その66:人間と魔族
<謁見の間>
「昨晩はザガムの屋敷に行って宴を行っていたそうだな」
「はい。屋敷を引き渡してすぐに過去に連れていた使用人を招き入れたとの話を聞き、調査のため冒険者と受付嬢を連れて行ってきました」
ザガム達の屋敷から一夜明け、スパイクは国王との謁見を申し入れていた。
【冥王】であるならプライベートでなにかしら尻尾を出すであろうと、咄嗟の判断で宴を申し出たのである。
「して、結果は?」
「は……今のところハッキリとしたことは言えません。使用人も魔族らしい者は居ませんでした」
「まあ【冥王】ともなれば尻尾は簡単に出さないでしょう。それに魔族は人間に近い姿をとることも可能と聞きますし」
騎士団長のエイターが顎に指を当てて能力の高い魔族を見破るのは難しいと、スパイクに気を使って遠回しに発言すると、
「いえ、メリーナさんが魔族などということはありません!」
「は?」
「え?」
「あ、いえ、その、なんでもありません」
「……なにがあったのか話してみよ。メリーナというのは何者だ?」
「は、はあ……」
失言したと冷や汗をかくスパイクは国王に尋ねられ、洗いざらいの出来事を話す――
「へえ、イケメンコックに紳士の執事、スレンダーな門番の女の子に……美人メイドさんが居た、と」
聞き終えたエイターがくっくと笑いをかみ殺しながらそういうと、国王は呆れたため息を吐いて口を開く。
「なるほど、お前はそのメイドに目を奪われたということか……。しかし、先ほどもエイターが言ったように魔族が擬態しているかもしれないのだぞ?」
「ザガムの正体がわからぬ以上その可能性は確かにあります。ですが、メリーナさんはそうだとは思えません」
「お前、それはもうそれはマズイ段階じゃないか? 大丈夫か? 操られてないか?」
真面目に言い切るスパイクに怯む国王。そこへエイターが笑いながら口を開く。
「まあ、ザガム殿なら不義理はしないと思います。こう言っては不謹慎かもしれませんが、彼が【冥王】であっても話せば分かってもらえるのではと考えます」
「そうですね。メリーナさんが万が一魔族だったとしても好きでいられると思います」
「うーむ……」
以前に話し合った通り、戦力的に勝てる相手ではないため傍観するしかない。
エイターの言うように自分を殺さなかった相手であれば話し合いの余地は十分にあるのも承知していた。
「仕方ない、もうしばらく様子見だな。どちらにせよザガムの強さは規格外だ、牙を剥く対象とならんよう気を張っておくとしよう。引き続き冒険者たちの管理は任せたぞ」
「お任せください! では、私はこれで」
「うむ」
『次はいつ行こう』という言葉を耳にしながら、国王は呆れた顔でスパイクを見送ってやると、エイターが提案を口にした。
「そうですね……一度は手を合わせた身、私も一度行ってみましょうか」
「そうだな、あやつだけでは少々不安だ。お前にも調査に行ってもらうとしようか」
「かしこまりました。ところで、グライアス王国との交渉はどうなりましたか? ザガム殿よりも急を要すると思いますが」
「それについてはまだ返事が無い。他国からの通行税と物品の輸入税を上げるなどお互いにとっていいことはないのだがな。こちらはいい、お前はお前の仕事を頼む」
「はい」
そういうと玉座から降りて自室へと戻る国王。
◆ ◇ ◆
「む……今、何時か?」
開け放たれた窓からの涼しい風が頬に触れて俺は目を覚ます。
酔い覚ましを兼ねて窓を開けて寝たことを思い出しながらベッドから出ると、その足でキッチンへと向かう。
「……11時」
昨晩の宴でクレフと飲み続けていたので起きるのが少々遅くなったようだ。目的がある場合はその限りではないのだが、特に緊張もやることも無い場合はしっかり眠るようにしている。
「あ、ザガム様、おはようございます。朝食はどうなさいますか?」
「もう遅いから、昼食と一緒でいい。水をくれ」
