その63:意気揚々
「もう、ルーンベルさん! ザガムさんは私の旦那様なんですからね!」
「まだ違うと思うけど……それにザガムが貴族なら複数嫁……いや、ハーレムも夢じゃないし」
「言い方!?」
抗議の声を上げるファムとのらりくらりとかわすルーンベルはとりあえず置いておき、倒れたレッドアイを見る。
「絶命しているな、あの裏拳で一撃、か」
「あ、倒してました?」
掠ったか? と思うくらいの当たりだった。
なので木に叩きつけられた反動で死んだかと思っていたが、ファムに殴られた場所が酷くうっ血しており、直接的な原因はこれで間違いなさそうだ。
「ああ。剣も使わずここまでやるとは」
「えへへ」
はにかんで頭を掻くファムに、ルーンベルが腰に手を当てて得意気に口を開く。
「というわけで、どう? ファムちゃんの力」
「凄かったな。いつもの弱々しい力じゃなかった」
「うう……そう思われていたんですね……」
「実際そうだから仕方ないだろう。それで、そのことを分かっていた節があったがどういうことなんだ?」
俺に抱き着いてきたのはわざとだというのは分かっていた。だが、それでどうしてファムの能力が上がったのか?
「えっと、前にユースリアさんが来た時もそうなんだけど、ファムって感情が高ぶると魔力が上がっているのよ。ザガムを連れて行こうとした時、吹っ飛ばしたでしょ?」
「あ、あはは……冒険者でもない人を吹き飛ばしちゃったんですよね……。ユースリアさんにはめちゃくちゃ謝りました!」
「うん、まあ、知らない方が幸せってこともあるからね。それで、もしかしたらって思ったのよ」
……なるほど、確かに感情で爆発的な強さを発揮したとされる勇者も居たと文献で読んだことがある。ファムはそのタイプということか。
「勇者としての力をひとつ垣間見ることができたな」
「そ、そうですね! 私、ちゃんと勇者でした!」
「当たり前じゃない」
ルーンベルが呆れた口調で言うと、ファムは唇に指を当ててから俺を見る。
「うーん、なんていうか……村に居た頃よりも間違いなく強くなったし、今みたいに勇者としての力も少しずつ出現してきたんですけど……」
「けど?
「優しかったり、弱い私に無理をさせない、理解があったり、面倒見が良かったりするザガムさんも勇者っぽくないですか?」
「俺が? やめてくれ、そんなガラじゃないぞ」
「うーん……ふふ……勇者ザガムねえ……ぷぷ……ぎゃああああああ!?」
俺の正体を知っているルーンベルが生暖かい目をしながら笑っていたので、こめかみを指でぐりぐりとしてやった。
「でもこれで少し役に立つことができそう!」
「まあ、いざという時にはいいかもしれないが……」
「なんです?」
「まず、感情が昂らないといけないので絶対的な力とはいえない。もう一つは、ルーンベルいわく俺に関することでのみ発動するなら使い道が難しい」
「あー……」
「いいじゃない、尽くしてくれる女がいるのは幸せだと思うけど?」
そう言われてなんとなく悪くない気分になるが、俺は続ける。
「一時の感情で強くなることはいいが、やはり地力はつけるべきだ。ただ、先ほどの力は間違いなく凄いものだから、修行をしつつあれもコントロールできるようになればファムはかなり強くなるだろう」
「……はい! 頑張ります!」
「感情もクソもないあんたに言われてもねえ……魔法は少しなら私が教えられるしね。……っと、仲間がやられたから来たわね」
「グルルル……」
「グォォ……」
レッドアイの群れが木の影からギラリとした赤い目をこちらに向けながら涎を垂らす。仲間意識の強い魔物なので、敵討ちと言ったところか。
「そのようだな。十は居るな、俺が前で引き受けるから遊撃をたのむ」
「はい! よーし!!」
「オッケー♪ 『かの者達に健やかなる加護を』<プロテクション>。さて、それじゃやりますか」
自信のある顔で剣を構えるファムに、補助魔法をかけながら前傾姿勢で本を開くルーンベル。ふむ、三人居るとまあまあ見栄えするな。
それにしてもルーンベルは補助魔法も使えるのか。聖女『見習い』にしては慣れている気がする。
「グォォォ!!」
「来ますよザガムさん!」
「ああ」
考えるのは後かと俺は久しぶりに剣を抜く。ファムの成長に少し気持ちが踊っていたのかもしれない。
「はあああああ!」
「えええ!?」
「ひゅう!」
俺の剣閃でレッドアイ達の首筋を狩っていき一瞬で五体を倒してファムとルーンベルが声をあげる。
「よーし!」
「ガウ!?」
続けてやる気を出したファムが地を蹴り、距離を詰めて襲い掛かかってきたレッドアイの出鼻をくじいて腹を突き刺す。
なるほど、気分で強くなるのはその通りかもしれないな。ルーンベルは……いいか。
「なんでよ!?」
結局、ファムが二匹ルーンベルが一匹倒して最後を俺がとどめ。
なんとなくパーティとして戦った感を残して今日の依頼は終わる。
収穫はあったと満足できる日だったが、本番はこれからだった。




