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それから2週間ほどして、突然日和から、
「聞いて! 私、虎倉君と付き合うことになった!」
と重大発表のような報告があった。
お昼休みのことだった。
あやうく丸ままのウインナーを飲み込むところだった。
咳き込むげふげふがおさまってから
「それは良かったね」
と言うと、今までに見たことのないいい笑顔を見せた
ああ、あの男はまた彼女を変えたのか。それが友達なのは、やはり心配だった。
こないだの教室の彼女はどうしたんだろう。
一緒に教室まで忘れ物を取りに来て、いちゃついておきながら、何故か帰りは別だった。そんなもんなんだろうか。
なんか変な気がするけれど、人のことを語れるほどの経験が自分には欠けている。
日和を泣かしたら殴ってやる、くらいの気持ちはあるけれど、できるなら、友達には泣いて欲しくない。
忘れ物の彼女は、姿を見ていないので、誰だったのか判らない。あの教室に忘れ物を取りに来た以上、同じクラスの誰かの筈だ。でも、気まずくなってる人は見当たらない。
今回だけじゃない。いつもそうだ。虎倉君の彼女はコロコロと相手が変わる割に、その後も変わらず普通に接していて、ギクシャクしている人はいない。まるで、忘れてしまっているかのように。
そんなもんなのかなあ…。私だったら、別れた元彼と同じ教室にいたら、動揺しまくっちゃうだろうけどなあ。…私が子供過ぎるんだろうか。
日和とは時々一緒に帰っていたんだけど、別行動するようになり、一人で帰る日が増えた。
数日後、英語の小テストで引っかかり、もらった紙の裏表に間違えた単語を書いてから帰れ、と居残りを命じられた。要領が悪いのか、こういう時、十人くらいで残っていてもいつも最後になる。
「鍵よろしく!」
と言われて、一人になって十分ほど。ようやく何とかノルマを終えて、みんなの課題を先生に提出してから靴箱へ向かう途中、いい感じで階段を上がっていく虎倉君と日和が目に映った。
…ん? 上がっていく? こんな時間に?
まあ、いいか。人様のお邪魔をするのは私の性に合わない。
そう思うのに…。何だろう。ものすごく、ざわざわする。
この前、公園で見た、あの赤い目を思い出す。何故今それを思い出すのかは判らない。
気がついたら、自分もまた、二人を追うように階段をゆっくりと上っていた。
覘きじゃない。ちょっと心配なだけ…。でも、やってることは下衆だよなぁ…。ちょっと見守ったら、帰ろう。
四階へ向かう踊り場で立ち止まった二人は、笑いながら話をしている。
柔らかな、女の子らしい笑みを浮かべる日和が、腕を伸ばして、虎倉君にしがみついた。
…さすがにこれ以上見る必要はない。こっぱずかしくなって帰ろうとしたその時だった。
日和の唇が虎倉君の首に吸い付きそうになった途端、虎倉君は日和の頭をわしづかみにして、引き離した。
引き離された日和の顔が…違う。さっきとは全然違う、悪魔でも取り憑いたかのようにぎょろりと目を見開き、首に手を絡めて自分の方に引き寄せ、首筋を求めて頭を寄せる。
その口には、尖った犬歯が見えた。
あんなの、日和にはない筈。
押さえているのと反対の手で、虎倉君は日和の額に何かを当てた。小さな筒のように見えたそれを迷うことなく日和の額に押しつけると、銀色の光が日和の額を貫いた。丸で囲まれた五芒星が印を押したように額に映る。
スローモーションのように、ゆっくりと、崩れていく日和を片腕で支えると、今度は虎倉君が日和の首筋に唇を押しつけた。しばらくそのまま首へ口を当て続け、挙げ句、
「…まずっ」
と言って、少し顔をしかめて口を離した。
日和の額には、銀色の光が残っていた。
そうしないうちに、日和は意識を取り戻し、まるで何もなかったかのように
「じゃ、帰ろうか」
と虎倉君が言い、
「う…、うん」
と日和が答えた。日和には、さっきまでの笑顔はなかった。
その後、二人が並んで歩くところを見ることはなく、数日後に日和に聞くと、
「ああ。お試し期間で二週間ほど付き合うことになってたんだけど、やっぱり合わないからやめようってことになったの」
と、未練も全くない様子で、むしろ、以前は何でときめいていたのかが判らない、といった感じだった。
冷めるって、そういうもんなんだろうか。
おでこにわずかに銀色の光のかけらが残っていたけれど、見ようによっては皮脂のてかり程度で、本人は気がついていないようだった。