その86:判明するルーンベルの事情
「あがああああ!? 腕が……腕がぁぁぁ……!!」
「う、うえ……」
「よ、容赦ねえ……」
へし折られてぶら下がっている腕を見て泣き叫ぶヴェリナント。
「これは俺達に迷惑をかけた分だと思え」
「あぐううう……くそぉぉ……」
さて、とりあえず分かりやすい罰は与えたので、次は話を聞くことにするとしようか。
「ひっ……!? な、なにをするつもり――」
「<ヒーリング>」
「痛……くねえ……」
「ふん、その濁声は頭に響く。それと聞くことがあるからな。……ルーンベル」
俺が目を向けると、きょとんとした顔をする。
だが、すぐに意図を汲み取りへたり込んでいるヴェリナントの胸倉を掴んで声を上げた。
「自分の手で倒したかったけど、ザガムが見せつけてくれたからスッとしたわ。これで私の借金はザガムに渡してもらう。それと荷物はどこ?」
「か、金は渡す……に、荷物は……」
「荷物は?」
「……売っちまった。ま、まさか奴隷に売られて戻ってくるとは思わなかったんだ!」
「なんですって!?」
「ぶふぇぇ!?」
掴んでいた胸倉を離して床に転がったヴェリナントの頬を殴りつける。
今までにないくらい驚いているルーンベルが珍しいと思いつつ、様子を伺う。
「……アレだけは必ず取り戻さないといけない……でないと……」
「ルーンベル、大事なものなのか?」
「う、うん……」
歯切れが悪い。
ということは俺にも『モノがなんなのか』というのは教えたくないらしい。
「どこで売ったんだ? 痛い目に合いたくなければ――」
「言う! 言うから勘弁してくれ……!? こいつを任してから二日目くらいだったか……店へ売りに行ったとき、同じ店で品物を物色していた女が食いついて来たんだ、そいつが荷物ごと10万ルピで買うと言いだしてな」
「……そいつに売ったのね? あれから二日……ということはかなり時間が……どうしよう……ど、どんなやつだった?」
ルーンベルが目に見えて狼狽えだし、青い顔で尋ねる。
「三角帽子をかぶった陰気な女だったぜ。青一色の服だったから変えてなければすぐわかる、と思うぜ」
「青……」
「他には? 名前などは聞いていないか」
「いや……金を払ったら奪い取るようにカバンごと引ったくってすぐに消えちまったから……」
これ以上は無意味か。
行きずりの売買で分かることなど多くない。
「それじゃ、こいつは私が連れて行くよ。正式に金の処理をしてルーンベルさんは奴隷解放となるよ」
「ああ。頼む」
俺が思考を巡らせていると、エイターがヴェリナントを立たせて引き上げていく。
その場に居た全員が息を飲んで沈黙を守る中、ファムが戻って来た。
「あああ、お、終わっちゃったんですか!? 入口がどこか分からなくて迷っちゃいました……。あれ、ルーンベルさん、大丈夫ですか……?」
「ファム……。あ、うん、大丈夫よ。ありがとうザガム、帰りましょう……」
「……ザガム様、支えて上げてください」
「分かった」
イザールに言われ、俺はルーンベルを抱え上げて歩き出す。
「あ、いいなあ」
「ちょ、ちょっと自分で歩けるわよ」
「気にするな」
「私が気にするのよ!? ……もう」
――そんな調子で賭博場の一夜が終わった。
そして翌日、エイターの仕事は早くすぐに金が支払われ、ルーンベルは俺とファムの奴隷から解放された。
リビングに集まり、ファムのランクアップと奴隷解放の祝いを……というわけにはいかず緊張した空気に包まれていた。
「それで、お前の目的はなんだったんだ?」
時間だけが過ぎていくのを待つ意味もないので話を切り出す。
するとルーンベルはしばらく考えた後、口を開いた。
「……グェラ神聖国。私が逃げ出した国の名前よ」
「聖女見習いって言ってましたもんね。修行が厳しかったから、ですか?」
「そんな程度なら良かったんだけどね……。私は産まれてからすぐに捨てられて、修道院に入ったわ。そこで資質がある女の子はある場所へ移送されるの」
「ふむ、『神霊の園』ですな」
返したのは意外にもイザールだった。
「知っているのか?」
「はい。聖女を輩出するための施設で、選別された女性をさらに選別し、次代の聖女を一人選出するといわれていますな。わたくしめが旅をしている時に立ち寄ったことがあります」
「ふむ……そもそも聖女とはなんだ? 勇者とは違うのか?」
俺の問いに、ルーンベルが自嘲気味に笑いながら手を広げる。
「聖女はまあ、シンボルってやつよ。神聖国なんて呼ばれていることにプライドがあって、能力の高い女を祭り上げる……プロパガンダって感じかしら? 国が出来たころは本当に奇跡の力を持った人が居たらしいけど、ね」
「なるほど……お飾りではあるが、一応養成はしておく。そういう場所から逃げて来たのだな。しかし、お前は実力があったように思うが、ならなかったのか?」
こいつは鍛えて行けばかなりの能力を発揮すると思う。
‟外典”とやらを扱えるなど、臨機応変さもある。
だが、ルーンベルは怒りをあらわにしてテーブルを叩く。
「ひっ……!?」
「なるわけないでしょ……! 聖女に選ばれなかった女の子がどうなると思う? あのクソ司教や神官、騎士達の慰み者よ? 途中で適正なしと判断された子はどんどん連れて行かれたわ。そして二度と顔を見ることはなかった……! もし私が選ばれたら他の子はみんな――」
ルーンベルは青い顔で体を震わせていた。
見たくないものや聞きたくなかったことがあったのだろう。
だが、聞くべきことはまだある。
「なら、もう一度聞くが荷物の正体はなんだ? 見つけられなければまずい代物を持ち出したのか」
「……ええ。私は逃げるときに、少しでも被害が及ばないようあるものを持ち出した」
「それは……?」
「『神霊の園』の実態が書かれた文書。食い物にされている女の子を救う一手。それをミスリルで出来た像に入れておいたの。一度逃げ出した後、グェラ神聖国の国王様に進言するために」
グェラ神聖国はここから徒歩で一ヶ月はかかる場所。
ここまで逃げてくれば、ということでほとぼりが冷めるまで点々としていたそうだが、路銀を一気に稼ぐため賭博場に行ったのが間違いだった、とのこと。
「あれが無いとみんなを助けられない……青い魔法使いを追いかけないと……」
「だけどぉ、アテは無いんですよねぇ?」
「特徴がある格好だから、門番が覚えているかもしれないわ。そこから足取りを追っていけば」
「落ち着け。焦ってもいい結果は出ないぞ」
「焦るわよ! こうしている間にもあの子達が! ……ご、ごめん……あんた達には関係ないのに……」
「そんなことないですよ! 女の敵みたいですし、私は応援します! スパイクさん達にも協力してもらいましょう!」
「ファム……うん、そう、ね……」
ファムに手を握られ、困ったように笑うルーンベルは覇気がなかった。
本気で困り果てているということだろう。
奴隷になった時、なんでもするか買えと言っていたのはこういうことだったのか。
とりあえず今日のところは『青い魔法使い』の足跡を訪ねて回るということになり、手分けして町を探索。
東の門からそういう格好の女が出て行った、という情報を聞けたのはすっかり陽が暮れたころだった。
旅の準備をして出発をと考えていたのだが――
「ザガムさん! ザガムさん、大変です……!!」
「む……どうした?」
「ルーンベルさんが……居なくなりました……!!」
「なに……?」




