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 さらに3週間ほど過ぎたある日。

 先生の会議があるとかで、午後から授業がなくなり、文化祭の準備に取りかかっていた。

 無所属で器用貧乏な私は、特に委員をすることもなく、パネルの塗装、模擬店の準備、地図の作成など、言われるがままに仕事をこなし、都合の良い便利屋さんになっていた。

 気がついたら、友達に頼まれて郷土研究会の展示のポスター印刷までやっている自分が不思議だった。

 ずいぶん遅くなったので、家に連絡を入れて友達とハンバーガーを食べて帰った。ハンバーガーはおごりだった。

 駅から家まではバスで十分ほど。バスを待っていると、向かいのバス乗り場に先にバスが着き、人がぞろぞろと乗り込んでいった。

 動き出して、目の前を走るバスの中の人と、目が合う。

 その目は赤黒い色をしているように見えた。

 気のせいだ。そうそう人と目が合うことなんてない。

 そう思うのに、向こうは動くバスの中で確かにこっちを見ていて、にやりと笑うと、舌なめずりをした。

 やがて、バスは角度を変え、中の人は見えなくなった。

 悪寒と鳥肌が残される…

 どうか、気のせいでありますように。


 驚いたことに、日和がクラスの男子と付き合うことになったらしい。切り替えが早い。

 前みたいな「宣言」ではなく、ちょっとした報告程度の盛り上がりで教えてくれたけれど、なんだか嬉しそうだった。

 名前くらいしか知らない男子ではあったけど、今度は長く仲良しでいられることを願う。

 一方の、虎倉君もまた別の女の子と付き合っているようだった。

 よくもまあ、とっかえひっかえご縁があるものだ、と感心する。

 文化祭も近いので、みんなテンションが上がってるかも知れない。


 今日は、演劇部の衣装の手伝いに呼ばれている。

 この間、取れかけていたレースをつけてあげたら、お礼より先に勧誘が来た。入部はしないけど、手伝いならするよ、と言ったら、こうして忙しい時期に呼び出されたわけだ。みんな遠慮ない。でも必要とされるのは嬉しい。

 おかげで、最近家に帰る時間が遅く、ちょっと寝不足気味だった。

 これも、今週で終わりだから、忙しさも楽しまなくちゃ。


「…さん。…みさん。…三上さん?」

 名前を呼ばれて目を覚ますと、授業はとうの昔の昔に終わっていて、お昼休みになっていた。

 起こしてくれた友達に礼を言って、机の上にあった前の時間の教科書を片付ける。

 今日は母の都合でお弁当じゃなかった。

 慌てて売店に行くも、残念ながらあまり好きじゃないものしか残っていない。

 かろうじてパンを一つと牛乳を買って済ます。

 今日も遅くなる予定だ。帰りにはおなかがすくだろうなあ。


 演劇部の衣装の仕上げのクリスタルビーズつけも何とか終わり、うーん、と体を伸ばした後、壁にもたれていたらそのまま居眠りをしてしまった。

 起きたら部室には誰もいない。誰も私に気がつかなかった?

 携帯見ると、…19時。

 鞄のそばにメモがあった。

  最後の練習で講堂に行ってるよ! お疲れ!

 気がついてないわけじゃなかった。よかった。

  先に帰るね。本番がんばれ!

とメモの横にメッセージを残し、部室を出た。

 クラスの方はもう誰もいなかった。

 それじゃあ、帰るか。

 まだあちこち居残りがいて、時間の割に学校は賑やかだった。そろそろ先生の「はよ帰れ」攻撃が始まるかも知れない。

 階段を降りていると、階段を上ろうとしていた化学の小田先生に

「さようなら」

と、声をかけられた。

「さようなら」

と軽く会釈して通り過ぎた直後、いきなり背後から首に腕を巻き付けられた。

 何が起こったのか、判らなかった。

 息ができない。腕を外そうとしても、叩いてもひっかいてもびくともしない。

 耳のそばで聞こえる息が気持ち悪い。

 思いっきり後ろに伸び上がって、後頭部で顔面を殴った。

 これは効果があったらしく、腕が緩んだ隙に階段を駆け下りた。が、一階にたどり着くよりも早く、階段の手すりを越えて飛び降りた先生が階下に着地していた。

 痛かったのか、鼻を押さえ、ゼエゼエと息を荒げながらも、何故か口元は緩んでいて、こっちを見る目が赤黒く光っていた。

 公園の…?

