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三上ひかり、高校二年。
今通っている高校は、昔住んでいた隣の市にあり、電車通学三十分ほど。
昔、と言っても小学校に上がる前に引っ越しをしたので、さほどよく覚えてはいないけど、同じ保育園に通っていた元友達が四、五人いる、らしい。クラスメンバー表を見た母が、そう言っていた。小学校でも一緒なら多少は記憶があったかもしれないけれど、残念ながらカスカスの記憶から旧交を温めることはなかった。
その中で、一人だけ覚えていたのは、りゅーくん。
虎倉流斗、が本名だった。記憶の中では、「りゅーくん」でしかない。
何をするにもいつも誰かの手を握ってくる奴だった。その中でも特に私はターゲットになっていて、歌を歌う、とか、お散歩に行く、とか、些細なことで手を繋いできた。不安なのかな、と思い、手を掴まれたら特に手が塞がってない限り、向こうの気が済むまで繋いだままにしていたから、それで味を占められたのかも知れない。
その頃の私は虚弱体質で、よく貧血を起こしたり、熱を出したりしていた。そのせいで、大人しい、控え目な子だと間違われていたけれど、今はすっかり元気者で、本来のがさつで落ち着きのない人間性が前面に出ている。仮に当時の私を知る人がいても、私を見てあの時の自分とつながらない可能性は大きい。
虎倉君は父方の祖父が外国の人らしく、顔立ちも少しだけ異国を思わせる雰囲気を持っていた。ぱっちり二重、ちょっと高めの鼻。平たく言えば、かっこいい、の部類に入るんだろう。時々騒いでいる女の子を見かける。
小さい頃にそんなかっこいい系だった記憶はないけれど、手を握りたい女の子から、泥団子を投げられたことを何となく思い出す。
残念ながら、その容貌は今も昔も私にはあまり響かず、「まあ不細工じゃないんじゃない?」程度。向こうもこっちを覚えてそうな素振りもないので、当たらず、触らず、関与せず、お互い「その他大勢」だ。
一年の時はクラスも別で、ほとんど会うこともなかったのに、二年でクラスが一緒になった。
隣のクラスの、同じ中学だった友達、日和が虎倉君のことを気に入ったらしく、帰りの電車で
「ねえねえ、ひかりんのクラスにいる虎倉君って、どう?」
と聞いてきた。
「どうって?」
「かっこいいじゃない。彼女とか、いるのかな」
「いるっぽいけど?」
「そうよねー」
と、恋する乙女は溜め息をつく。
一つ、情報がないこともない。
彼女が、どうも月替わりっぽい。…やばい奴だ。
友達を思うなら、伝えておくべきかも知れない。しかし、私はひたすら無関係を貫く。非難もしないけど、協力もしない。不利な発言もしないのだから、許してもらいたい。
「話とか、しないの?」
「しない。共通の話題がない」
「話づらい感じ? なんか、フレンドリーなように見えるけど」
「いやあ…普通? 化学で同じ班だけど、別に話にくくはないかな。話しかければ話はできるんじゃない?」
あまりに当たり前のコメントを口に出して、お互い苦笑いで電車を降りた。
シャイな日和が勇気を出して虎倉君と話をした、かどうかは定かではない