「かしこまりました。昨晩は賑やかでしたね、ザガム様があのような宴を開くとは意外でしたが」
ルックレスが笑顔で差し出してきたコップを受け取る。
「……今回はスパイクの提案だったからな」
「それでも以前なら即刻拒否していたと思いますけどね。やっぱりファム様が人間なので嫁にするには仲良くなっておくべきだと?」
「……嫁はあいつが勝手に言っていることだ、他に好きな人間ができればそれはそれ。まあ、メギストスを倒すまでは協力してもらわねばならんがな」
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
「……?」
苦笑しながら返してくるルックレスの真意が読めず、目を向ける。
「はは、お気になさらず。私も昨日は随分お嬢さん方に詰められましたし」
「……お前は、人間を恨んでいないのか?」
「んー、復讐は終わってますし、母は人間でしたからわだかまりはありませんよ」
「では俺が人間を支配するとしたらどう思う?」
「もちろん協力しますよ? それはそれ、というやつですかね。ただ――」
「ん?」
「仮に私の大事な人が人間で、それが奴隷になるということであれば私は勝てる可能性が無いとしても抗わせていただきます。ファム様やルーンベル様を人質にとっるなり殺してでも」
ルックレスは真面目な顔で言い放つ。
人間とのハーフとしての意見を聞いてみたかったが、予想とは違っていた。
それよりも、
「ファムとルーンベルは俺にとって抑止力にはならないぞ? いざとなれば切り離してしまえばいい」
「……なるほど。今はそれでいいですかね。ファム様、大事にしてあげてくださいよ?」
「まあ、メギストス討伐には欠かせない片鱗は見えて来たからそうするつもりだ。では、昼食になったら呼んでくれ」
「かしこまりました」
俺の言葉に頭を下げたルックレスは最後まで笑顔だった。
やはり、人間とのハーフともなれば考え方も変わるな、魔族らしくないと言えばその通りか。
しかしファムを大事にとはな……事情は話しているのだが。
そんなことを考えながらリビングに入ると、そこには女性陣がたくさん集まっていた。その中には――
「まったく、男は美人を見たらすぐ鼻の下を伸ばすからね。ファムちゃんも気をつけなさいよ? ああ見えてザガムもむっつりかもしれないし」
「大丈夫ですよ、マイラさん。こんな美人のメリーナさんにも手を出さないくらいですし」
「ありがとうファム様。そうですなんですよぉ。結婚する相手としかしないって」
「ある意味羽目を外したらやばいタイプとにらんでいるけどね」
「なにがやばいんだルーンベル?」
「そりゃあんたの得物……って、起きたのね」
「あ! ザガム様!? す、すみません、お仕事をさぼってましたぁ……」
メリーナが慌てて椅子から立ち上がり、お辞儀をするが俺は手を上げて窘めてやる。
「いい、掃除も行き届いているし、客の相手も務めだろう。他の者はどうした?」
「今日はお休みよ。ギリィさんとコギーちゃんはお仕事があるから朝早くから帰ったけど」
「クレフとザガートは?」
「ダウン中~、折角だから女の子同士で話しているって訳。クーリもまだ寝てるわ」
ニコラが手をひらひらさせながらそう言い、俺は踵を返す。
「どこへ行くんですか?」
「昼まで外で訓練をしてくる。お前達は適当にくつろいでいてくれ」
「えー、一緒にお話ししましょうよ!」
「まとわりつくな。俺が女性を苦手としているのは知っているだろう?」
「まだダメなんですか? 私とルーンベルさんはいいのに?」
「そうよねー」
「お前はダメだぞ」
「なんで!?」
そんな問答をしながら背中に乗ってくるファムを引きはがそうとしたところで、イザールが入って来た。
「……ザガム様、ユースリア様がお見えになられました」
「なに?」
次に来るのはもっと先じゃなかったか?




