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 数日後、英語の課題のプリントを忘れ、放課後居残りでやらされたらすっかり帰るのが遅くなってしまった。

 もうすぐ電車が来る時間だったので、駅までちょっとショートカットで公園を横切ったのがいけなかった。

 夕暮れを過ぎ、黄昏時だった。まばらに街灯がつく薄暗い道を走って駆け抜けていたら、目の端にいちゃつく人影が映った。

 やばっ。見てはいけない。知らんぷり、知らん…

 そう思っていたのに、木にもたれながら抱擁を交わす男女の、男の方とバッチリ目が合ってしまった。

 人様のお楽しみを邪魔するつもりはなかったんだ! ごめん! と、すぐに目をそらせ、知らない振りしてそのまま突っ切ったけど…、その目が頭の中に食い込んで鳥肌が立った。

 足を止めることなく駆け込みセーフで何とか間に合った電車に乗り、息を切らせながら、さっきの男を思い出す。

 いちゃつきながら、彼女を見もせず、…通りすがりの人間を警戒しただけかもしれないけれど、目が合った時、にやって笑って、顔はよく覚えてないのに、その目が赤く光って見えて…

 ちょっとぞっとして、これからは公園の中を通り抜けるのはやめよう、と決意した。特に、暗い時間は…。


 次の日は日直で、職員室に行ったら、ついでに来週配るらしいプリントを組んで束ねてステープラ留めするのを頼まれ、昨日ほどではないながらもまた帰りが遅くなった。

 電車の時間からすると、ショートカットしたい気持ちは山々ながら、昨日の今日だし、世界の平和のためにもラブラブな皆さんのお邪魔にならないようにするのは大事なことだろう。

 本来の、公園沿いの外周道路を早足で駅まで急ぎ、ようやくついた駅で、定期がないのに気がついた。

 今日、鞄をひっくり返したから、教室に落としてきたかもしれない。

 急ぎ学校に戻り、教室の鍵を借りて誰もいない教室に向かった。

 …あれ? 鍵が開いてる。閉め忘れ?

 定期は机の上に置いてあった。誰かが拾ってくれたのかもしれない。

 すぐに見つかったことにほっとして、親切な誰かに感謝の合掌をしてから手に取り、教室を出ようとした時、廊下で人の声がした。

 もう下校時間は過ぎてるのに、私の他にも残っている人がいるなんて。何となく、反射的に、教室の窓より低く身をかがめた。

 通り過ぎる人の声は、二人。

 やり過ごして出ようと思ったのに、この教室のドアが開いた。

「ああ、あった。英語のワーク」

 自分と同じ、忘れ物のうっかりやさんらしい。

 続いて男の声がした。

「…教室、鍵かけなくていいんだっけ?」

「職員室に鍵なかったから、誰かが持ってるんじゃない? …ねえ」

 とっとと帰らないかな、そう思いながら同じ教室の片隅で出るに出られずしゃがみ込んでいるばかな私がいるとも知らず、後から来た二人は誰もいない(仮)教室でいちゃついた挙げ句、キスをしていた。

 …昨日からどうしたことだ。私に何かとりついているんだろうか。お仲の良い皆様のお邪魔をする気はないのに。

 これはお祓いに行った方が良いかも。

 身動きできずうずくまっていると、ようやく教室から出ていく音がした。

 ドアが閉まり、数秒待って、大きく溜め息をつき、よっこらしょと立ち上がると、立ち上がった私を驚きもせずに見ていたのは、虎倉君だった。

 さっきの一人…?

 何で一人残ってる? 一緒に帰ったんじゃないの?

 私、覗き見したことになってる???

「ご、ごごごご、ごごご」

 動揺しすぎて口が回らない。両手で頬を叩き、気合いを入れる。

「ごめんなさい! 見てません! 申し訳ない! 鍵かけるので、ああ、あの、もう出るよね」

 虎倉君は、至って冷静だった。

「…定期、落としてた?」

 拾ってくれたのは、虎倉君?

「そ、そ、そう。拾ってくれたのかな? あ、あは、ありがとう」

 全く動じる様子がない男と、動じすぎて我を忘れている私。同じ空間にいるのがつらい。

「鍵閉めとくし、暗くなるから、早く帰ったら?」

 親切にそう言ってもらったけれど、

「め、滅相もない、もう出るし」

 教室を出ようと扉まで走ると、そばの机に脚が引っかかった。

「わあっ」

 机をなぎ倒してすっころぶ所だった私は、腕を掴まれ、寸前のところで転ばずに済んだ。

「慌ただしいな」

 あきれた目でそう言われてしまった。いっそ笑い飛ばして欲しかった。

 掴まれた腕の束縛から逃れ、近くの机に鍵と定期を置いて倒した机を起こしていると、

「とっとと帰れば?」

 そう言って、仮置きした鍵を掴み取られた。椅子も立ててくれた。

 机の上に残った定期を手にし、二人で教室を出る。

 連れの女は周囲にいない。待ってない…?

 虎倉君は鍵をかけると、

「鍵は返しとくから」

 そう言ってとっとと職員室に向かって歩いて行くので、

「じゃ、頼んだ。さよならっ!」

とだけ叫んで、靴箱に向かった。


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