その55:マイホーム
「どこに行くんですか?」
「こっちって住宅街の中でも土地が高いところじゃなかった?」
「ああ。……ルーンベルが一緒ということはザガムについて知っているのか?」
「今日からパーティを組むことになった、ということで察してくれ」
スパイクは顔を顰めてため息を吐いてから、顔半分だけこっちを向いた。
「ならいい。ルーンベルも頑張ったんだろうが、どうせお前が解決したんだろう? 俺達の目は誤魔化せん。それで陛下が報酬だけではということで用意したんだ」
「確かにトドメをさしたのは俺だが」
「……」
「気にするな」
あの村のことを話すとファムが沈む。ファムの頭に手を置いてそういうと、くすぐったそうな顔で微笑んだ。
「国王か。プレゼントとはなんだ? 金が一番いいんだが」
「同意するわ」
「本当に聖女見習いなんですか、ルーンベルさんって」
ギャンブルはするわ、金に数着するわでファムの言う通りだなと、俺とスパイクが無言で頷いていると、目的地についたらしく豪邸の前で立ち止まって振り返る。
「さ、今日からここに住んでくれ」
「プレゼントとは家か?」
「ああ、どうせファムちゃんを鍛えるためしばらくこの町に居るんだろ?」
「まあ、そうだな」
移動するのも面倒だから頷くと、スパイクは小声で俺達へ言う。
「なんだかんだでお前の力は強力だ。どうしようも無くなった時にこっそり依頼したい俺としては居場所がハッキリしている方が助かるんだよ。宿だとほら、人が多いし」
「目立つことはしないぞ」
「だから、こっそりだって! ここなら夜は誰も聞いていないから、いいだろ? ルーンベルも増えたなら部屋も有効活用できる。これが鍵だ、なんかあったらギルドまで来てくれ!」
「おい、いいのか?」
俺が引き留めようと声をかけるが、背中を向けたまま片手を振って去っていった。
「宿代が要らないのは助かるか。荷物を取りに――」
「ザガムさん、先に中を見てみましょう!」
「いい案! パーティメンバーなんだから私も住んでいいのよね?」
「問題ないだろう、三人で住むには広すぎる」
目を輝かせたファムとルーンベルに押され、鍵束を使い豪邸の門を開けると、二人は早速駆け出していく。
「わあ……お庭が綺麗ですよ! お花を植えたら賑やかになりそう。あ、真ん中に噴水がありますね」
「庭でお茶を楽しむためのテーブルセットがあるわ。ちょっと汚いけど、掃除すれば全然いけるわ! セレブっ!」
「金が無いくせに何を言っているんだ? とりあえず屋敷に入るぞ」
「はーい!」
返事だけはいいな。
それはともかく目の目に聳え立つ屋敷は俺が住んでいたものよりもやや小さい。
だが建物は立派で、魔族のそれとは違う建築技術が随所に光っている。
悪くないと思いつつ、玄関を開けると――
「うわあ……」
「へえ……」
庭の状態といい、あまり手入れをされていないのだろう。少々埃っぽい匂いが鼻をつく。
しかし女性二人が感嘆の声を上げたように、内装は豪華でここだけ見ればウチよりもいいかもしれない。イザールや使用人達が喜び勇んで掃除をしそうだな。
「カーテンを開けていきましょう!」
「オッケー! 私二階ー!」
「俺は適当に回るぞ」
片っ端からカーテンと窓を開けて換気をしていく俺達。
陽が差し、空気が流れ込むと今まで眠っていた屋敷が目を覚まていく。
「私、こういう家に住むのが夢だったんです! すごい! 部屋がいっぱい!」
「はしゃぐな、こけるぞ」
「お掃除道具が欲しいわねー。ねね、ザガムはどこの部屋にする?」
「まずは見てからだろう。ここは俺が居るから掃除道具を買ってきてくれないか?」
「合点承知! あ、お金をいただけると……」
「5000ルピで足りるか」
「いやっほぅ!!」
人間状態の俺より速いのではと思わせるくらいの勢いで屋敷から出ていくルーンベルを見送り、俺はどこかへ走り去ったファムを探して屋敷を散策。
しばらく周囲を見渡しながら歩いていると窓の外を眺めながらにこにこしているファムを見つける。それと同時に一瞬ファムの姿が歪み、別の女性の姿がぶれ、胸がドクンと跳ね上がる。
……なんだ、今のは……? どこかでこの光景を見たことが――
「ザガムさん?」
「……!」
不意にファムの顔が目の前に出てきて驚く。
しかし、それを悟られないよう目を合わせたままファムにお願いをすることにした。
「……ルーンベルが掃除用具を買いに行った。すまないがファムは宿のチェックアウトと荷物を取りに行ってくれないか?」
「お安い御用ですけど……大丈夫ですか?」
「問題ない。頼んだぞ」
「はい。辛かったら休んでてくださいね!」
心配そうなファムを見送り、俺は再び屋敷の空気を変えるため、あちこちの窓を開けていく。
「ここは広いな、元主人の部屋のようだな」
寝室、書斎がそれぞれ部屋の中で繋がっていて、執務机があった。
自宅なら色々と承認しなければならない書類などがあったことを思い出す。まあ、イザールが代わりにやってくれているに違いない。
「……そういえばそろそろ出てきて15日は経つか。イザールに手紙を書いておくか」
俺は収納魔法から紙とペンを取り出して筆を走らせ、さっと書いてから魔法を使う。
「<ホーミングピジョン>」
魔法で作った魔物鳩に手紙を括り付けて空へと放つ。
この鳩は俺の魔力で出来ているため空の魔物が襲ってきても防御力が高いため逃げ切れる。
魔族領まで距離があるが、まあ二日もあれば到着するだろう。
「……さて、すこし掃除でも進めておくか」
久しぶりに一人の部屋で過ごせるかと、少し気分が高揚している俺だった。




