまった。

 青い目が笑ってる。

 血が唇を通して吸い取られていくのが判る。そして、戻ってくるのも。

 時間をかけて、ゆっくりとやりとりされる血液。

 キスじゃない。血液をやりとりするただの実験。場所が唇なだけ。

 それだけなのに、そう思えない。鼓動が強くなって、苦しい。

 軽く胸を手で押すと、実験を終えてくれた。虎倉君は笑っていた。

「うちの家系に伝わる技。必要な成分だけもらって後は戻す。時間はかかるけど、体に負担が小さい」

「それって、…成分献血?」

「うちの方が先だから。人の技術も追いついてきたよね。…ただ、何故か俺は首筋からだとうまくできないんだ。父は首筋でもできるって言うんだけどなあ…」

 真面目な顔でそんなことを言われても…

「次は実験じゃないから、目を閉じて。…好きだ」

 そう言われて、もう一度唇に触れられた。

 今度は血のやりとりは感じられないのに、触れているところがさらに熱くなり、心音が響いて頭の中が台風の中にいるかのように渦巻きだした。熱が唇から全身に広がっていく。

 息が止まって死にそうになる寸前で、ようやく離された。

 顔が熱い。きっと真っ赤になってるに違いない。

 虎倉君は余裕をもって笑っている。妙に悔しい。この、手練れめ!

「まだまだ練習不足かも知れない。いろいろ試したいから、これからもよろしく、ぴかりん」

「『ぴかりん』はやめて…。せめて『ひかりん』にして…」

「オッケー、ひかりん。じゃあそっちも『虎倉君』はやめて、昔みたいに『りゅーくん』で」

 …!! もう、ダメだぁ!

 私の陥落は決定した。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


虎倉 → こくら と読ませてますが

とらくら → どらきゅら …ドラキュラ


…ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい。

位のだじゃれです。

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