 駄目だ、あの目。目をそらさないと。

 そう思うのに、体が動かない。

 ゆっくりとこっちに歩み寄ってくる先生は、階段を上がるごとに笑みを深めていた。欲望に歓喜する、下衆な笑みを。

 体が恐怖に震える。立ちすくむしかない。あの目のせいだ。

 動け、動け私。

「怖がることはない。痛みはない。すぐに快感に変わる…」

 にやりと笑ったその口に、尖った犬歯が見えた。

 わずかに動いた足。それをきっかけに、体が動いた。

 急いで階段を上ると、それまでゆっくりと近づいていた先生が、走ることなく、数段とばしで階段を上り、追いかけてくる。二段ならともかく、勢いもつけずに四、五段平気でとばしてくる。何、この人、一体何?

 すぐに腕を掴まれ、引き寄せられた。

 階段を落ちるように背中から先生の胸に取り込まれ、私の重さにもびくともしない。

 背中側にひねられた右手に顔をしかめると、そのまま頭を左にひねられた。むき出しになった首に顔が寄ってくる。

 もう駄目だ!

 思わず身をすくめ、目をぎゅっと閉じた。

 突然、私の頭と腕にかかる力が弱まり、先生が階段の下へと落ちていく。

 私も一緒に落ちる、と思いきや、腕を掴まれ落下が止まった。

 小さな衝撃があったけれど、支える人は揺るがなかった。

 足はガクガクと震えが止まらない。けれど、何とか自力で立ち、階段を上って逃げようとして、足が絡んだ。

 だけど、腕が掴まれたままだったおかげで、何とか転ばずに済んだ。

 腕を掴んでいたのは、虎倉君だった。

 そのまま、二階まで引き上げられ、その場に座り込んだ。

 ここにいちゃ駄目だ。そう思うけど、逃げる力も出ない。

 階段の踊り場に倒れていた小田先生が起き上がった。痛がる素振りもない。

 赤い瞳が光り、私の代わりに、助けてくれた虎倉君にめがけて突進する。

 さらりとよけると、先生がにやっと笑い、虎倉君ではなく、さらに上にいる私に向かってくる。それに気がついた虎倉君が先生の腹に拳を埋め込み、その勢いで再び先生が階段から落ちた。

 何故、あの一撃であそこまで吹っ飛ぶ?

 虎倉君は軽いジャンプで先生のいる踊り場まで飛んで、着地した。

 先生の胸ぐらを掴み、上半身を引き起こすと、前に日和の額に当てた筒のようなものを先生の額に当て、二発打ち込んだ。

 銀色の丸に五芒星のマークが、額からゆっくりと体に吸い込まれていく。

 赤かった瞳がゆっくりと光をなくしていった。


 震える足を叩いて気合いを入れ、踊り場まで降りていくと、先生の口から見えていた鋭く人離れした犬歯が見えなくなっていた。

 それほど時間を置かず、先生が目を開けると、その目は普段の黒い目に戻っていた。

「大丈夫ですか?」

 虎倉君が先生に手を差し出すと、先生は虎倉君の手を掴み、立ち上がった。

 周りの様子を見て、出た言葉は

「足を踏み外したのかなあ」

 …まるで、今の格闘などなかったかのようだ。

 何も覚えていないらしい。それを不自然とさえ思っていない。

「すまんすまん。おまえらも早く帰れよ」

 階段から落ちた「設定」ながら、どこにも怪我をした様子がなく、足を引きずることさえないまま、先生は去って行った。

 静まりかえる階段。

 助けてもらっておいて、聞かない方がいいんだろうと思いながらも、この状況を聞かずにはいられなかった。

「…今のは…きゅう」

「ああ、ここにいた!」

 ようやく出た声を止めたのは、虎倉君の新しい彼女、三年生の井坂さんだった。

「探してたのよ。もう帰れる?」

「ああ」

 そう言うと、虎倉君は私などいないかのように階段を降りていった。

 一階までたどり着くと、井坂さんは虎倉君に腕を絡め、元来た方へと引っ張っていく。肩越しに虎倉君がこっちを見ると、口元に人差し指を当てて、沈黙を指示した。

 今日、助けてもらったお礼は、秘密で返すしかなかった。


 しかし…。どう考えても、あれは、いわゆる吸血鬼って奴では?

 しかも、虎倉君の持ってるあの筒状のものを額に打ち込むと、元に戻せる?

 …そう考えると、もしかして、日和もあの時、吸血鬼になっていたんだろうか。

 うちの学校、吸血鬼の巣窟???


 何で虎倉君はあんなアイテムを持ってるんだろう。

 聞きたいことはいろいろあるけれど、聞く機会、あるだろうか。

 吸血鬼を人に戻せるのは、虎倉君だけ。私は気がついたところで、何もできない。

 まずは何より、赤い目の人には会わないようにしなければ。次は私が吸血鬼になってしまうかも…


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