その61:ザガム邸
「とりあえずこんなものか」
「うん、ザガムさんって人望あるんですね!」
「私達が留守の間に屋敷に誰か居てくれるのは頼もしいわよね」
「~♪」
ルーンベルが門番兼庭師として招き入れたワーキャット族のミーヤの背中を見て口元に笑みを浮かべる。
ユースリアとイザールの来訪から早七日が経過し、ファムの言う通り使用人はやってきた。
俺と同じ人型の魔族や、ワーキャットを始めワーウルフといった人間のフリが出来る亜人種だけがここに来れることを通達すると、数人がそれに該当したので雇い入れた。
夜中に町の外で面談をしたが、皮膚の色や環境、年齢で泣く泣く魔族領に戻った者はかなり多かった。屋敷に入れなくはないがファムに気取られるのは避けたいのでやむ無しといったところだ。
「ザガム様~、ファムちゃーん、ルーンベルさん! 花畑はわたし好みにしちゃっていーい?」
「俺は構わん」
「お願いします!」
「私はお花とかあまり興味無いからお任せね。どちらかと言えばご飯ご飯♪ さ、戻りましょ」
とりあえず朝の運動を終えた俺達は食堂へと向かう。
改めてコックとして雇った竜人のルックネスの料理は美味いので、初日からルーンベルは大層喜んでいた。竜は大雑把なイメージがあるがルックネスはどこかで美味しい料理を食べてから食に目覚めたと言っていたな。
「おはようございます、ザガム様。お飲み物は如何なさいますか?」
「コーヒーを頼む。冷えたやつでな」
「かしこまりました。ファム様とルーンベル殿はどうされますか?」
「私はホワイトピーチのジュースがいいです!」
「お水で大丈夫よー。んー、朝から焼きたてパンを食べられるなんて幸せ……」
「金が増えたから、少しくらいはな」
割と豪華な食事を食べているが、イザールのおかげだ。
俺が見つからないのならと、メギストスに屋敷を明け渡すことを告げて引き払ったらしいのだが、その時、俺の財産を人間の金に換金してきてくれたのでひと財産が俺の手元に返ってきた形だな。
ルーンベルに狙われないよう正確な金額は言っていないし、金庫は俺の部屋で魔力バリアを張っている。
「今日はどうしますか? 私、マリーヤさんとお掃除でもいいですよ」
マリーヤはサキュバスで、メイドとして雇っている。サキュバスだが性格はおっとりしているのでファムは仲が良く、まだ短い期間だが風呂あがりなどでよく話しているのを見かける。
「いや、久しぶりにギルドに顔を出すぞ。資産は増えたが、あって困るものではないし、ファムの修行もある」
「あー、そうね。私も奴隷から買ってもらっているし、稼いで貢献しないとね。ご主人様に従うわ」
「そういえば奴隷でしたね……」
ファムが苦笑しながらジュースを飲み、すぐにイザールがコップにジュースを注ぐ。
イザールやマリーヤたちは元々屋敷の使用人だったから、こうなったらそれはそれで心強い。
「というわけだからギルドへ行くから屋敷は頼むぞ。必要なものがあれば金は出す」
「かしこまりました、来客はどうしましょうか?」
「ユースリアは家に入れて構わないが、他は基本的に追い返していい」
「承知です。しかし……」
「なんだ?」
パンにバターを塗りながらため息を吐くイザールに声をかけると、
「ザガム様が冒険者とは……」
「ふん、別にいいだろう。今の俺はただのザガムだ、幸い屋敷はあるしここでの暮らしも悪くない。……お前達は気をつけろよ?」
「気を付ける?」
俺は文字通り尻尾を出さないかの心配はしている。俺でも何度か危ない場面があったので、念を押しておくとイザールは得意気に口を開く。
「ほっほ、ご安心を。そのような間抜けな者はザガム様の部下にはおりませぬ」
「……そうか。よし、ではギルドへ向かうとするか」
軽く間抜けだと言われているようでショックだったが信じるとしよう。
「あ、ま、待って!? もうひとつ、もうひとつだけパンをぉぉぉ!?」
「お弁当にしましょうルーンベルさん」
「お気をつけて」
さて、なにか面白い依頼でもあるといいんだが――
◆ ◇ ◆
<大魔王城>
「……緊急会議だなんて珍しいわね、この前の会議からひと月も経ってないのに」
一度領地に戻ったユースリアは【王】の会議に呼び出されていた。またザガムのところへ行きたいと考えていた矢先の出来事で、嫌な予感がしてた彼女は会議室の扉を開く。
「遅くなりました」
「ああ、ユースリアが来たね。これで全員揃ったか。では始めよう」
ユースリアが席に着くと、メギストスが小さく頷いて周りを見渡し会議がスタート。
「さて、今日集まって貰ったのは他でもない。冥王ザガムの領地はフリーとなったよ」
「……!? ……少々早すぎませんか?」
【天王】マルクスが驚愕の表情で進言すると、メギストスは涼しい顔で返す。
「先日執事のイザールが屋敷を引き払うと言いに私のところまでやってきたのだ。もう少し様子を見ても良かったが、もうザガムが帰ってくる見込みがないと判断した、ということだったぞ」
「……」
イザールにそういう手紙を送って焦らせたのは自分ではないかとユースリアが胸中で訝しむ。
「(元々ザガムを排除する予定だったのかしら? 育ての親でも命を狙って戦いを挑んでくるザガムが目障りになったとか?)」
「なるほど、そりゃいいぜ! でもどうするんですかい? 【王】の人員が減るのは見栄えが悪くないですか?」
「私はどっちでもいいけどー。あ、可愛い女の子ならいいかも?」
「メモリー不謹慎だぞ。大魔王様、ザガムの行方は分からないのですか?」
「そうだねー。まあ、案外嫁を本当に見つけて普通に生活しているかもねえ」
メギストスの視線がユースリアに向かい焦るが、目を逸らすと怪しまれるかとそのまま質問を投げかけた。
「……もし、帰ってきたらどうするんですか?」
「ん? そうだなあ……『地獄の窯』に入れてお仕置きかな? 死にはしないだろうし」
「そう、ですか」
『地獄の窯』とは火山の火口付近に作られた特殊な檻で、そこに幽閉されると精神に異常をきたすと言われている拷問法である。
今見つかるのはまずいと、青い顔で黙り込むと、メギストスは手を打ってから話を続ける。
「……というわけで、ザガムは【王】から脱落だ。そこで、新しい人員を入れることにしたんだ、入ってきなよ」
「はい、大魔王様」
「はーい」
メギストスが扉の向こうに声をかけると、冷ややかな女性と、無邪気な声をした女性の返事が返って来た。




