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二日後、文化祭が始まった。
当番でクラスの出し物に出て、カフェの裏方で飲み物を作る。
部活関係は正規部員ではないので、当日は特に割り当てはない。友達の出ている演劇部と吹奏楽部の発表を見に行って、他のクラスの出し物も少し回って、自分なりにじみーに楽しんでいるうちに一日が終わった。
後片付けをして、ゴミをゴミ集積場まで持って行った帰り、中庭で何かが光った。
何だろう、と視線を向けると、ああ、見たらダメな奴だ。最近こういうのにばかり目ざとくなっている。自覚がないだけで、欲求不満か何かなんだろうか。
いちゃつく男女になぞ、気付きたくもないのに。
みんな頑張ってるのに、いちゃついてないで、片付けして欲しいなあ。と、少しむかつきながら立ち去ろうとしたら、突然、悪寒がした。
あの男、バスの赤い目の男に似てる。
嫌な記憶に振り返ると、二人は抱き合ったまま男の方が女の子の首元に顔をうずめていた。その口から生えた牙が女の子の首筋に突き刺さっていて、滴る血をものともせず、女の子はうっとりとした表情で吸われるがまま身を任せている。
男の背に回していた腕がだらりと垂れ、力を失っていく女の子を、男の腕が支えながら、まだ吸い続けている。
助けなきゃ
とっさに走り寄ろうとした腕を掴まれた。
「行くな。同じ目に遭いたいのか」
現れたのは、またしても虎倉君だ。
後ろに乱暴に引かれて、思わず尻餅をついた。
そんな私には目もくれず、虎倉君はたったワンステップのジャンプで二人の元までたどりついた。
赤い目の男が振り返る。
口を開けて牙を抜くと、突然現れた虎倉君を片手ではじき、飛ばされた虎倉君が木にぶつかった。
痛みで顔が歪んでいる。
私は女の子の方に駆け寄った。
宙を見つめたまま薄ら笑みを浮かべ、脱力したまま。首には二つ穴が開いていて、まだ血が少し出ていた。それなのに、痛そうな素振りさえない。
「三上、これを!」
虎倉君が投げてきたのは、あの筒状のものだった。
「額に打て、早く」
すぐに投げられたものを右手に握ると、正気ではない目で何かを夢見、うっとりとする女の子の額にそれを押しつけた。
抵抗しない人に押すのは簡単だった。まるでインク付きのスタンプのように、押しつけるだけで中の印面が飛び出してきて、あの五芒星を丸で囲んだ銀色のマークが女の子の額についた。
顔から笑みが消えて、ゆっくりと目を閉じ、眠りにつく。額のマークも徐々に額に染み込んでいった。
その一方で、虎倉君は苦戦していた。
人とは思えない身軽さを持ちながらも、相手のパワーが圧倒的に強い。
腕一振りで中庭の植木が折れた。そう太い木ではないけど、腕でへし折れるとは思えない。
頭に蹴りを入れても、ふらりともよろめかない。あれは人じゃない。
殴られた虎倉君がこっちまで飛ばされてきた。
「だ、大丈夫?」
上半身だけ起き上がった虎倉君が手を伸ばした。
さっきのあれだ、と気がつき、おでこ用のスタンプを手渡すと、そのまま手首を掴まれ、引き寄せられた。
「この前、助けたお礼、もらってもいいよな」
はい?
聞く間もなく、もう一方の手が背中に回り、気がついたら左の首筋に口をつけられていた。
牙はない。痛みもない。だけど、ゆっくりと動く口が吸い寄せているのは多分…血だ。
こいつもそうだったのかあああ。
逃げようにも、しっかりと回された腕がほどけそうにもない。細身のくせに何でそんなに力があるんだ!!
血が足りなくなってきたせいか、だんだん体が動かなくなり、頭が回らなくなってきた。座っているのに立ちくらむ。
ゆっくりと首から口が離れると、立てなくなった私をゆっくりと横たわらせ、
「ごちそうさま」
と言うと、にやっと笑ってペロリと舌なめずりをした。
いつになく発色の良い赤い唇。目は赤くはなく、深い青に見える。黒かったはずの髪が光の加減か、銀色に光って見えた。
再びワンステップで男のところに飛んで行き、頬に拳一打で男がぶっ飛んだ。
恐ろしくパワーアップしたのは、私の血のせい?
首への回し蹴りであんなに凶暴だった男がひっくり返った。よく見えないけれど、泡を吹いているようだ。
足で胸を踏みつけて固定すると、さっき返したあの銀のスタンプを二回、さらに追加でもう一回、男の額に打った。
そうしないうちに、先に女の子の方が正気に戻った。
横になっている私に気付くことなく、虎倉君の
「みんな、校庭に集まってる。すぐに行った方がいい」
という言葉を聞くと、走って校庭に向かっていった。