その38:奴隷
「今日も張り切って依頼をこなしていきましょうね!」
「修行になるものがあるといいがな」
ゆっくり休んだ翌日、俺達はギルドに足を向けていた。金はあるが、目的はファムの修行なのでじっとしていても仕方がない。
とはいえ、今日はファムが疲れからよく眠っていたのでいつもより時間が遅い。ファムが意気揚々とギルドに入るが――
「あー、ごめんねえ。今日はこれくらいしかないんだけどいいかしらね」
「……魔物討伐の依頼が全然ありませんね」
「魔物討伐はお金がいいから、このくらいの時間だと持っていかれている場合が多いのよ。早い者勝ちってやつよ」
「仕方がない、今日は休んで明日出直そう」
「いいんですか? ちょっとでもお金を稼いでおいた方が良くないですか?」
やっぱり心配で、と頭を掻きながら笑うファムに俺は言う。
「休む時は休むというのも大事なんだが」
「ゆっくり休ませてもらいましたから! ……というか、先に起きてたのに私のために起こさなかったでしょ?」
「気持ちよさそうに寝ていたからな」
「え、なに、同じ部屋で寝てんの?」
「だから元気が有り余っています!」
「ねえ、同じ部屋――」
クーリが尋ねてくるが、ファムは全然聞こえておらず依頼を物色していく。その中で良いものを見つけたのか俺に依頼票を見せてきた。
「……えっと『奴隷市場の家屋修理手伝い』これなんてどうです?」
「簡単そうな依頼だな、一日5千ルピならいいんじゃないか?」
「はい! クーリさん、これ受けます!」
「聞いてよ!? ……まあいいわ、後で詳しく話してもらうから。奴隷商人っていくつかあるけど、ガラの悪い奴や変なのが多いから気を付けてね。これを依頼した職人さんはいい人だけど」
「なんで怒ってるんですか?」
「ファムちゃんのせいよ!? それじゃ、今日は飲みに行くから帰ってきたら声をかけてよね」
「何故勝手に決めている?」
「まあまあ、たまにはいいじゃありませんか! それじゃ行ってきますね!」
あまり食事にうるさいやつが居るのは面倒なんだがな。女性だしな……美味い飯屋ならいいがと、俺は頭を振りながらファムの後を追った。
◆ ◇ ◆
「ふわあ、凄いですね」
「こっちは裏通りと言ったところか? それだけの店だけじゃないが、思ったより奴隷の店が多いようだな」
綺麗な大通りの商店と違い、地面は整備されておらず雑多な場所で埃っぽい。確かに少し離れている区画だがここまで差があるのかと少々驚いた。
魔族領の町はこういう場所が多いので俺は気にならない。
「あちこちの建物が結構傷んでますねー、村の家みたいですよ」
ファムも気にならないようだ。
もしかしたら家屋の修復は自身の村を重ねてみていたのかもしれないな。しばらく地図を見ながら歩いていくと、ひときわ酷い……いや、半壊している建物に到着した。
「すみませんー、ギルドで依頼を受けて来たんですけど」
「おお、良かった人が来てくれたか! すまんね、さっそく手伝ってくれるかい? 女の子と、そっちの兄ちゃんか?」
「ああ、それにしても派手に崩れたな」
人のよさそうな男が責任者のようで、笑顔で俺達に声をかけてきた。それにしても見事な崩れっぷりなので尋ねてみると、チラリと入り口の横に目を向け、俺もそっちを見ると――
「……」
「……この女は?」
「はあ、そいつが元凶なんだよ」
シスターのような服を着た女が正座していて、腰に鎖を繋がれ逃げられないようにされていた。額には『超特価』と書かれた紙が貼られていて、この場に似つかわしくない容姿も相まって異質な空間を作り出していた。
「この人、奴隷さんなんですか……?」
「詳しいことは分からんが、ほら、賭博場あるだろ? あそこで大負けして売られてきたってわけだ」
「賭け事か、自業自得というやつだろう」
すると、ピクリとも動かなかった女がグルンと首を俺達に向けて叫び出す。
「私は勝ってたのよ!! 最後の勝負、あれはあいつが絶対イカサマをしたのよ! 私が外すわけないし!!」
「負けるやつはみんなそう言うんだ」
魔族たちには特に人気の賭け事だが、上下の差は激しいので、この女のようにすべてを失ってしまう者は後を絶たない。しかしやったのは自分自身なので同情の余地はないのだ。
「くぅ……賭博場に行きさえすれば暴いてやれるのに……あんた、お金持ってない? 私を買わない? ……って、冒険者だし無理かぁ。ああ、可哀想な私……下種な貴族に買われて初めてを散らすのね……」
「それで、俺達はなにからすればいい?」
「あ、ああ……」
まったく興味が無いので男に仕事を聞こうと顔を背けると、女がまた叫び出す。
「聞いてよ!? せめて『いくらだ?』くらい言うでしょうよ!? ああ、そうですよ百五十万ルピするから貧乏冒険者には無理ですよねー!!」
「百七十万ルピあるから足りますね」
「こら余計なことを言うんじゃない」
ファムがこの前もらった金額を言い、俺が口をふさぐが時すでに遅し。
「お兄さん~イケメンですね~、私を買ってくれたらいいことして、あ・げ・る♪ そっちの小娘よりいいわよ、多分!」
「興味ないな。それより仕事を」
「うおい!? こんな美人がお願いしているのに食指が動かないってどういうことよ!? 美人聖女見習いにいいことができるチケットが目の前にあるのに!」
「誰が小娘ですか!?」
「うるさい、なけなしの金を出すわけがないだろう? いいことがなにか分からんが、ギャンブル狂いの飯食らいは必要ない」
俺がぴしゃりと言ってやると、女は首を揺すりながらいよいよ言語すら話さなくなった。
「うがぁぁぁ!?」
「きゃあ!? ザガムさん襲って来ましたよ!?」
「あ、お前またお客さんを驚かせているな!? こい!」
「ぐえ!?」
女は騒ぎを聞きつけた奴隷商人に引きずられて半壊した建物に消えた。
「なんだったんですかね……?」
「あの子がこの建物を魔法で壊してね、本当は五十万ルピだったのが膨れ上がったって訳だ。あの性格で飯もやたらくうから値上げしたけど、逆に安くした方がいいと思うんだけどねえ……」
「なるほどな。それじゃとりあえず仕事を教えてくれ」
「あんたもブレねぇな……」
「あはは……」
という感じでひと騒ぎあったが、仕事はそれほど難しくなく、日当をもらって解散となる。
しかし、報告をしにギルドへ行くと――




